第六話 侯爵令嬢の嫉妬、聖女と公爵令嬢の出会い
エリシアとクローデリアがお互いの秘密を打ち明け合う一週間ほど前、二人が友人となるきっかけとなった事件は起きた。
その舞台となったのは、王都の大聖堂の礼拝堂。
大司教グレゴールが主催する祝福の儀式に、多くの王族や貴族らが招かれた。聖女としての「奇跡」の実績が、頻繁に人々の話題に上り始めていたエリシアを、彼らにお披露目する目的もあった。
儀式が始まるまでの間、各々が挨拶を交わす中、クローデリアは婚約者の第二王子レオンハルトと、一緒に参加していた王太子ユリウスと談笑していた。
そこにクロイツェン侯爵家のセラフィナが近づいてきた。
「ユリウス様、レオンハルト様、ご機嫌よう」
まるでクローデリアは存在しないかのように無視し、セラフィナは二人の王子に挨拶をした。
そのままクローデリアの前に立ち、レオンハルト、そしてユリウスと話し込み始めた。一方的に話を続けるセラフィナに、王子たちも戸惑う様子を見せていた。
クローデリアはため息をついた。
セラフィナは同い年で、幼い頃からクローデリアを一方的にライバル視しており、子供の頃に、クローデリアが闇属性魔力持ちだとわかると、そのことをそこかしこに吹聴し、クローデリアを孤立させた張本人でもある。
そしてクローデリアが第二王子と婚約した途端、レオンハルトやユリウスに積極的に近づき、クローデリアの邪魔をするようになった。
クローデリアはそこでも孤立させられ、セラフィナの背中を見ながら、居心地悪そうにしていた。
礼拝堂には数多くの王侯貴族がいたのだが、誰ひとりクローデリアに話しかけてくることがなかった。第二王子の婚約者となってからも、彼らはクローデリアに取り入ろうとするより、より一層敬遠しようとしているように感じていた。
「クローデリア様」
そこに、あえてクローデリアに声をかける者があった。
クローデリアが振り返ると、そこに平服のカイがいた。
「カイ、あなたも来ていたのね」
「はい、王都中の貴族が招待されているようですね」
「ずいぶんかしこまった格好しているじゃないの」
「それはそうですよ。騎士ではなく、男爵令息として参加しているんですから」
二人は笑い合った。カイと何でもない会話をしながら、クローデリアは居心地の悪さを忘れていた。
セラフィナがカイに気づき、一瞥したが、不敵に笑みを浮かべただけで、すぐに二人の王子との会話に戻っていった。
そうしているうちにグレゴール大司教と一人の女性が礼拝堂に登場し、儀式の開始が宣言された。
「王族の皆様、それから名だたる貴族の方々、お集まりいただきましてありがとうございます」
そして隣の女性を手で示した。
「さっそく新たな聖女の祝福を皆様にお届けしたいと思います」
グレゴールに促され、聖女が前に出た。
セラフィナが、「田舎くさい平民じゃない」と周りに聞こえるような声で言い、失笑を買っていた。
クローデリアは聖女の神秘的な美しさに見入っていた。その美しさは、どこかすぐに壊れてしまいそうな儚さも秘めているようにも感じていた。
聖女は手にしていた錫杖を掲げた。そして祈りとともに詠唱を行うと、錫杖から柔らかい光が広がった。
その光を浴びたクローデリアは、温かさを感じ、気分がよくなった。周りを見てみると、セラフィナでさえ穏やかな表情になっていた。
その光はみるみる広がり、大聖堂の外にまで広がっていった。
「この聖女エリシアは、聖教会が見出し、育てた自信作です。聖女エリシアの力により、今後五十年、いや、百年、この王都と王国は神の加護に守られ、繁栄し続けるでしょう」
事件が起きたのは、その後だった。
礼拝堂に「邪気を遠ざける」とされるお香が焚かれ、白檀の甘く優しい匂いが充満していった。
人々が陶酔するような表情をする中、一人、クローデリアだけは息苦しさを感じていた。その息苦しさは瞬く間に強くなっていき、クローデリアは声を出すこともできなくなっていた。
意識が薄れていく中で、セラフィナが薄く笑みを浮かべているのが見えた。
気がつくと、目の前に聖女エリシアの顔があった。
「気づかれましたか」
そう言ってエリシアが柔らかい笑みを浮かべた。
聖女がクローデリアに「治癒」を施し、見事回復したのだった。
カイが心配そうに自分を見つめていた。その後ろには、レオンハルトやユリウスがクローデリアのほうを覗き込んでいるのも見えた。
クローデリアは立ち上がり、大丈夫だということを告げると、大きな歓声が上がった。
その場には成り行きを見ていた王侯貴族がまだ残っており、体調を崩したクローデリアを即時に治療した聖女の奇跡を目撃していたのだった。
しかし翌朝目が覚めると、クローデリアは再びあの息苦しさを覚えていた。
クローデリアは、症状が重くなる前にと、侍女に自らの不調をすぐに伝え、再び大聖堂に連れられていくことになった。
大聖堂は聖女の奇跡を求める人々でごった返していた。そこには王侯貴族だけではなく、王都の平民や、地方からやって来た者たちもいた。
従者が大聖堂に並ぶ行列の先頭に割り込み、公爵令嬢が重篤な状態であることを伝えると、受付の神官がすぐに大司教の許可を取り、クローデリアを最優先で通した。
昨日治療したはずのクローデリアが再びやって来たことにエリシアは驚いた。そこにはグレゴール大司教も同席しており、エリシアを責めるように睨んでいた。
エリシアはクローデリアに手をかざし、「診断」で病の原因の特定を試みると、クローデリアが特殊な毒素に冒されていることを探り当てた。
そこで、エリシアは「治癒」ではなく、「浄化」をクローデリアに施した。するとその毒素が完全に抜かれ、クローデリアは完治することができたのだった。
治療は無事に済んだのだが、グレゴールはエリシアが昨日の時点でクローデリアを完治できていなかったことが気に食わないようだった。
「聖女の奇跡にケチがついたらどうしてくれるんだ。『お仕置き』だな」
グレゴールの言葉を聞いたクローデリアは慌てた。
「私はこのとおり、聖女様のお力のおかげで助かったのです。『お仕置き』だなんてやめてください」
エリシアを庇おうとするクローデリアに、グレゴールは冷たい目を向けた。
「聖教会の内部のことですので……。レーヴェンハイト公爵令嬢様には、多くの人々よりも優先して治療させていただいたことをお忘れなきよう」
クローデリアはたじろぎ、それ以上は何も言えなかった。
その後もたびたびクローデリアはこの二日間のことを思い出した。
クローデリアに不調をもたらしたのは、儀式で使われた白檀の香だった。その香に、闇属性の魔力にのみ反応する毒素が含まれていたのだった。それは放っておけば、死に至るほどの毒素であった。香を準備し、聖教会に提供したのがセラフィナであることは間違いなかったが、グレゴールもそれをわかって香を焚いたのではないだろうか。
誰も気づかねばクローデリアが死んでいたはずだ。それならば、それでよし。クローデリアはたまたま病でその場に倒れたことにされただろう。場合によっては聖女の聖なる光によって「浄化」された「悪魔」にでもされていたかもしれない。
そして、クローデリアの後釜として、聖教会とつながる侯爵令嬢のセラフィナが第二王子に新たな婚約者になる公算もあっただろう。
しかし、クローデリアの側には、彼女を気をかけるカイがおり、すぐに異変に気づき、聖女のもとにクローデリアを届け、クローデリアは一命を取り留めた。
そのシナリオもグレゴールの脳裏にはあったはずだ。その場合、王侯貴族の前でエリシアにクローデリアを救わせることで、聖女の奇跡の宣伝になる上、公爵家に貸しができる。それはつまり、公爵家との関係を築き、その先にいる王家への影響力を大きくするきっかけとなる。
さらには、一度の治療でクローデリアを全快させられなかったエリシアへの「お仕置き」の機会もオマケでついてきた。これにより、グレゴールはもう一つおぞましい行為に及んでいたことを、クローデリアは後に知ることになる。
グレゴールの幾重にも重ねられた大きな悪意がこの儀式に込められていたのだと振り返るたび、クローデリアは静かな怒りを覚えるのだった。




