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翌朝、ちょっとのんびりしすぎた。慌てて飛び起きると、杉先生が境内の掃除を終えそうだった。慌てて床の雑巾掛けをする。すると奥の方に、外された算額の数々。やっぱり和算の算額、美しい。機能性には欠けるが無駄を廃した図形の数々、言い方悪いがオタク的なこだわりを感じさせる問い、美しい。何枚か捲ると俺の作った数独の問題の算額が出て来た。今見ると、美しくない。頑張ったんだけどな。こうやって客観的に見ると、自分のセンスの無さを実感させられる。
杉先生に声をかけられて神社を出発。日野まで着いて、美祢と一緒に手を振る。杉先生とはさようなら。道中気をつけてください。長崎まで歩くって、正気の沙汰とは思えんな。自分で仕向けたとはいえ、軽く引く。
久々の実家、家族に出迎えられる幸せは変わらない。しかも今回は非売品の土産持参。ニュー◯ンのゆりかご。気分はドラ◯もんになりきって取り出す。美祢のリアクションと言えば「ふーーん。これだけ?」
マジか、コイツ。美祢がこの世に生を受けて、初めて可愛くないと思ってしまった。なぜ感動しない?素晴らしい出来だぞ?大名家はおろか、幕府の要職もまだ手にしてないんだぞ?それを「これだけ?」とはなんだ。原理的にはダルマ落としと大差ないけど。でも。でも。
へこんでる俺を励まそうと、母が話しかけてくる。今は江戸でどんな生活なのか、と。およそ母の想像する内弟子生活とはかけ離れてるのと、何が機密情報なのか分からないので、実験の話をしたとこで思い出した。そういえば母が喜びそうなの作ったじゃん。石鹸。すっかり忘れてた。そして、石鹸工場作って売れば、濡れ手に粟じゃないのか?泡だけに。つまらんオッサンのダジャレだな、うん。材料探して、固める時間こそないけど、液状の石鹸を作る。石鹸使って洗濯したら、母大喜び。普段洗濯手伝ってる美祢も喜ぶ。
でもな、せっかくのお土産よりも即席で作った石鹸の方が喜ばれるってどうなん?ましてや美祢に邪険に扱われて。知と技術の集大成なのに。とりあえず母には、すすぎはきちんとするように。乾燥しても使えるから気にせず使え。食べられません。その3点を伝えた。
マネタイズの話、箕作様と真剣に話さないといけないな。場合によっては勝様とも。あとは安全性基準をきちんと設けないと、平気で無茶しそうな人が結構いる。
実家に帰って来ても調所のこと考えてる。無償なのに。あそこが自分の居場所になってるってことなのか、それとも重度のワーカーホリックなのか。知の進歩発展を目の当たりに出来てるんだもん。楽しくないはずがない。刺激に溢れてる。
そうか、学ぶことが楽しい人ってこれを自力で起こせるから楽しいのか。凡人の俺は、それを疑似体験させてもらってるだけだ。俺のすべきことや出来ることは、営業、経営管理、総務、経理、その辺のことだろうな。営業以外やったことないけど。しかも、ほぼルート営業という名の御用聞きだったし。実務である実験等に積極的に関わらなければ、オーパーツ作っちゃうとかの心配も減らせるし。
そして、やっぱり来るかもしれない激動の幕末、まだ知ってる名前は佐久間象山以外出てきてないけど、自分の周りの人は死なせたくない。本当に幕末が来たとして、もっと効率的に幕末終わらせらんないかな?でもな、それやろうとすると歴史改変になるだろうし、やり方もわかんねーし。そんな堂々巡りしてたら、いつのまにかまた寝ちゃった。
弥一改めて弥太郎に叩き起こされた。「稽古付き合え」。最近サボり気味なんだよな。内田様には怒られるけど。仕方なく付き合うけど、やっぱりバレるよね。腑抜けてるだの、武士たるものだの罵声を浴びせてくる。既視感あると思ったら、勝太さんっぽい。忘れてた嫌いな熱血。
思わず反論。熱くなるな。
では弥太兄は、家を継ぐ努力を剣術と同じくらいしてるのか?父は副業までして育ててくれているのに、剣術にばかりかまけて父の手伝いすらしようとしないのは不誠実とは思わないのか?やりたいことだけしかやらないその姿勢こそ子供じゃないのか?図体だけデカくても一人前にはなれんぞ。最低限父に認められるところまで精進するのが、この家を継ぐ人間のすべきことでは?人を責める前に自分を顧みろ。
そこまで言ったら美祢が泣き出して中断。最終的に、父の帰宅後2人して怒られた。まとめて怒られた後、個別面談。言ってることは正しいが、やり方は間違ってる。正論で責めれば反発しか生まれない。憎しみの感情しか生まない方法で責めるな。それくらい分かるだろ。弥太郎は弥太郎で、お前のせいでしなくて良い苦労もしてる。それを振り切るために剣に精を出してる。
2人で「ごめん」で終了。そうだった。普段周りにいる人たちが、理屈>感情の人ばっかりだから、ついつい勘違いしちゃうけど、世の中の大多数の人たちは理屈<感情なんだ。自分がいるところが優れてる訳じゃない。自分がいるところはマイノリティなんだ。その位置を勘違いすると、どえらい事になりかねない。
なんとなく苦い思いをした帰省だった。




