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魔王の腹心と厄介な男!  作者: 花より団子よりもお茶が好き。


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【弐】不躾な来訪者

 その日、カボチャは苛立っていた。


 いつもの大きなジャック・オー・ランタンの被り物に、弾丸で穴が空いたような真っ黒なマント――否、吸血鬼が着ていそうな紳士服がズタボロになったみたいに見える服を翻し、城の回廊を飛んでいた。

 彼は十代ほどの子供の背丈ながら、身体の輪郭はどこにも見えない。

 ただマントとパンプキン頭だけが、宙にぷかりと浮かんでいるのだ。

 唯一それと分かるフォーマルな白手袋の動きから、その苛立ちが手に取るように分かる。


 通りすがりの使用人たちは、慌てて壁際へ身を寄せた。


「……今日は、さらにピリピリしてるわね」

「そりゃあ……シュケル様、未だに戻っておられないんだろ?」


 そのひそひそ声は、気遣って抑えられているのに、妙に耳に残る。

 それもこれも、このところシュケルの姿を見ないからだ。

 もちろん、城を空けること自体は珍しくない。

 だが、今回はいくらなんでも長すぎる。

 魔王に尋ねても「少し野暮用で出掛けている」としか聞けず、何をしているのかは分からないままだ。


「別にあんな奴いようがいまいがどうだっていいんですけどね。居ないと僕の仕事の負担が増えるんですよ! おまけにカインがシュケルはー? シュケルはー? って煩いったら」

「カボチャ、シュケルはー?」

「ほらみろ」


 案の定だ。

 城の回廊でぶつぶつ文句を言っていると、真っ青な長髪の襟足を一本に束ねたまだあどけなさの残る人間の青年が、シュケルの姿を探してやってきた。

 カボチャは勢い良く振り返る。


「だから僕が知るわけないでしょう!」

「えーセオドアも野暮用って言うだけだし、どこ行ったんだろシュケルのやつ」


 一緒にお菓子作る約束してたのにと、その手に持つ袋に包んだ焼き菓子を見つめる。


「え、シュケルのやつ、一言も断らずに行ったんですか?」

「うん。だから俺いつも通り材料用意してさ、仕方ないから一人で作った。シュケルから言いだしたのに酷いや」


 それを聞いてカボチャは妙だなと思う。

 いくらなんでも直ぐに戻らないなら、あらかじめ断りくらい入れるだろう。

 ということは、予定外の事があったということか。

 シュケルに限って?


「……シュケル、なんかあったのかな」

「そう、ですね」


 さすがに心配になったその時。

 どかんと、真横の壁に大穴が空いた。

 何かが目にも止まらぬ速さで飛んで来てぶつかったのだ。

 近くにいた使用人達がそれぞれに悲鳴を上げる。


 カボチャは咄嗟にカインを背に庇った。


「ええ!?」

「な、なにごとですか!?」


 もくもくと瓦礫からあがる土煙、ゲホゲホと咳き込みながら誰かが出てくる。

 その者は此方を見ると「シュケル!」と叫んだ。

 そしてカインへ飛び付きその両手をガシッと握る。


「探したぞシュケル! さぁ一緒に帰ろう!!」


 間髪を入れずカボチャがその脇腹を蹴り飛ばす。

「どわぁ!?」と上がった悲鳴と共に先程とはまた別の壁がぶち壊れる。

 そちらを睨みながらカボチャの頬を冷や汗がつたった。


「き、貴様、ふ、ふざけんな……不躾になんなんですか!」


 まさか自分が相手の行動に反応できないとは――!

 これがもし通り魔だったら今頃カインは致命傷を負っていたかも知れない。


「カボチャさま…っ」


 驚いて動けなくなった使用人達にカボチャは「下がれ!」と一喝。

 はっと我に返った彼らは一目散にその場を離れる。

 その姿を確認しながらカボチャは再度カインを背に庇った。今度こそ油断なく相手を窺って。


 舞っていた土煙が落ち着くと痛そうに唸る声があがり、白い袴を履いた素足で瓦礫を押し退け、誰かが起き上がった。

 頭から被ってしまっていた藍白(あいじろ)の大きな羽織が、起き上がると同時に肩へと滑り落ちる。


「いてて、シュケル……なにを――」


 露わになったのは膝まである水浅葱色(みずあさぎいろ)の長髪と瞳の若い男。

 柔和さときりりとした雰囲気をあわせ持った彼は、目の前にいる真っ青な瞳の青年とカボチャ頭のお化け(ではないが)を見て急に押し黙る。


「……どちらさまで?」

「「こっちの台詞だ!」」


 ようやく状況を理解した男は眉をつり上げ、勢いよく立ち上がった。


「さてはソナタらシュケルを隠したな! 言え! どこへやった!」


 訂正しよう。彼は、全く状況を理解していない。


「誰が隠すか誰が! だいいち、突然人の城壁を破壊しておきながら何を偉そうに!」

「しらばっくれようたってそうはいかないぞ」

「誰がしらばっくれるかああ!」

「なーなーアンタもしかしてシュケルと一緒にいたの?」

「! やはりシュケルを知ってるようだな、どこへ隠した!」


 ダメだコイツ、話が通じない。


「カインこれは相手にしちゃダメなやつです! さっさと捕まえて豚箱に放り込みますよ!」

「りょーかい!」


 元気よくこたえたカインと共にカボチャは謎の男へ飛びかかった。


「ふん、その程度の動きでこのワタシを捕らえられると思うとはな」


 ビュウッと風が吹いたと思った時には目の前にその姿はなく、二人は瓦礫に向かって「どわわ!」「わー!」どんがらがっしゃんと突っ込んだ。


「くそっ!」


 直ぐに飛び起き、振り返る。風を操るのか、上空から見下ろすそいつの長髪が風になびく。


「よくよく考えたらこんな間抜けどもをシュケルが相手にする筈ないな」

「な!?」

「なに言ってんだよシュケルは、っむぐぅ!?」


 咄嗟にカボチャはカインの口を手で塞いだ。


「ワタシの名はマハル、〝シュケルの夫〟になる男」

「「!?」」

「邪魔したな」


 謎の男、いや変質者、否、マハルは風と共に消え去った。



 ◇◇◇



「……え、なんかアイツ変なタイミングで変な自己紹介して行かなかった?」


 口を塞ぐカボチャの手をどけて、カインが呆然と呟く。


「げ、カインも聞きました?」

「うん」

「気のせいじゃないだと……」


 ついでに壁に大穴が空いているのも気のせいではない。

 惨状を改めて目の当たりにし、カボチャは怒りに震える。


「あんっの浅葱やろおおおお!」

「なんで浅葱野郎?」

「髪とか目とか浅葱色っぽかったでしょ! 全体的に!」

「確かに。あの見た目だと魔族じゃないんだろーけど」


 すると遠巻きに見守っていた使用人達がざわめく。


「あの髪色は人間側の色よね?」

「女なら私たちみたいに赤毛だし瞳は緑よ」

「男なら黒か白いしね」

「そうでないなら灰色だしな」


 彼らの言葉にカボチャは心の中で頷いた。

 魔族の外見にははっきりとした特徴がある。

 たとえば、黒の魔族なら黒髪に赤い瞳、白の魔族なら白髪(はくはつ)に紫の瞳。

 赤の魔族は赤髪に緑の瞳、灰の魔族は灰色の髪に青い瞳――といった具合に、それぞれの系統に応じた見た目で生まれてくるのだ。

 一方で、人間にはこれといった規則性がない。

 だからこそ魔族が人間を見分けるのは比較的容易だ。

 外見の差もさることながら、決定的なのは、人間には邪気が一切宿っていないこと。


「魔族領には邪気がありますからね」

「でもなぁ邪気の影響もなさそうだし、空も飛んでたし、人間でもなさそうだよなぁ」


 カインは首に下げた黒色の魔晶石を握った。


「これがなきゃ、俺だって今頃死んでるし」 


 またも遠巻きに見守っている誰かが言った。


「あれってなんだっけ?」

「あら、カインから聞いてないの? 魔王さまの魔力が込められた石よ。あれで結界の効力上げていて、確かシュケル様の治癒術も込めてるって」

「にしてもさっきの男? 変わった力を使っていたわねぇ」

「でも魔族じゃないんでしょ? 人間はあんなこと出来ないし」

「となると、結局ありゃあ何者なんだ?」


 カボチャはこそこそと物陰で花を咲かせる彼らにキッと鋭い眼差しを向けた。


「いい加減持ち場に戻れ! いつまで油を売ってるつもりですか!」


 使用人達は「すみませ~ん」と、慌てて四方八方に散った。


「くっそぉ、あの野郎ぜっったいに取っ捕まえて、これを修復させてやります!」

「え? 魔王に頼まねーの?」


 カインは目をぱちくりさせる。

 確かに時を操れる魔王は壁の時間だけを巻き戻し、直ぐに元の状態に戻せるだろう。

 だがしかし。


「バカですね。なんでもかんでも魔力に頼るもんじゃない。それにあの野郎の尻拭いを魔王さまにやっていただくなんてとんでもない事です!」

「えー?」


「と・に・か・く!」と言って、カボチャは両手に木の板と金槌を持った。

「どりゃーー!」と叫び、ドドドドドと一気に板を打ち付け臨時の壁を作る。

 まるで戦場で突撃号令でもかけられたかのような勢いである。


「とりあえず暫くこれで持たせましょう!」


 ふーとデコの汗を拭って満足げなカボチャ。だがその出来を見て、カインは不安を覚えた。

 崩れかけた石壁に五寸釘で乱暴に打ち付けている。ここからひびが割れて崩れるのではないかと。


「……これ、大丈夫かな」

「フフフ、さすがカボチャです。これほど固い壁に釘を打ち付けるとは、余程の怪力でないと出来ないことでしょう」

「それはそーなんだけどさー……て、シュケル!?」


 カインとカボチャは咄嗟に飛び退いた。

 何があっても決して取り乱さず、微笑みを絶やさぬその姿に「フフフ」と笑う口癖。

 魔王の右腕にして、冷静沈着な知略の使い手――知将シュケル。その人である。

 ちなみに、彼が知将と呼ばれるなら、最前線を切り開くカボチャは、さながら猛将と言ったところだ。

 いつからいたのかしれっと当然の顔をして、穏やかに微笑むシュケル。

 その笑みの奥には、やはり何かを秘めているような気配がある。


「な、なななシュケル貴様! いったい今までどこに行ってたんですか!」


 カボチャはビシッと人差し指を突きつけて、ハッとしたカインは焼き菓子を突き付ける。


「そうだよ! 俺、待ってたのにすっぽかすなんてひでーよ! もう作っちゃったからあげる!」


 おやおやとシュケルはカインから焼き菓子を貰い、よしよしと頭を撫でた。


「フフフ、すみません。少し面倒事に巻き込まれまして、この埋め合わせは必ずいたしますよ」

「絶対?」

「えぇ、約束しましょう」

「おいシュケル、お前のせいでさっき変なのに絡まれたぞ」


 カボチャはじろりと睨むが、シュケルは変わらずフフフと笑う。


「その変わり者が姿を消したのでようやく出てこれました。……順を追って説明いたしましょう」


 よく見ると、シュケルにしては珍しく、疲れた顔をしていた。



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