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いつの間にか新しい建物を建て始めてる。見える床の面積が増えて来ると、本が運び込まれて、また床が見えなくなる。普通はテンション下がるよね?それが普通だよね?本が増えると喜ぶんだよ、ここの人たち。
慌てて、作ってる最中の建物に「こういう棚を作ってくれないか?」って大工さんに交渉しに行ったよ。きっと壁の据付だけじゃ賄いきれない。
本が予定より増えた理由は、勝様が張り切ったことが原因らしい。幕府の威信をかけた外国書籍収集場所だから、ここにない外国書籍はないってことにしたくなって、各藩に声を掛けたんだって。お金困ってるなら買い取るよって。そんなん効果あんのか、と思ってたら結構意味あったみたい。眠ってたコレクションとかも出て来たのかな?
驚いたのが蘭書だけじゃなく、結構英語の本が出て来たこと。中国語は想定内だったけど、オランダのみに開港してるはずなのに、ここまでの量あるとは思わなかった。もちろん蘭書がメイン。分野毎に分けるよりも少ない。でも、両手で足りないくらいにはあった。
そしてその中に、あれば良いなと期待はしてなかったけど探してた物が見つかった。辞書。もちろん日本語ではない。日本語的に言うと「英蘭辞典」。来るかどうかは分からないけど、英語が必要になった時の武器になる。あることを知り、どこにあるか、どう使うかも知ってる。これは相当なアドバンテージになるはず。まして、ここにいる人たちに使わせれば、武士に刀を持たせるよりも遥かに強い。
刀を持った武士を、辞書でぶん殴って倒してく「学者無双」みたいなの空想してたら怒られた。「お前が手を止めるな」。はい、ごめんなさい。そうですよね。春には終わると思ってた仕分け、蔵書整理が終わった頃には、もう紅葉が始まってた。実験棟も建ってた。
ほんとは学問だけでなく、分野分けもしたいんだけど、流石にそこまでする気力はなかった。ただ、この世界での常識の本の平積み、これだけは絶対避けるべく頑張った。装丁がきちんとしてないし、どうしても折り癖もつく。それはしょうがない。でも、欲しいものを少しでも探しやすくするために、縦置きにはこだわった。始めこそやいやい言われたけど、ここの人たち、効率が良いことに気付くと、その後は何も言わずともルール化できる。いつの間にか貸出帳も機能してる。持って行ってる人まで辿り着くのに、効率的な事を分かってくれた。一人の最小労力で全体の最大効率。実に機能的。
いよいよ研究所として稼働を始めてる。みんな仕分けしながらインプットばっかりだったからか、うずうずしてたんだろうね。ところで俺は、生徒として何すれば良いんだろう。急に手持ち無沙汰になった。何の勉強?ここで皆さんみたいに「これ」って動けない所が、俺の弱み。令和的指示待ちが出てしまう。
とりあえず内田様の元へ向かう。労われた。「あれだけの冊数が出て来るとは思わなんだ。すまんかったな。この短期間でよう終わらせた。休みでもとれ。日野にでも帰って羽根休みでもするか?」なんとなく帰省の気分にならなかったが、数日の休みはもらう事とした。
そうは言っても内弟子の身。家長が仕事で不在なのに、一人暮らしの大学生の如く、食っちゃ寝グダグダするわけにもいかない。あてもなく江戸市中を散策することにした。すると目に入って来たのは「数独有〼」の文字。
は?いつの間にかここまで伝播してるの?別の書店の前には「旅のお供に」とか、屋台でも「数独最新版」とか。改めて、今年に入ってから狭くなってた自分の視野にもびっくり。すごいことになってんな。でも、どれにも関流って印が付いてる。店のおっちゃんに聞いてみると、この印がないと売れないんだって。
そういえば聞かれた気もするな。関流のお墨付きのどうのこうのって。頭パンパンだったから、印を押せば良いんじゃないですか?それこそ江戸と府中の2箇所だけが押せる。表紙に目立つように押して、実は背表紙にも小さく押しとけば、軽く模造品対策にはなるんじゃっていうような話をした気がするようなないような。模造品出すとこを見せしめ的に10くらいさっさと潰せば、模造品やるの割に合わんってなりますよ。背表紙に印があることは、奉行所の信頼できる口硬い数人だけにしとけばって。
その他にもなんか喋ったかもしれん。でも、忘れた。それくらいいっぱいいっぱいだったんだな、でも、不思議とイヤじゃなかった。
ボーっとそんなこと考えてたら「おい、藤二、生きてたのか?全然顔見せねーから、どっかで死んだのかと思ってたぞ」。この口の悪いのは、磨き職人のおっちゃんだった。口は悪いが腕は立つ。それを地でいくおっちゃんだ。この感じ、ちょっと懐かしい。「おっちゃんも生きてたんだな。俺が忙しくしてる間に、誰かに殺されてんじゃねーかと心配してたよ」。そう言って2人で笑った。




