↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

魔王に人生相談したら正論で負けた件

掲載日:2026/08/10

ゆるくて、少しだけ優しいファンタジー

大陸西方にあるアルメリア王国では、冒険者という職業が花形だった。


ドラゴンを倒す者。


ダンジョンを攻略する者。


伝説の武具を発見する者。


そんな英雄たちの中で、ひときわ異彩を放つ男がいた。


レオン、二十五歳。


職業、自分探し冒険者。


特技、自己分析。


苦手なもの、労働。


「俺はまだ、本当の自分を見つけていないんだ」


レオンは今日も酒場の椅子に深々と座りながら語った。


まるで賢者が人生の真理を説くような顔だった。


「なるほど」


酒場の女将マルタは、グラスを拭きながら無表情でうなずいた。


「だから働けない」


「なるほど」


「まだ人生の旅の途中だからな」


「なるほど」


「宿代は来月で」


「なるほど。表へ出ろ」


そのまま襟首をつかまれ、店の外へ放り出された。


いつものことである。


レオンは王都の大通りに転がりながら、空を見上げた。


「誰も俺を理解してくれない……」


「理解した結果じゃないか?」


背後から声がした。


振り返ると、小柄な少女が腕を組んで立っている。


銀髪。


三角帽子。


青いローブ。


王立魔法学院を首席で卒業した天才魔法使い、リリスだった。


「またお前か」


「またお前だ」


「今日は何の用だ?」


「働けと言いに来た」


「用が済んだな」


「まだ終わってない」


リリスは羊皮紙を取り出し、レオンの顔に押しつけた。


そこには大きくこう書かれていた。


『北の森に出現した魔王を討伐せよ。報酬、金貨五百枚』


レオンは眉をひそめた。


「魔王?」


「ああ」


「危険じゃないか」


「魔王だからな」


「もっと俺向きの依頼は?」


「例えば?」


「本当の自分を探す旅とか」


リリスは少し考えた。


「魔王を探しに行けばいい」


「それ、自分探しじゃないだろ」


「探す相手が違うだけだ」


「雑だな!」


とはいえ、レオンの財布には銅貨が三枚しかない。


理想だけでは昼飯は食えない。


「……仕方ない」


レオンは立ち上がった。


「行くか」


「最初からそうしろ」


二人は北の森へ向かった。


◆


森の奥へ進むほど、霧が濃くなっていった。


やがて木々の向こうに、巨大な黒い城が姿を現した。


黒い。


高い。


尖っている。


いかにも「魔王城です」と自己主張している建物だった。


「趣味が悪いな」


「魔王だからな」


「その一言で全部済ませるな」


城門をくぐる。


すると、骸骨兵士たちが一斉に槍を構えた。


「侵入者です!」


「魔王様に報告を!」


「待て」


奥から低い声が響いた。


「通せ」


骸骨兵士たちが道を開ける。


二人は玉座の間へ通された。


そこには巨大な黒鎧をまとった男が座っていた。


真っ赤なマント。


頭には二本の角。


顔は威厳に満ちている。


世界征服を三回くらい経験していそうな迫力だった。


「よく来た、人間ども」


低く響く声。


「余が魔王ゼルガードである」


「俺はレオン」


「勇者か?」


「自分探し冒険者だ」


沈黙。


魔王が固まった。


骸骨兵士も固まった。


リリスは額を押さえた。


「……なんだ、それは」


「本当の自分を探している」


「どこにある?」


「それがわからない」


「何年探している?」


「七年」


魔王はゆっくり立ち上がった。


「七年?」


「ああ」


「成果は?」


「まだない」


魔王は天井を見上げた。


何かに祈るような顔だった。


「余は三年でこの城を建てたぞ」


「比較対象がおかしいだろ」


「お前も大概おかしい」


骸骨兵士たちが一斉にうなずいた。


レオンは傷ついた。


「……そんなにか?」


「かなりだ」


魔王は玉座に座り直した。


しばらく黙っていたが、やがて重々しく口を開いた。


「ところで」


「なんだ?」


「人生相談をしてもいいか?」


「え?」


「実は、余も悩んでいる」


「魔王が?」


「魔王も悩む」


魔王は深いため息をついた。


「余は、本当に魔王に向いているのだろうか」


「知らんよ!」


「最近、部下の離職率が高い」


「会社みたいに言うな!」


「勇者も来ない」


「平和でいいじゃないか」


「だが、それでは魔王としての存在意義がない」


「面倒くさいな、お前も!」


そのとき、一体の骸骨兵士がおずおずと手を挙げた。


「私も相談があります」


「なんだ」


「私は骸骨として生きていてよいのでしょうか」


「骨なんだから、それ以外ないだろ」


「実は昔からミュージシャンになりたくて……」


「骨でドラムでも叩け」


「本当ですか!」


「知らん!」


別の骸骨も手を挙げる。


「私は魔王軍に入ったものの、実はパン屋を……」


「辞めろ!」


「魔王様!」


「今日はもう人生相談禁止だ!」


玉座の間が騒然となる。


気づけば魔王城は、完全に人生相談会場になっていた。


レオンはその光景を眺めながら思った。


魔王も大変なんだな。


……いや。


自分も同じだった。


自分が何者なのか決められず、ずっと立ち止まっている。


魔王は魔王で、自分が魔王であることに迷っている。


妙に似ている。


そう思った瞬間だった。


ドォォォン!


城全体が揺れた。


「何事だ!」


魔王が立ち上がる。


骸骨兵士が転がり込んできた。


「大変です!」


「どうした!」


「勇者です!」


「勇者!?」


全員が叫んだ。


レオンは首を傾げる。


「なんで魔王側がそんなに驚くんだ」


「いや……」


魔王は咳払いした。


「最近、本当に誰も来なかったから」


「魔王失格だろ」


次の瞬間。


巨大な扉が吹き飛んだ。


「魔王! 覚悟しろ!」


金色の鎧をまとった青年が立っていた。


完璧な登場だった。


勇者本人だけなら。


「……あなたは!」


勇者がレオンを見た。


「まさか……!」


「なんだ?」


「レオンさんですか!?」


「そうだけど」


勇者の顔が輝いた。


「本物だ!」


「何が?」


「あなたに憧れていました!」


嫌な予感がした。


「何に?」


「七年間も働かず、自分を探し続けた生き方に!」


「やめろ」


「私も五年間、自分探しをしています!」


「増えるな!」


勇者は胸を張った。


「勇者という肩書きは仮の姿です!」


「仮の勇者って何だ!」


「いつか本当の自分になれる日を夢見て旅を――」


「魔王!」


レオンは叫んだ。


「こいつを止めろ!」


「無理だ」


「なぜ!」


「余も似たようなものだからだ」


「お前まで迷子か!」


玉座の間は完全な混乱に陥った。


魔王は魔王として悩み。


勇者は勇者として悩み。


レオンは自分探しに悩み。


骸骨は音楽活動に悩んでいる。


誰も彼も、自分が何者なのかを決められずにいた。


ただ一人。


リリスだけが、壁にもたれて黙っていた。


「……お前たち」


その声で、全員が静かになった。


「なぜ、そんなに『本当の自分』を探したがる?」


レオンは答えられなかった。


「だって……」


言葉を探す。


「どこかに、本当の俺がいる気がするんだ」


「どこに?」


「それは……」


「知らないんだろ」


リリスはあっさり言った。


「私も知らない」


「お前も?」


「ああ」


リリスは肩をすくめた。


「私は魔法が好きだから研究している。それだけだ」


「それだけ?」


「それだけだ」


「十年後に、魔法が嫌いになったら?」


「別のことをする」


「それでいいのか?」


「いいだろ」


リリスは笑った。


「十年後の私まで、今の私が決める必要はない」


レオンは黙った。


その言葉が、妙に胸に残った。


十年後の自分を探していた。


五年後の自分を探していた。


いつか「これが本当の自分だ」と言える完成形が現れると思っていた。


だから、何も決められなかった。


決めた瞬間、それが本当の自分ではなくなる気がしたからだ。


そのとき。


魔王が口を開いた。


「……余も、同じだった」


誰もが魔王を見る。


魔王は玉座からゆっくり立ち上がった。


「余は若い頃、もっと強く、もっと恐ろしく、もっと偉大な魔王にならねばならぬと思っていた」


「十分怖いぞ」


「黙れ」


魔王は続けた。


「だが、ある日気づいた」


黒い鎧が小さく鳴る。


「魔王の才能があったから、魔王になったのではない」


魔王は自分の拳を見つめた。


「魔王になろうとしたから、魔王になったのだ」


レオンは息を止めた。


「最初から完成した魔王などいなかった」


魔王は笑った。


「玉座に座っているうちに、少しずつ魔王になった」


その言葉は、不思議なくらいまっすぐだった。


レオンは七年間を振り返った。


自分はずっと探していた。


自分という完成品を。


だから何も始めなかった。


何者かになってから、何かを始めようとしていた。


けれど。


順番が逆だったのだ。


何かを始める。


失敗する。


続ける。


また失敗する。


誰かに笑われる。


それでも続ける。


その積み重ねの先に、あとから「自分」ができていく。


「……そうか」


レオンが呟いた。


「どうした?」


勇者が尋ねる。


レオンは顔を上げた。


「人生は、自分探しじゃない」


静かな玉座の間に、その声が響いた。


「自分を創ることなんだ」


誰も笑わなかった。


魔王も。


勇者も。


骸骨たちも。


ただ、リリスだけが小さく笑った。


「やっと気づいたか」


「七年かかった」


「長かったな」


「本当に」


レオンは立ち上がった。


そして魔王を見た。


「俺、帰るわ」


「そうか」


「働く」


「……そうか」


魔王の声が震えていた。


「どうした?」


「いや」


魔王は顔を背けた。


「なんでもない」


その目には、なぜか涙が浮かんでいた。


「お前も頑張れよ」


「余は?」


「魔王やればいいだろ」


魔王は少し考えた。


そして初めて、心から笑った。


「……そうだな」


◆


王都に戻ったレオンは、小さな魔法道具修理店を始めた。


リリスが技術を教えた。


魔王がなぜか出資した。


勇者が宣伝した。


骸骨兵士たちは店の前でドラム演奏を始めた。


最後のやつだけは、誰にも頼まれていない。


店は最初から順調だったわけではない。


魔法道具を壊した。


納期を忘れた。


客に怒鳴られた。


三日で逃げたくなった。


四日目には本当に逃げようとした。


だが、戻った。


逃げても、そこに「本当の自分」が待っているわけではないと、もう知っていたからだ。


一つ覚えた。


また一つ失敗した。


昨日より少しだけ上手くなった。


それでもまた失敗した。


その繰り返しだった。


ある夕暮れ。


店を閉めたレオンは、空を見上げた。


七年前と同じ空だった。


なのに、少し違って見えた。


「本当の自分は……」


レオンは呟いた。


まだ見つかっていない。


たぶん、一生見つからない。


それでいいと思えた。


完成した自分がどこかに隠れているわけではない。


今日の自分に、明日の自分が少しずつ何かを足していく。


失敗も。


後悔も。


笑われたことも。


続けたことも。


全部、自分を作る材料になる。


「レオン!」


店の奥からリリスの声がした。


「注文が三件来てるぞ!」


「今行く!」


「あと魔王から手紙!」


「何て?」


「『余は今日、魔王として初めて勇者を歓迎した』」


「それ、勇者を倒さなかったってことか?」


「たぶん」


「平和だな」


レオンは笑った。


そして工具を手に取る。


探すためではない。


何者かになってから始めるためでもない。


今の自分で始める。


失敗しながら。


迷いながら。


少しずつ。


自分自身という、まだ名前のない物語を。


その日もレオンは、自分を探さなかった。


ただ一つ。


自分を創るために、店の明かりを灯した。



読んでくださり、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。