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黒船は10日ほどで去って行った。むしろ、いなくなってからの方が「開国だ」「攘夷だ」とあちこちでうるさい。でも調所は至って冷静。そらそうだよね。外国からの知識を得ている集団。聞くまでもない。むしろ黒船が幕府に与えた影響に、振り回されてる。やれ防衛だ、やれ造船だ、やれ翻訳だ、やれ蒸気機関だ。動く金が急に多くなったんだけど、調所の独自会計以外の特別枠に関してはノータッチにさせてもらった。
友さんからついに相談があったので、砲筒の内側に溝や角度をつけて掘ってみたら?と言ってしまった。ここまでは知ってる。具体策は知らない。あとは天才たちに任せても彼らの求めるところまで辿り着けるんじゃないだろうか?良かったのか悪かったのかは分かんないけど、友さんの手をこの程度のことで煩わせたくなかった。もっと他のことに友さんというリソースを使いたかった。
英蘭辞典の在処も分かってた。翻訳組も滞りなく進めてる。それでも読解にはまだまだ時間がかかりそうだけど。俺があそこに入った方が良いのか?俺というリソースをどこに使うのが一番効率的なのかを思案していたら、ちょうど勝様が来た。疲れ切ってる。
「なぜここはこんなに静かなんだ?あっちでぎゃんぎゃん、こっちでぎゃんぎゃん、どこに居ても何をしててもあちこちでうるさいだけなのに」
「感情論、べき論、主語を大きくした他責論が、ここには存在しないからじゃないですか?」
「相変わらずお前は見てもいないのに、あたかも見たかのようなことを言いよるな」
「どうせ佐久間様のような大声自慢の堂々巡りをいろんなところでしてるだけでしょ?何も生まない、何の責任もない、でも声だけはでかい無駄な時間」
「お前もだいぶ辛辣だな」
「そりゃそうでしょ、満足に予算を与えず研究費を自分たちで捻出した挙句、急に人手が欲しいからとあちこちに引っ張り出されて。てんやわんやですよ、こちらも」
「愚痴りに来たのに愚痴を聞かされるとはな」
「だって、明らかに効率悪いですよ?英語を蘭語にして日本語にする。誤訳の可能性も否定できない。向こうは英語から蘭語です。まだ誤訳の可能性は低い。だったらこの国のどこかにいるかもしれない英語を知る人を集めた方が手っ取り早い。そう思いませんか?」
「ふむ」
「そして、訳すことが目的ではないはず。向こうの要求が、明らかにおかしい事なのかどうかを検証する必要があるはず。そして、出島を設置しオランダがそれを守っていてくれるからこそ、日本は世界の常識を知らずにいる可能性すらある。もしかしたら取り残されているかも知れない。そういう発想はないですよね?」
「確かに道理は通ってる。では、藤二はどうするのが効率が良いと考える?」
「幕府は外国船を江戸に来させたくないわけですよね?」
「そうじゃ」
「では、下田あたりはどうですか?」
「下田に出島を作るのか?」
「いやいや、そんな早急なことは言っていません。交渉窓口を下田に設置、その前段階としてカピタンを下田に呼び、読解と同時並行で『日本の当たり前』ではなく『世界の当たり前』を先に仕入れる。その上でカピタンにも今回の書面を見せて、どう思うかの助言を聞く。向こうだって応じますよ。これまで日本を独占出来ていたのに、横から来られて奪われるのを、指を咥えて見てるだけなんて私ならゴメンです。とにかく、ああだこうだとくだらない話をしていつまでも何も決めない時間こそ、1番の無駄です」
「お前は一体何者なんだ?」
「ただ無駄が嫌いで、効率が好きな小僧ですよ」
「ではワシはどうしたら良い?」
「私が勝様なら、という前提でお話ししますね。無駄を省き効率を求める。そのためにまずは、今すぐに杉先生を再度長崎へ向かわせ、カピタンを下田まで連れて来る。陸路はダメです。時間の無駄。船です。許可なんか後から出せば良い。移動時間を考えるなら今すぐ出立させる。そして、下田の許可と、ここの大半の人間を下田に向かわせる」
「ここをカラにするのか?」
「蘭学者は多ければ多いほど情報が洗練されると思いませんか?そして、各藩に英語が出来る人材がいれば下田に向かわせる。江戸ではなく下田です。とにかく無駄をなくす。これが一番の効率化です。それを終えて初めて、幕府内の意見を集約して下さい。私ならそう動きます」
「そうだな、あの連中の戯言は聞き飽きている。ただの時間の浪費で終わるくらいなら、その間にこちらが出来ることをしておいても問題あるまい。では杉殿を呼んでくれるか?」
「でも、少しだけ出発を遅らせた方が、企みはうまくいきますよ?」
「今すぐと言ったり遅らせろと言ったり、何なんじゃお前は」
「数独です。数独を持たせれば、よりこちらの思惑通りに動いてくれると思いませんか?」
「言われれば確かにそうじゃ」
「なに、大阪から船を使わせれば待たせる分などすぐに取り返せますよ」
「ふむ、では旅費をどうする?」
「調所は関係ありません。特別の方から出して下さい」
「まあ、そうなるな。では藤二、杉殿を呼んできてくれないか。あとは数独の用意を」
「分かりました」




