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廃墟でデート

 翌日、和華子の思惑通り、二人は廃墟となったイタリアンレストランの前で再び待ち合わせをして、仲良く中へ入っていった。店は例によって廃墟ではなく当時繁盛していた頃の明るく綺麗なものであったが、中に入るとシブい感じのクラシカルな雰囲気があった。

 和華子は今日は自分がご馳走するつもりでいたので、遊園地の出口にいた金縁眼鏡の店長に十万円もの金を借りてきていた。もちろん返すあてなどないが、和華子には思惑があった。

……どうせあいつは地縛霊だ。私みたいに遠くまで動けるわけじゃあない。へへ。いざとなれば逃げちゃおう……

 こういうことは『思惑』とは言わない。単なる詐欺か泥棒だ。


「いらっしゃいませ」

 きちんとした身なりのボーイが二人を席まで案内してくれた。

 和華子は遊園地のレストランで中国人の博多弁らしき通訳のメイメイに、フルコース料理のことについて色々と教わっていた。メイメイはマナーを知らない和華子の食べ方を見るに見かねて教えてくれたのだ。

 椅子を自分でひいて座ってはいけない、フルコースは最低二人用なので二人で別々なコースを頼んではいけない。そんなことから教えてくれた。それからメニュウの選び方。普通、フルコースメニュウは複数用意されていて値段の安い順になっているが、実は最初にあるコースがその店の創業時代からの伝統的なレシピを忠実に再現したものであることが多い。その店を有名たらしめたメニュウであるから、最も多くの人の口に合う定番料理といって良い。だから、初めて訪れた店では格好をつけて値段の高いメニュウを選ぶのではなく、まずはその定番メニュウを食してみるというのが店に対する隠れたマナーである。

 いやいや、マナーの話などはどうでもいい。


「ねえねえ。この流れている曲、素敵ね。何だかビートルズっぽいメロディーじゃないかしら」

「おまえ。ビートルズなんて知ってるの? 聞いたこともないくせに……」

「失礼ね! うちの施設の所長さんが大好きで時々施設の中で曲が流れていたのよ。この曲何?って聞いたらビートルズだって言ってた」

「これ、だいいち日本語で歌ってるじゃねえか。確かに曲奏は似てるけどビートルズじゃないよ」


 ワインを手にしたまま、二人の会話が途切れるタイミングを伺って耳を傾けていたソムリエがそっと教えてくれた。

「これは、一九七二年に『チューリップ』というグループがリリースした曲でございます。曲名を『魔法の黄色い靴』といいます。お客様はさすが、お耳がよろしいですね。当時このグループはビートルズにかなり影響を受けていたとも聞いていますよ」

 ほら、とばかりに和華子は胸を張って見せた。

 

 次の瞬間、突然店の中の模様ががらっと変わり、古めかしい日本料理店のようになった。二人は驚いて入口の暖簾を見た。

 『う・な・ぎ』と描かれた幟がひらひらと風にそよいでいる。

……何これ。せっかくいい雰囲気だったのにい……

 米山も目も白黒している。

「何に致しましょうか」

 店の番頭さんがお品書きを持ってきた。中を開いてみると、品書きが一つしかない。


 『うな重』松 四六〇〇円 竹 三六〇〇円 梅 二六〇〇円 草 三〇〇円


「高いなあ……。あれ? おい。この『草』って何だ? 聞いたことないぞ」

 和華子はメイメイの言葉を思い出した。『フルコースでは一番安いコースがその店の定番料理』。

 しかし残念ながらこの店はフレンチでもイタリアンでもない。うなぎ料理だ。

「すいません。この『草』、二つ下さい」と和華子。

「おいおい、三百円だぜ。せっかくだから、梅の二六〇〇円にしとこうよ」と米山。

「いいの。この店創業時代のレシピを再現したものだから」

「レシピ? 何のレシピだよ。ウナギさばいてタレ付けて焼くだけじゃん」

「きっとタレの作り方よ」


 和華子の言うとおり、三百円のタレは最悪だった。しかも大きめのドジョウに醤油をかけたようなものだった。

……超まずい……。三百円でも高いかも……

 何故か番頭が泣いている。

「ううう。この味で店は潰れ、主人は自殺しました。私を道連れにして……。ううう」

 番頭の目玉が段々と飛び出てきた。

「げーーーーっ」

「ぎゃーーーっ」

 二人はほぼ同時にドジョウ、いや、ウナギを噴き出した。

 デートが台無しである。

 いや。そもそも、幽霊が幽霊を驚かしてどうするんだ!

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