続・トラブルメーカーと低血圧な僕
「ねえ、亜莉華」
「しつこいって! 私、そんなの全然知らないもん!」
いや、嘘つくなよ。どう考えても「犯人はお前だ!」な状態でよくそんなことが言えたものだ。
ぷいっと横を向いてしまった幼馴染兼恋人に苦笑する。……心の中でだけ。
多分、表情は殆ど変わってないだろうけど。
単純だが、色々な意味で手ごわい恋人は一見すると怒っている様でもあるが、僕の反応を窺っているようだ。
「亜莉華。嘘つきは泥棒の始まりだよ」
諭す様に言えば、素直な彼女はびくんと身体を跳ねさせた。
「う、嘘なんてついてないっ」
じゃあ、何で声が裏返ったりするんだろうね。
これ以上追い詰めたら泣き出しそうだったので、黙ってその濡れてしまった布を水溜りの中から救い上げた。
摘み上げて、まじまじとその布を見つめる。
しかし、全く分からない。
果たして、この布は何なのか。多分、亜莉華のご機嫌斜めの原因の一端はこれなのだろうが、この布がどうして大切なのか推理するには材料が足り無すぎる。どうしたものか。
とりあえず、机を拭かないといけないな。
流しに置いてあった台拭きを手に持ち、机の上の水を拭う。
亜莉華は、僕の行動をただ見つめていた。
どこか寂しそうな顔をしているのは、やっぱりこの布のせいだろうか。
青い布には解れた糸で刺繍というか……うん、たぶん刺繍がしてある。
芸術的な作品に仕上がってしまったそれに、僕はどうしたものかとやはり溜め息を吐いた。
「どうしたの? これ」
その布は、多分台拭きで拭ったりしてはいけないものだということは予想できたので、僕はティッシュペーパーで包み、水気を払った。
何なんだろう、これ。
「……だって、付き合ってるんだもん」
僕たちのことだろうか。
そりゃ、この前君から告白を受けてOKの返事を出したのだから、付き合っているのだろう。
「そうだね。僕たちは間違いなく恋人同士だね」
あの屋上での衝撃はなかなか忘れられるものではない。
あの後、結構長い間、顔に青痣ができてしまったし。そのせいで、僕が暴走族に喧嘩をしかけて勝利しただの、家庭内暴力を奮ってとても厳格な父親に一発入れられただの、不穏な噂が後を絶たなかったが。
人の噂も七十五日という事で、今はただ耐え忍んでいるだけだが。
まあ、そんなことはどうでもいい。
今は目の前の彼女の事が最優先だ。
「でも、恋人らしいことしてないっ!」
「そうだね」
冷たいかもしれないが、否定はしなかった。
だいたい、亜莉華とは元々二人で遊びに行ったり、お互いの家で勉強なんていう恋人らしいことを小さい頃からやってきていたのだ。
今更、恋人らしいことと言うのもね。
僕の進めたくない方向に、話を進めたい彼女を恨めしく思いつつ、言葉を返す。
彼女は深く考えているのだろうか。僕と恋人らしい事をする意味を。
僕たちは一番近くで育った幼なじみで、その関係は兄妹のようでもある。その意味を深く考えた事はあるんだろうか。
彼女の望んでいるだろうおまま事の様な恋愛もやってあげたいとは思うのだが、それ以上にやはり僕は男で、彼女の事を好ましく思っている。ああ、お、思っているとも。
「なんで!? 三咲君は私の何なの?」
「恋人だよ。亜莉華は、僕の。違ったかな?」
「ちがくない!」
「うん。そうだね」
優しい顔をして頭を撫でてあげれば、少し眉の力が抜けたのが分かった。怒っている顔が嫌いとは言わないが、彼女には笑顔が一番に合う。
僕も気づけば笑っていた。
そうだね、を何回言い続ければ納得してくれるかな。そんな算段を始めた僕は、もしかして嫌な奴なんだろうか。
「うう。三咲君はずるい……。いっつも私ばっかり丸め込まれちゃう」
「そんなことは無いと思うんだけど。だいたい、亜莉華に対しては僕が出来る限りの範囲で優しくしているつもりだよ。まだ、足りないのかな?」
「う、うん……。そうだよね。三咲君は優しいよね! それは分かってるよ!」
やっぱりズルイのは、亜莉華の方だと思うけどな。僕は基本的に亜莉華の事を僕の事より優先していると思うし、他人よりは断然亜莉華を優先する。
それでいてこんな発言をするんだから。まあ、相手が僕だから全く問題はないが。
しかし、恋人云々の話がなぜこの布に関係があるというのだろうか……?
彼女の思考回路はなかなか読めない。
「この布、洗えばいい?」
「……プレゼントなの」
う~ん、難しい。
亜莉華の行動とこのごねた様子から察するに、この布は僕へのプレゼントなのだろう。で、この糸は多分刺繍。
何故そんなことをしたのかと言うと……恋人らしいことがしたかったから?
彼女の中では、女の子らしい事がイコールで恋人らしい事に繋がっているのだろうか。
それは正解とも不正解とも言い難いな。
「亜莉華」
「何?」
「僕と恋人らしいこと、したいの?」
ああ、なんて馬鹿なことを聞いてしまったんだ……。
地獄への階段を一歩一歩踏みしめて、先に進んでしまっているよ。これは忌々しき事態だ。
加えて、期待の表情で僕を見つめてくる彼女に頭が痛くなってくる。
そんなに微笑まなくてもいいのに。そんなに無邪気でいる必要なんて無いのに。
「したい!」
「うん、そうだね……」
若干引き気味に僕が言ったら、亜莉華は不満がぶり返してきたらしい。唇を尖らせた。
「……」
ああ、本当にズルイ。
彼女のこういう仕草に弱いという事を、彼女は分かってくれているんだろうか。
僕はその次の瞬間には、彼女の唇を奪っていた。
「え?」
「はい、恋人らしい事はおしまい」
「うわああああああああああ!?」
「プレゼント、ありがとう。それと、唇もね」
「ふわああああああああああ!?」
淡々とお礼を述べたのだが、彼女は真っ赤になって騒ぎ回っているだけで、僕の言葉は全く耳に入っていないようだった。まあ、仕方ないか。最後のセリフは少し余計だったしね。
バタバタと手を上下運動させ興奮した亜莉華に、一番の馬鹿は僕だなと思った。
「三咲君のえっち! 近づかないで、ばかあっ!」
物が飛んでくるのは、ご愛嬌というやつなのだろうか。
だいたい、恋人らしいことをしたいといったのは君なのに。
結局、僕には君がしたいことが分からないんだけども……。これから、どうしようか。