【続編】「血の繋がりなど、些末な問題ですわ」証拠を捏造されて断罪される予定の娘を守るため、継母は静かに家を出ます!~備えあれば憂なし、逆恨みで押しかけてきた方にはそれ相応の備えがございますの!~
辺境の町での暮らしにも、すっかり慣れてきた頃だった。
「お母様.......! 今日のパン、ようやく焦げませんでしたわ!」
得意げに焼き上がりを見せるルシールに、私は思わず拍手を送った。
「あら、随分と腕を上げましたこと。感激ですわ」
「ふふ、お母様、大袈裟すぎますわ。ですが……悪い気はいたしませんの」
はにかむように笑う娘の様子に、私は胸の奥が温かくなるのを感じた。屋敷にいた頃には見せなかった、素直な笑顔である。
「そういえば、隣のご夫婦から、来週の収穫祭にお誘いいただきましたのよ」
「まあ、収穫祭ですって。屋敷にいた頃はそのような庶民的な催しに参加する機会など、ございませんでしたのに」
「あら、庶民的だなんて.......存外、楽しいものですわよ。それに、あなたの焼いたパンを、ぜひ皆様に振る舞って差し上げてはいかが?」
「わ、わたくしのパンをですか.......!? 少々恥ずかしいですけれど……悪くない提案ですわね!」
そう言いながらも、私は数日前から、行商人のマルクさんに頼んで、ある調べ物を進めていた。ヴィオレット様の噂を耳にした瞬間から、いずれこういう日が来るかもしれないと、心のどこかで予感していたのである。
「お母様.......最近、マルクさんと随分と熱心にお話しなさっていますわね。何かございましたの?」
「あら、気になりまして? ちょっとした保険を掛けているだけですわ」
「保険、ですか......?」
「ええ。母たるもの、常に一歩先を見越しておくものですのよ」
意味深に微笑む私に、ルシールは首を傾げつつも、それ以上は追及してこなかった。
そんな穏やかな日常を破ったのは、ある日の夕暮れだった。
「――やっと見つけましたわよ......!」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこに立っていたのは、すっかりやつれた様子のヴィオレット様だった。
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「まあ、ヴィオレット様。随分と久しぶりですこと」
私が涼しい顔で応じると、ヴィオレット様は憎悪の滲んだ目でこちらを睨みつけた。以前の華やかな装いは見る影もなく、髪も乱れ、随分とやつれた様子である。
「あなた方のせいで、わたくしは全てを失いましたのよ! 屋敷からも追い出され、社交界からも爪弾きにされ……!」
「あら、それはご自身の捏造工作が招いた結果ですわね。わたくしたちのせいではございませんわ」
「......っ! 黙りなさい......! ここまで来たのはあなた方に落とし前をつけていただくためですわ!」
「随分と苦労なさって、ここまで辿り着いたようですけれど.......その労力を、もう少し建設的なことにお使いになればよろしかったのでは?」
私が淡々と皮肉を返すと、ヴィオレット様の顔が屈辱で真っ赤に染まった。
激昂したヴィオレット様が懐から取り出したのは、鈍く光る短剣だった。
「落とし前、とは物騒なこと。まさか、それで何をするおつもりかしら?」
「決まっておりますわ! あなた方を傷つけて、わたくしの気を晴らすだけのことです!」
血走った目で叫ぶヴィオレット様に、周囲の町人たちが悲鳴を上げて後ずさる。だが、私とルシールは、思いのほか冷静にその様子を見つめていた。
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「お母様、下がっていてくださいませ」
そう言って一歩前に出たのは、ルシールだった。
「――ルシール、あなた」
「屋敷にいた頃のわたくしなら、震えて何もできなかったでしょうね。ですが、今は違いますわ」
ルシールは静かに、しかしはっきりとヴィオレット様を見据えた。
「あなたのなさったことは、断じて許されることではございませんわ。証拠を捏造し、罪もない人間を陥れ、それが露見した途端に逆恨みで刃物を振り回すなんて。随分と一貫性のない生き方ですこと」
「なっ……小娘が.....! 生意気な口を利くようになったじゃない!」
「“生意気”ではなく、“事実”を申し上げているだけですわ。それに.....その短剣、随分と手が震えていらっしゃいますわね。本気で振るう覚悟もないのにただ脅すためだけにお持ちになったのかしら?」
図星を突かれたのか、ヴィオレット様の顔が一瞬こわばった。
「そ、それは……!」
「あなたに必要なのは、刃物などではなく、ご自身のなさったことへの反省だと思いますけれど」
淡々と、しかし芯のある言葉に、ヴィオレット様は反論の糸口を失っていた。周囲の町人たちも、いつの間にか固唾を呑んでルシールの様子を見守っている。
ルシールはちらりと私に視線を送った。
「お母様、そろそろよろしいのではなくて?」
「ええ、頃合いですわね」
私は懐から、あらかじめ用意していた書類の束を取り出した。
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「ヴィオレット様、実はあなたがこの町にいらっしゃると聞いて、少々準備をしておりましたの」
「な……なんですって.......!?」
「行商人の方々から、あなたが必死に住処を探し回っているという噂を伺っておりましたのよ。それで、念のため、あなたが屋敷を追われた後の足取りを調べさせていただきましたの」
私が書類を広げると、ヴィオレット様の顔から一気に血の気が引いた。
「これは、あなたが屋敷を出た後、賭博場で多額の借金を重ねている記録ですわ。それに、こちらは、別の貴族家でも同様の詐欺紛いの真似を働こうとして、失敗なさった記録」
「な、なぜそんなものまで……!?」
「あら、“備えあれば憂いなし”、と申しますでしょう? あなたのような方が、大人しく身を引くとは思っておりませんでしたもの」
「そ、それは.......わたくしの個人的な事情で、あなたに関係のないことですわ......!」
「関係なくはございませんわ。今まさに、その個人的な事情を理由に、刃物を持って押しかけていらっしゃるところですもの」
私が涼しい顔で告げると、ヴィオレット様は短剣を持つ手を震わせながら後ずさった。
「衛兵の方々には既にお声がけしておりますわ。武器を持って町人を脅した罪、それに各地での詐欺行為の数々、まとめて償っていただくことになりそうですわね」
「そ、そんな......そ、そこまで手回しが……!?」
「母たるもの、大事な娘のためには、これくらいの備えは当然のことですのよ」
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「ま、待ちなさい……! そ、そんな、私のような高貴な人間がこんなところで捕まるなんて……!」
「あら、往生際が悪いのは相変わらずでいらっしゃいますこと。加えて一つ.......本当に高貴な人間は他人を貶める必要はないですのよ?」
町の入り口から駆けつけた衛兵たちに取り押さえられながら、ヴィオレット様は悲鳴じみた声を上げていた。
「お母様.......随分と用意周到でいらっしゃいますのね」
感心したように呟くルシールに、私は小さく笑って答えた。
「あら、大事な娘を守るためですもの。この程度の備え、当然のことですわ」
「わたくしも、もう震えるだけの子供ではございませんもの。次に何かございましても、お母様と一緒に立ち向かいますわ!」
きっぱりと言い切る娘の成長した姿に、私は胸が熱くなるのを感じた。
「頼もしいこと。ですが、無茶だけはなさらないでくださいませね。あなたに何かあったら、わたくし、生きた心地がいたしませんもの」
「あら、お母様こそ。先ほどの啖呵、随分と堂に入っていらっしゃいましたわよ」
「ふふ、褒め言葉として受け取っておきますわ」
顔を見合わせて笑う私たちの周囲では、事の顛末を見守っていた町人たちが、ほっとしたように顔を綻ばせていた。
「――さて、この騒動も片付いたことですし、明日はまた、パン作りの続きといたしましょうか!」
「あら、それは楽しみですこと。今度こそ、完璧に焼き上げてみせますわ!」
微笑み合う私たちの周りには、事の顛末を見守っていた町人たちの、温かい拍手が広がっていた。断罪される予定だった娘との穏やかな日々は、こうしてまた一つ、確かな絆を刻みながら続いていくのである。
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来週の収穫祭がどうなるのか、そしてオズワルド様との再会はあるのか、まだまだ書きたいことがございます。よろしければ作者フォローもしていただけると幸いです!
それでは、また次のお話でお会いしましょう!




