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魔王の腹心と厄介な男!  作者: 花より団子よりもお茶が好き。


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【拾】花嫁と魔王の腹心


 声が響いた瞬間、辺りを覆っていた全ての色と動きが、一瞬で収束した。

 切り裂く暴風、百本の追尾の矢、カボチャを縫い留めた風、マハルを苦しめた呪術。それら全てが、糸を切られたように力を失い、一閃と共に消滅する。

 そして代わりに襲いかかったのは、上空から押し潰すようにのしかかる抗えない重力。

 マハルとカボチャは呻き声を漏らし、大地に叩きつけられ、その身を深くめり込ませた。


 そのすぐそばに姿を現したのは、宝玉の()によって動けないはずのシュケルだ。

 地面へと静かに降り立つと、二人の頭上まで歩き、足を止める。

 見上げたマハルとカボチャは、驚きと戸惑いの眼差しを向けた。


「フフフ、何故? と問う顔ですね」


 カボチャは(なんで僕まで……!)と無言で睨みつける。


「おやおや、喧嘩両成敗という言葉をご存知ありませんか? お二人とも、さすがにやり過ぎですよ」


 かつて森だった場所は今や見る影もない。

 荒れた大地は当初の二回り……いや十回り、それ以上に広がっていた。

 ここが人里からおいそれと近寄れないほど離れていて本当に幸いだったと言うべきか。

 とはいえ、森の生き物たちは内心涙していることだろう。


「それでは暫しお仕置きの時間といたしましょう。どちらが先がいいですか?」


 いつものように瞳を穏やかに閉じ、そりゃもう幼子を宥めるような声色と物腰。……なのに、伝わってくるこの謎の威圧感。

 なんだか分からないがとにかくマズイ、と直感するマハルと、怒りで頭をかきむしりたい衝動に駆られるカボチャ。

 シュケルは魔力量でいけばカボチャに劣るくせに魔力の扱いが段違いに上手い。技量が違うのだ。

 悔しいが、だからこそ実力はカボチャ以上。


(だから嫌なんだよコイツは!)


「ご希望があれば添いますが?」


 だが重力で無理矢理地面に押し付けられている二人には、まともに返答する余裕などない。


「……仕方がありませんね。では、まずはマハルから」

「!」

「フフフ、安心してください。私の承諾を得ずに宝玉のを使った件に関しては、この際、百歩譲って目を瞑りましょう」


 譲るな、とカボチャは怒鳴りたかった。


「ただ、ずいぶんと――」


 シュケルはカボチャを一瞥した。

 一度は真っ二つにされかけ、暴風の刃で裂かれた衣服。跳ね上がるたび地に叩きつけられ、片側の長髪は切り落とされ、頬には血が滲む。

 首元にはマハルの手の痕――それらすべてが、無残な痛々しさを物語っている。

 それに、カインも死に追いやられかけた。


 ――周囲の空気が、一段階冷える。


「……彼らを、いたぶってくれましたので」

「ぐあっ!」


 ドスン、とマハルの身体がさらに地面へめり込んだ。


「それ相応のお礼を、させていただきたいですね」


 しゃがみ込み、穏やかに覗き込むシュケル。今度はカボチャの方へ向き直る。


「カボチャ、重力操作はこのように使用するのが理に叶っていますよ。この機会に覚えておくといいでしょう。フフフ――もっとも、感情的な貴方には、難しいかもしれませんが」


(やってやろうかこの野郎!!)


 怒鳴りたくとも喉が潰れたような唸る声しか出せない。


「さてはて、次はいかがいたしましょう。ご要望は、なんなりと」


 もちろんマハルも、苦しげに呻くのがやっとだ。

 涙目の二人がどうなったかは――まぁ、想像にお任せするとして。

 いい加減、見かねた声がそれを制止した。


「そこまでにしてやれ」


 現れたのは、この場で誰よりもガタイがよく、若干露出気味の黒衣の男。ついでにこの場で一番、髪が短い。

 何を隠そう、魔王セオドアだ。

 左腕にタージを抱き上げ、そのままシュケルのもとへ歩み寄る。


「シュケル、お前もやり過ぎだ」

「ほんとほんと、俺も一発殴る気失せちまったじゃんか」


 魔王の背後から、ひょこっとカインが姿を現した。


「見ろ、この娘の顔を。事情が事情だけに、止めに入ることもできずといった様子だぞ」


 確かにタージは瞳を潤ませ、あわわあわわと言うのが相応しい顔でおろおろしている。


「フフフ、私ではなく、魔王さまを恐れているのでは?」

「なるほど確かにな。余は大柄なうえ顔も怖く、醜い痣もある。女子供からしてみれば、そう思われても仕方あるまい」


 などと本人は言っているが、実のところ、かなりの男前である。カタカナで言えばハンサムだ。

 ただ顔の右側から腕先にかけて広がる浅黒い痣にばかり視線が奪われるせいで、気づかれにくいのが惜しいところ。

 しかも、本人にもまったく自覚がない。

 その事実を初めて指摘したのは、何百年と付き合いのあるシュケルでも、カボチャでもなく、まだ出会って数十年のカインだった。

 魔王の発言にタージは慌てて否定したが、魔王は気にするなと言って彼女を地面に降ろした。

 タージは一礼するとマハルへ駆け寄る。


「マハル様!」


 重力から解放されて穴から出てきたマハルにタージが突撃すると「マハルさまああ」と涙を流し、ヒシッと飛び付いて、ミシミシと音が鳴るほどのバカ力で抱き締めた。


「あだだだだああ」


 かと思うとタージはキッと鋭く睨み、パンッとよく通る音を立て、平手打ちを一発お見舞いする。


「い、痛いだろうがこの怪力バカ女!」


 マハルは赤くなった頬をおさえて怒鳴る。

 だが目の前のタージがその小さな口をへの字に曲げ、黒水晶のような大きな瞳から涙をぼろぼろと溢し、それでも堪えているのを見て思わず口をつぐんだ。


「お、お怪我は……さ、さっきはし、死んでしまうかと」

「た、タージ……?」


 弱りながらマハルが手をさまよわせていると、


「いくらわたくしと婚姻を挙げたくないからとて、こんな、こんな関係のない方々を無理やり巻き込み犯罪まがいのことをするなど、あんまりではございませぬか……!」

「いや、待てタージ」

「言い訳は無用です!」


 するとマハルはムッと頬を膨らませた。


「そもそもソナタのせいではないか……!」


 何やら喧嘩を始めた二人をよそに、カインは人型に埋まっているカボチャへと近寄った。


「カボチャ~、大丈夫か?」

「こ、れが大丈夫に見えんのか……?」


 カボチャが弱々しく呻く。

 カインは「全然」と即答しながら、ふと横から差し出された白い手に気付いた。

 その手は、カボチャの腕をつかみ、ズルズルと無理やり引っ張り上げる。


「フフフ、大袈裟ですねぇ。きちんと手加減して差しあげたというのに」


 カボチャは半ば引きずり出されながらも、恨みがましくじろりと睨みつける。

 その視線の先――シュケルの服の胸元は不自然に裂けていた。

  カボチャはその服を繋ぎ合わせるように鷲掴む。


「シュケル、いったいどういうことですか?」


 シュケルはカボチャの手をやんわりとほどきながら、あくまで穏やかな調子で語り出す。


「身動きこそ取れませんでしたが、魔力を封じられているわけではありませんでしたので、体調を回復させながら、体内にある宝玉のを時間をかけて消滅させていました」


 そんなことをさらりと口にする。


「幸い二時間も猶予がありましたので、異界に連れて行かれさえしなければ何も心配はいりません。最悪魔王様に私の時間のみを戻していただければ問題ありませんし……だというのに」


 シュケルはあからさまにやれやれと首を振った。


「いくら帰るよう頼んでも全く聞く耳を持たないのですから、二人には困ったものです。おかげで他に手が回りませんでした」

「は、はああああ!?」


 散々人に苦労をかけさせておいて、この言い草だ。

 なんだってこんな奴の為に命がけで焦ったり、怒ったり、心配したりしたのか。カボチャの顔は怒りと不満で赤くなったり青くなったり、めまぐるしく引き()る。


「ホントごめんなシュケル。城に戻れって、魔王呼んで来てって事だったんだろ? 俺全然気付かなくてさ~。確かに城に戻ったら直ぐにセオドアを頼ってたわ」

「フフフ、お気になさらず。そうなるだろうと思ってはじめから水晶へ頼んでおりましたので」

「確かに、水晶が余の所へ来たな」


 そして此方へ来てみれば、矢の大群が地上の二人を狙い、カボチャは首を絞められ、片方は呪術をかけられ、シュケルは身動きとれず、カインは倒れており、少女は飛び出す。

 何処から手をつければいいか分からない状況に迷わず時を止めたのだと魔王は言う。


「それでシュケルへ声をかけてみれば〝首を長くしてお待ちしておりましたよ〟と嫌み混じりに言われてな」

「私は〝ですが、助かりました〟とも申し上げましたが」


 あのタイミングで、ちょうどシュケルの体内にある宝玉のが消滅する寸前だった。

 だがこれでは間に合わない――そう思ったまさにその時。魔王が時を止めたタイミングは本当に絶妙だったのだ。 

 しかも魔王はシュケルの時間だけは止めず、むしろ動かした。

 そのお陰で宝玉のは完全消滅。容態も改善、シュケル完全復活というわけだ。

 魔王はカインの容態を確認し、問題ないと分かるとマハルの作った風の籠、その中にいるシュケルへ近付き「どうするつもりだ。余が引き受けるか?」と尋ねた。

 するとシュケルはそれを断り、フフフと笑って「あとは私にお任せください」と一言。風の籠を断ち切った。

 魔王は「そうか」と言うとタージとカインを回収し、時を動かした。

 ――そのあとは知っての通りだ。


(つまり、最初っから僕たちは〝僕は〟必要なかったと言うことですね。場をかき回し、ややこしくしただけだと、面倒事増やしやがってと言いたいんですね……!)


 カボチャは心の中で盛大に地面を殴り付けた。


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