第三話 聖女の伝承
エリシア・ブランシェは、その絶大な功績から、生きながら伝説となった聖女であった。
聖教会や各地の教会では、祈りや告解にやってくる民に「聖女の伝承」を伝える。その伝承は人づてに伝わり、子供でも知らぬ者はいないほど王国に広まり、聖女は「聖性」そのものとして崇められた。
教会の司教は語る——
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——耳を澄ましなさい、信徒たちよ。
いまから語るのは、ただの昔話ではありません。この王国が今まさに平和と繁栄を謳歌する理由そのものです。
この王国を救った聖女の名は、エリシア・ブランシェ。歴史上のどの聖女も為し得なかった偉業を果たした稀代の聖女の名です。
エリシア様は平民の娘でありながら、聖教会が執り行う「祝福適性試験」で、眩いほどの光属性魔力を示しました。
その瞬間、聖教会の礼拝堂の蝋燭がいっせいに燃え上がり、鐘が勝手に鳴った、とも言われています。——信じられないかもしれませんが、人々はその「光」と「奇跡」を確かに見たのです。
エリシア様は癒しました。
病の子を。戦場で四肢を失いかけた兵を。身分も罪も問わず、ただ手を伸ばしたのです。
人はその手を、神の手と呼びました。
そして、彼女の光に救われた者の中に……当時の王太子、ユリウス殿下がいらしたのです。
戦場で重傷を負い、その命の灯が消えようとしていたユリウス殿下。
誰もが「もう駄目だ」と目を逸らしても、エリシア様は退きませんでした。
エリシア様は殿下の胸に手を当てて、祈り、光を注ぎました——
すると——殿下は、息を吹き返されました。
その瞬間に触れた優しさが、英雄ユリウス殿下の心を攫いました。
ユリウス殿下は恋をなさったのです。
王太子という地位も、戦の栄光も、すべて忘れるほどに。
殿下は政治に疎いと囁かれながらも、快活で大らかな方でした。
魔物が国境に現れ、隣国が牙を剥く時代に、殿下は王国の盾として戦場に立ち続けました。
兵はその背を追い、民はその名を叫び、王国は英雄を信じたのです。
エリシア様もまた、最前線で血に濡れる英雄に寄り添い、平民の自分にも隔てなく微笑むその人に、気づけば心を預けていました。
——やがて二人は婚約されました。
王都は沸き、酒樽は空になり、夜通し鐘が鳴ったと語られます。
誰もが思ったのです。
「これで、この国はいかなる困難にも立ち向かえる。必ず栄光に包まれる」と。
……けれど、運命は人の願いを嗤うものです。エリシア様でさえも抗えない過酷な運命に襲われました。
隣国の大軍を防ぐ、大防衛戦。
ユリウス殿下は多くの敵を討ち取りながらも——その場で崩れ落ち、二度と立ち上がりませんでした。
英雄の死に、民は泣きました。
泣いて、祈って、それでも信じた。
しかし、恐ろしかったのはそれ以上に……聖女エリシア様の沈黙です。
運命に愛する人を奪われたエリシア様は「聖女の間」の扉を閉ざし、食も取らず、光を使わず、ただ一人、過酷な試練を与えた神と対峙し続けたのです。
まるで、世界から色が失われたかのように——英雄と聖女、二つの守護を失った王国は、一時、崩れ落ちるかと思われました。
ところが。
エリシア様は立ち上がられたのです。
涙を拭い、静かに宣言なさいました。
「ユリウス殿下の意志を継いで、王国を守ります」
そうして聖女は王都を出ました。
王国の各地を巡り、病を治し、傷を癒し、そして、各地の町村に守護結界を張り続けました。——名高い「聖女の巡礼」です。
結果、王国全土は堅固な結界に包まれ、魔物は退き、隣国は侵攻の手を止めました。
この奇跡は、「聖女の秘蹟」と呼ばれ、今日の繁栄へと繋がった――そう語り継がれております。
……さあ、祈りなさい。信徒たちよ。この国が聖女の光に守られ続けるように。
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クローデリアはこの伝承を聞くたびに皮肉混じりに嘲笑う。人々は聖女の美しい側面だけを見ようとする、と。聖女は「救国」などより、「狂気の愛」に生きているのだ。
しかもあの聖教会が、自らの非道を隠してこの伝承を語り継ごうとしているとは。
この伝承の本当の姿を知る者は二人だけ——聖女エリシア本人と王妃クローデリアだけであった。
そして、その伝承には最後の続きが加えられることになる。
ここまで序章「王妃の断罪と聖女の伝承」をお読みいただき、ありがとうございます!
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