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side 勝麟太郎&箕作阮甫
「勝様、一体どうなさるおつもりですか?このままでは我が国の知はなくなりますぞ?他の者たちも『迎えに行く。それが許されないなら、この船で一緒にオランダ行く』などと言い出す始末。いつの間にやら長崎までの航路も計算し終えて、近日中にも出て行きかねない。全てはこの不明瞭な『待て』との命令、これにあると理解されておられるか?」
「それの何が悪いんじゃ?普通のことだろ?今手が空いておらん、だから待てと命じた。それだけのこと。たったそれだけのことで、なぜこんなことに?」
「勝様の命を待たねば動けぬ者、その者たちにとっては普通です。ですが、彼らは待たずとも動ける。動けるにも関わらず、道理を通すために指示を待った。その結果がこれですよ。そりゃ彼らも怒るというよりも呆れたことでしょう」
「呆れる?なぜだ?普通のことではないのか?」
「だから言っているでしょう。動けぬ者なら普通だと。藤二は調所に効率を持ち込んだ。その効率から一番かけ離れているもの、一番排除すべきものは、無駄です。残念ながら藤二の持ち込んだ効率の考え方は、あまりの有用性の高さからあっという間に浸透しました。個人の都合よりも全体の効率を無条件で優先させます。個の都合を犠牲にした方が全体の効率が上がるのであれば、瞬時に全体の効率を優先させるのです。勝様がこれからも彼らを使いたいと思うのであれば、その思考に慣れていただくほかない。その思考に慣れずして、彼らを扱うことなど絶対に無理です。これは断言できます」
「しかしな、箕作殿、ワシ一人で決めれることなど……」
「それが彼らの思考に関係あると?そもそも文に時間が掛かっておるのですぞ?勝様が受け取り返事が届く。彼らからすれば、倍の時間待っている、ということを理解されておいでですか?その上で目処も出さずに、ただ待てと。だから呆れたと申しております」
「………」
「勝様、そもそも幕府は藤二によりアメリカに侵略されずに済んだ、という事実をどこまで理解されているのですか?属国扱いにしようとするのを、藤二ただ一人の交渉で守りきったのですぞ?小野殿の大砲もありました。ですが、調所の面々は皆知っております。あれすらも藤二がおらねば完成しなかったことを。勝様がどう認識しておるのか分かりませんが、ワシらは皆、アイツの存在一つで研究を年単位で進めることが出来る存在だと認識しております」
「…そんなになのか?」
「そんなにです。ワシらに見えぬことが見えているかのように感じることが尽きない。だからこそ、アイツの突拍子のないことにも付き合えるのです。それともう一つ、勝様は『藤二をどう扱えば良いか分からん』とワシらに言います。ワシらも同じ言葉を使っています。ですが、意味が全く違っておるのを分かっておりますかな?」
「意味が違う?」
「はい。隔絶という表現の方が近いかもしれません。そうですね、ペリーが持ってきた模型で説明しましょうか。勝様に限らず幕府内では、あれをどう使おうなんて話し合いをして、まだ決まっていないのでは?」
「貴重なものだ。慎重に協議して然るべきだろう」
「それはお好きになされれば良い。それに対してどうこう言おうとしてるわけではない。ワシらはあんなものが届いたら、間違いなく寝食を忘れる勢いで調べ倒すでしょう。まだ知らぬ知を得るため、それくらいは予想できますよね?」
「ああ、其方たちの知への欲求には頭が下がる」
「藤二は、模型を見た瞬間、模型への興味をなくします。次の次の次くらいのことに思いを馳せる。我らの場合、模型の原理が分かった次は、模型でないものを作る。その次は走らせる。ここまでは夢想するんです。ですが藤二は必ずもう一つ二つ先の話をするんです。そうですな、江戸から出島まで、とか、何なら松前から薩摩まで、とか。もしかしたら蒸気機関の次の仕組みのことかも知れません。
子供の見る夢物語と言えばそうかも知れません。ですが、夢物語と片付けられないほど、そこまで辿り着けるのです」
「…せいぜい、日本で作る、それくらいだな」
「ワシらはその3歩先、4歩先に勝手に進まれるから『扱い方が分からん』と言う。申し訳ないが勝様、そこの目線すらない状態では、藤二を扱うなんて言葉を使うことすら烏滸がましい、そう言わざるを得ません」
「ではワシはどう動けば良いんだ?」
「アイツの速度の邪魔をすること。少なくとも、内田殿もワシも思い返せばそれはしておりませんでした。もちろんやりすぎたことも片手では足りません。ですが、アイツなりの道理は通す。勝様こそせめて、佐久間殿から弁論を学んではいかがですか?
それといい加減、覚悟をなさいませ。アイツを使うのであれば振り回される覚悟を、使わないのであれば接しない、いずれかを。アイツの知を自分の都合に使うなど、アイツを上回れない限り無理です。自分の都合よく使い、自分の都合を優先させるなど、それこそ夢物語です」




