第四話 聖女エリシアの誕生と聖教会の企み
クローデリアはエリシアに招かれ、「聖女の間」にいた。二人は出会ってからすぐに意気投合し、友達になっていた。
どういう経緯だったか、エリシアがまるで自らの後ろ暗い秘密を告白するかのように、「聖女」になった頃の話を始めた。
エリシアは淡々と語ったのだが、話を聞いていくうちに、クローデリアは吐き気を催すほど気分が悪くなっていったのを覚えている。
「私は辺境の村の平民の娘だったの。
それが、聖教会が各地でやっている祝福適性試験で、『光属性の魔力が高い』って出ただけで、王都に連れてこられたわ」
クローデリアは言葉を挟まなかった。エリシアが話したいと思うことを邪魔したくなかった。
「王都に着いて、すぐに私は現実を知ることになったわ。——「聖女候補」だからって、優しく迎えられたと思う? 違うわ。今でこそクローデリアのおかげで支持してくれる人もたくさんいるけれど、当時は王都のすべてが私の敵だった」
エリシアは少し寂しそうな表情をした。
「私はただ少し光属性魔力の高い、平民の田舎娘だったのよ。そんな人間がこの王都で生きていくのがどれだけ大変か、公爵令嬢様には想像もつかないでしょうね」
その言葉はクローデリアの胸にちくりと刺さった。皮肉であることはわかっていたが、確かに、相手が辺境からやってきた、ただの平民の娘であれば、話をしようとも思わないだろう。それはクローデリアがそんな立場の人間を見下しているからだ。
クローデリアにとって、エリシアは「聖女」で「恩人」だから友人になり、話をしているのは事実だった。
「王都の人々は私を汚いものでも見るような目で見ていたわ。実際にボロを着ていたし、毎日湯浴みをして清潔にしていたわけではなかったのだけれど。
それに文字も読めなかったし、『常識』も『マナー』も知らないから、怒られることも多くて。ひどい人は私の人格を否定するようなことまで言うのよ。恥ずかしくて悔しくて仕方がなかったわ。
歩いていて、突然水をかけられたり、石を投げられたり、蹴られたり、体を傷つけられることもあたりまえだった」
それは自らの経験からは想像もできないことだった。「辺境」から来た「平民」というのは、王都では奴隷や犯罪者の刻印と変わらないのかもしれない。
しかしエリシアの悲劇はそれだけではなかった。
「辺境」の「平民」であるものの、エリシアは「聖女候補」であった。それはエリシアにとって刻印を消すものではなく、より強い不幸を呼び寄せるもう一つの刻印となった。
「それでも聖教会の『外』はまだマシだったわ」
エリシアの表情は寂しさから陰鬱さへと変化していった。
「大司教グレゴールと聖教会が私に期待していたのは、『光』を出させることだけ。人間である必要すらないのよ」
エリシアは少しだけ肩をすくめた。
「『聖女』としての振る舞いも、王都の住人としての『常識』や礼儀も教えてもらっていないわ。
魔法書を読むために最低限、文字だけ教えてもらって、あとはひたすら光属性魔法だけ。……それも、教育って呼べるものじゃない」
「……拷問、みたいな?」
クローデリアがそう言うと、エリシアは目を伏せたまま、ほんの少しだけ頷いた。
「『早く覚えろ』『失敗するな』。できなければ『お仕置き』されて、できても次から次に課題が与えられたわ。
私の力は確かに伸びたわ。瞬く間にね。……でも、それは私が優秀だったからじゃないの。ただ逃げ場がなくて、『お仕置き』が嫌だっただけ」
エリシアが一度沈黙し、再び口を開いた。
「私は本当にその『お仕置き』が耐えられなかった」
エリシアの声が、少しだけ低くなる。
クローデリアにも、グレゴールの「お仕置き」という言葉にはっきりと聞き覚えがあった。
「グレゴールや、聖教会の幹部の何人かは……私に、人として許されないこともした。辺境の田舎娘が何も知らないのをいいことにね。
『聖女の器』を味わってやろう、とか言ってね。私が嫌がるほど、『逆らえない』って喜んでるみたいだった。
それだけじゃない。私の知らない『高貴な人』を連れてきて、その人に『お仕置き』させることもあったわ」
クローデリアの握った手に力が入り、爪が手のひらに食い込んだ。
「私が少しでも戸惑ったり、『光』が弱かったり、思った通りに癒せなかったりすると、『聖女は民のために痛みを受け入れなければならない』って。そう言えば何でも正当化できたの。
私が逆らわないように、恐怖と屈辱で縛る。——それが、あの人たちの『神聖』なの」
「……それを、誰も止めなかったの?」
クローデリアは何とか声を発した。喉が渇いていて声がかすれた。
「止める? 誰が『辺境』の『平民』を助けるというの?」
エリシアは初めてクローデリアを見た。目は笑っていない。
「私は『浄化』の魔法を覚えてから、何度も何度も自分を『浄化』したけれど、この体に染みついた気持ち悪さは決して消えなかったわ」
クローデリアはそれ以上、かける言葉を見つけられなかった。
「私がひと通りの光属性魔法を使いこなせるようになると、いよいよ『聖女』として表に出ることになったの。するとグレゴールと聖教会の関心の中心は、お金と権力に移っていったわ。そもそも『聖女』を育てた目的はそこにあったのよ。
聖教会は私利私欲のために『聖女』を使う。特に強力な『治癒』は高く売れるわ。彼らは、法外な治療費を要求するのだけれど、それでも患者は次々に来たわ。特にあなたのような高貴な方々や、富豪の商人たちね。その中でも、聖教会に批判的な患者は治療しないの。そうして政治にも利用し始めたわ」
エリシアはそこで大きくため息をついた。
「あるときね、辺境の貧しい夫婦が、重い病に冒された子供を王都の聖教会まで連れてきたの。『聖女』の噂を聞きつけたのね。馬車も使わず、長い長い旅路を、子供を抱えて歩いてきたのよ。
そして、なけなしの財産をすべて差し出したのだけれど、受け付けた神官は足りないって言って追い払ってしまったわ。
私は手を差し伸べられない。
聖教会の意に沿わないことをしたら私が痛めつけられてしまう。助けたいのにできない。……聖女なら「お仕置き」くらい我慢して、困っている人を助けるべきだと思うわよね? 私もそう思うわ。でも手が動かないの。自分の意志で魔力が使えないの。あの醜悪なグレゴール大司教の顔が浮かぶと体が固まって、魔力も出てこなくなるの。
その辺境の夫婦はね、追い払われたのに、またやってきたわ。借金をたくさんして、神官に言われた金額のお金を持ってきたの。今度は神官はお金を受け取ったわ。でも、貴族が先だって言って、その子供の治療は後回しにされたわ。そのうちに子供は死んでしまった。グレゴールはその話を聞いて『子供を平民に生まれさせてしまったのが間違いだ』なんて言って笑っていたわ。お金も返さなかった。夫婦がどうなったかわかるわよね? ……二人揃って自殺したわ」
「ひどい……」
クローデリアは思わず声を漏らした。
「あなたは貴族でよかったわね。でもグレゴールに大きな貸しを作ってしまったことは忘れないようにね」
クローデリアの背筋に冷たいものが走った。「公爵令嬢」でなければ、私は病により、すでにこの世を去っていたかもしれないのだ。
それに、今後、グレゴールが何かを要求してくることがあるかもしれないことを考えると吐き気が込み上げてきた。
「……もう聖教会に嫌悪しか感じないわ」
「ふふ。私も大っ嫌い」
エリシアは、やっと少しだけ笑った。
「さあ、クローデリアもお話しして。私は、私の一番の秘密を話したのだから、次はあなたの番よ」




