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言葉をきっちりとイメージ出来たら腑に落ちる。腑に落ちれば理解が進む。そこまでは普通の人。俺だよ。ここの人らは違う。3段跳びでサクサク進む。植民地支配のメリット、そこから何を得ているのか、具体的な搾取物は何なのか、高く売れるものは何なのか、遠隔地の具体的な統治方法、などなど。俺は置いていかれるけど、一つだけわかることがある。商人に聞くことではない。
オランダ側から求められたのは、数学書を数冊と数独だった。やっぱり。途中から予想がついていた。妙に数学書の質問が向こうから来る。作るノウハウも作り途中のものもある。全て手作業でやってるのを見て、軽く引いてたけど。数独に関してはもっと手抜きだ。
「あれはそちらの表記に合わせて作った。手間がかかる。こちらの言語なら多数用意できるしルールは同じ。こちらで10冊同じ問題の本作って渡すのと、全く違う問題の10冊をこちらの言語で渡し、こちらの表記とそちらの表記の対応表付けるのとどっちが良い?ちなみに後者選ぶなら、燃料費勉強して欲しいな」の交渉で終わり。俺もいつの間にか、こんな交渉をオランダ語でできるようになってた。そして、この提案を飲ませたのを見てた人たちには引かれた。
違うよ?これは商取引の基本だよ?相手の満足度を上げて、こちらの出費を抑える。大体、それが不満なら断るだけだ。ここらの営業の基本、商人的感覚は、武家の出身の人ほど理解してもらえない。でも途中から、明らかに相手を俺だと認識されてる。確かにね、俺は先に先方に対してOK出して、その後こちら側の調整をするもん。他の人は「ちょっと待って、相談させて」になる。待たせる時間に相手の利はない。相手の時間が勿体無い。自分の権限の裁量でどうにかなるなら、さっさと決めた方が良い。
そして、やっぱりいた。ジョン万次郎。「中浜です」って自己紹介された時には全く気づかなかったけど、経歴聞いて「ジョンと呼ばれてました」って言ってくれたから分かった。
国際法というものの存在、内容も理解でき、オランダ船の見学もさせてもらえてみんな喜んでる。残念なのは、耐火煉瓦班と造船班が間に合わなかったこと。でも、それらの本のリクエストを受け付けてくれたのは、せめてもの救いだ。どうも向こうも困ってたみたい。技術的な本というザックリしたオーダーに対し、どんな本を選べば良いか分からなかったと。
あっという間に年末になった。カピタンも国に帰らなきゃいけない。電話もメールもない。一期一会ってこういうことなのかもな。急にカピタンに「一緒にオランダに行かないか?」と誘われた。あまりにも想定外のお誘いに、「は?」と日本語で返してしまった。「この国は、お前には窮屈じゃないか?」
考えたこともなかった。俺ってそう見えるんだ。そんな高く買ってくれてんだ。
「そんなこと言ってくれてありがとう。でもね、俺はこの国を簡単に捨てる決断をするには、あまりにも多くの人に支えられてんだ。国という単位よりは、その人たちにきちんと恩返しはしたい。それが出来たと思ったら考えられるかもしれないけど、今は考えられない」
「そうか、じゃあお前はこの国で俺を稼がせろよ。そしたらいつでも連れ出してやるからな。」
「分かった。じゃあそっちもこの国の利益になるもんを持って来てね」
「そうだ、この船にあるもんでなんか欲しいものあるか?最後にプレゼントしてやる」
「ほんと?じゃあ、鏡が欲しい。小さいもので構わない」
「そんなもんでいいのか?」
「それが欲しい」
最後に握手して、長崎に戻って行った。
さて、年末だしみんな一旦江戸に戻ろうか。来年のいつ、ペリーは来るのかな?どんな無理難題を押し付けてくるのかな?
江戸に戻り、内田様、勝様とも久々にじっくりと話が出来た。勝様には確認したかったことがある。佐久間氏をどうやって追っ払ったのか。思いの外、力業だった。「幕府の天領地にお前んとこの藩の人間が侵入しようとしてる。謀反でも起こそうとしてるのか?家潰すぞ?」って松代藩を脅したって。権力者にしか出来ん、正しい権力の使い方だ。
ジョン万次郎さんも調所の所属になった。その一方でいつの間にか藩の都合で、地元に戻ってしまった人もいた。その人たちは満足して帰ったんだろうか。調所がただの蔵書施設だと思われてたら、それはそれで寂しい。
最後にもらったプレゼントの鏡、これで作りたかったものがようやく作れる。友さんに伝えたら、親指立てて喜んでる。2人で木工職人さんのところへ行き、各部品をオーダー。そして、1年以上ぶりに帰省をした。




