2-01
ここからは月水金の投稿となります。
嘉永5年、年が明けた。記憶にある「嘉永6年」に何が起こるのか、それが一向に思い出せない。思い出したとて、それを止められるかどうか分からない。
「蕃書調所」。それが新規オープンするお三方の職場、それ以外にも賢人が集まってるみたいだし、前世で凡人でしかなかった俺がこんなとこに出入りして良いのか、と気後れしてしまう。その気後れなんか吹っ飛ぶくらいに多忙。俺、生徒って聞いたんだけど、こんなんパシリ以下だ。いろんなところから、いろんな言語の本がどんどん来る。すでに倉庫はパンパン。にも関わらず、まだ届くらしい。今、言語毎に振り分け。それが終わったら分野の振り分け。その仕事のメインは杉先生と俺。まだ言語の振り分けだけだからある程度はスムーズ。問題はこの先。分野別の振り分け。
ここに来てる人たち、全員蘭書を読める。そして知に飢えてる。知を欲してる。するとどうなる?自分の好きそうな分野の本が見つかると、読み始める。手が止まる。責任感が強いであろう杉先生ですらそうなる。
分かる、分かるよ。でもね、今ここでそれをやると、どんどん本当にここでやりたいことが遅くなるだけだよ。いちいち止まってたら、小さな図書館出来そうなくらいの書庫、死ぬまで終わらんよ。
お、図書館?また釣ってしまえば良いんだ。内田様に許可を取り(本当は渋ってたけど「終わらんよ」って伝えて強引に)、皆様の前で演説。
「聞いて下さい、読むのやめてください。最後まで読んでた人、仕分け手伝わなくて良い代わりに、ここへの出入り禁じますよー」。はい、即こっち見る。「皆さんがここで読み始めると、一生終わりません。文字通り、大袈裟でなく一生。ですが、皆さんの気持ちも分かります。宝の山ですもんね」。頷いてる頷いてる。はい釣れた。
「そこで、皆さん、今その手に持っている一冊、特別に貸し出します。一応言っておきますが、幕府のものなので大事に扱って下さいね」。喜んでる喜んでる。もう一押し。「さらに、仕分けを頑張ってくれたと判断した人、私の独断と偏見で5人にしましょうかね、その人は特別に2冊貸し出します。許可は取ってます(強引にだけど)」。早速に動こうとしてる。もう一押し。
「お待ち下さい。先ほどもお伝えしましたが、これは幕府のものです。持って行く本と返却する本に間違いがないかどうかを確認するためだけに、こちらの紙に氏名と本の名称を記していって下さい。そして返却する際に、私にその本の中身を教えて欲しいのです。私はまだ蘭書を読めるだけ。何に興味を抱くか分からない生徒です。何が書かれていたか、どんな内容だったかを。紙一枚にまとめていただいても結構。直接話して頂いても結構。ですが、話が長くなって仕分けに差し支えるといけません。それも理解されますよね」。良いね、戸惑ってる。
おもむろに寛永通宝と糸を取り出した。「こちらの寛永通宝で作った振り子、これが右に五十、左に五十動く間だけの間に伝えて下さい。時間内に伝えきれなかった人は、別の本の貸し出しはなしです。次の機会は翌日以降になります。再度言います。紙にまとめて頂いても構いませんからね」。
「待て、それだと振り幅次第で話せる時間がズレるのではないか?それだと不公平になるぞ?」来たーー!
「いえ、変わりません。振り幅を変えたとて持つ位置が一緒ならば、同じ時を刻みます。その事実はここにある本のどこかに書いてあります。ご興味持たれた方は、是非探してみて下さい。では始めますよ。皆さんの知のため、本のために頑張って下さい」。ホントは空気抵抗でちょっとだけ変わるけどね。季節によって時間の長さが変わることから比べれば、誤差でしかない。
昨日までの5倍の速さになってんじゃん。どんだけイヤイヤやってたんだよ。目的意識が一緒だと、この方法は効率的だよね。これで中身の判別の手間が若干省ける。あとは得意分野の類推も出来る。そして何より、俺がラクになる。こんな面倒なこと、一人でやってられるか。あとは、出来れば縦置きしたいんだけど背表紙がないからな。保管方法も上手いこと考えないと。紙にまとめる方が手間掛かるけど、約100秒で伝えきるのって実は大変だ。いずれ要約の紙が貯まるはず。そうすればもっとラクになる。
そう思ってた俺を叱ってやりたい。受付を紙だけにすれば良かった。賢い人はアウトプットも上手い。時間オーバーも3日目には居なくなった。そういうとこも計算できるから賢いんだろうな。分類は捗るんだけど。凄いなあ。俺、この人たちについて行けない。
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side 杉亨二
この書の山、藤二はどう捌くのだろう。とてもじゃないが、これを一人で片付けるなら、俺は長崎から本の片付けをするために来たバカにしかならない。人に手伝わせるにも言葉の壁が大きすぎる。また、ここに今いる人たちは、箕作先生が集めた蘭学の大家たちのはず。そのような人に、このような雑用をおいそれと頼むわけにもいかない。
でも、ここには藤二がいる。コイツならきっと時間を掛けずにやり遂げる。如何にこの大量の書を捌くのか、その手法にこそ興味がある。
そりゃ、こんなとこに蘭学者を放り込めばこうなる。この人たちはこれで良い。自分の知を深めることが目的なんだから。だが、それでは俺は一生そこには行けず仕舞い。それは藤二も同じこと。さて、藤二どうするんだ?
貸し出すだと?なんて乱暴な。でもこれでは、子供の褒美と変わらん。これは一過性のものにしかならんはず。コイツがどういう手法でこの場を治める?まず褒美を増やす。うん、これは普通だ。ん?貸し出した本を記す?何のために?説明しろ?何の目的だ?教えろ?なんでこんなに偉そうに。
教えてもらった内容を自分なりに記し、本の置き場を変えている?自分で読むことなく、人に読ませて分類してるのか?自分の知識を得つつ、自分ですべき分類を手伝いをさせ、片付けの速度を上げさせる。なんと効率的なんだ。分量を指定し伝える内容をより精査させることで内容を把握。
分類に必要な情報を効率的に集める。分類自体は藤二の基準。読みたい欲と話したい欲を調整。実に効率的。どうやったらここまで考え付くんだ?
実際に投稿を始めて、初めて理解しました。皆様からのハート、とても励みになります。ありがとうございます。




