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内田様も箕作様も忙しい理由が同じだった。なんか蘭学の研究所を作るみたい。蘭書を集めて、そこから体系立てて専門別に研究するって。正直、やっとか、って気がする。だってさ、日本語に置き換えたらおかしなことわかるじゃん。「日本語を学ぶ学問です」って言って、やってることが国文学であったり、考古学であったり、歴史であったり、物理、化学、医学、と。それらをぜーーーんぶひっくるめて「日本学」と称してるようなもん。今の「蘭学」って括り方おかしいの分かるでしょ。それを3人の前で言ったら、友さんだけが大笑い。それを見て内田様と箕作様、びっくり。
もう年の瀬も近い。年明けから、3人とも新しい研究所に移って準備する。所長の上の責任者に勝さんがなるってことで、そのパワーバランスが、内田様の所に来るのを難しくしてるみたい。公私混同に気を使ってるわけか。いつの世も変わらんね。それをよそに、「友さん、藤二」の話を耳にしたらしく、早く会いたい状態になっちゃってるって。ハードル上がりすぎじゃね?
で、直属の部下の部下になる前に、お忍びで年末に来ることになったらしい。ということで、この年末年始の帰省は無しよってことだった。お渡しするお土産もそれくらいには完成しそうだ。
どんな人かな、と緊張してたら肩透かしだった。佐久間氏が連れて来た人だった。でも、勝さんは俺が記憶に残ってなかったらしかった。うん、知ってる。杉先生に愚痴られたもん。あそこだけ切り取ったら身代わり作戦大成功だったんだ。その後があるなんて思ってなかったから。
「まさか凧で遊んでる子供が仕掛け人だとは思いもせんかった。安心せい、全て聞いておる。公式な場ではないから、ラクにして良いぞ。なんならワシのことも麟さんとでも呼ぶか?」
うん、知ってる。偉い人が場を和ませようと、ややスベるやつだね。踏み込むと後が怖いから行き過ぎ注意。でも、お言葉に甘えて、儀礼的なことは取っ払っちゃえ。
「勝様はこんな童に会うために、なぜわざわざ足を運んでくださったのですか?」
「いやな、こんな賢人たちが囲う童と話をしてみたくてな」
「別に面白い話はできませんが」
「瞬時に怒り辛い線の口の聞き方を判断出来るだけで、面白い童だと思うがな」
読まれてる
「そうですか?私はただの童でしかないですよ?ご期待に添えるかどうか」
「あの佐久間に『顔も見たくない』と言わせるだけでも大したもんだと思うぞ」
あの人、やっぱりそういう評価なんだ
「私は何の話をすればよろしいので?」
「そうだな、ここにいる方たちが、新しく作る調所に勤めることになっているのは知っておるか?」
「はい。そのために忙しくされているようです」
「でだ、その調所に研究所を作る必要があるかどうかを、あんな奇天烈なお披露目を企画した者としての意見を聞きたくてな」
なるほど、そういうことね。箕作様の意見の後押しを強くするためなのね。
「その発言から察するに、勝様は不要だとお考えですか?」
「必要な理由がいまいち分からなくてな」
出たよ、理論派。徹底的にやれってことですね、箕作様。了解。
「勝様はからくり人形をご存知ですか?」
「もちろん知っておる」
「寄木細工は?」
「知っておる。それと研究所と何の関係が」
「ございます。あれは、一人の天才職人が作り上げたものだとお考えですか?」
「伝統を受け継ぎ改良して来たものだろ」
「そうです。学問も一緒でございます」
「どこがだ?」
「知は積み重ねです。先人たちの積み重ねを受け継ぎ、技法を身に付け、改良をする。まだまだ発展する可能性ももちろんあります。」
「それは分かるが、それと研究所と何の」
「分かっておりません。勝様が求めているのは、あたかも寄木細工の作り方を見たことあるなら、それ以上のものを作れるだろ、作ってみろ、ということに他なりません。」
「なぜだ?書に記された物なら分かるはずじゃろ」
「ではこちらを解いて頂けますか?」
取り出したのは数独の問題。その中で一番解き応えのあった問題だ。
「こちらが解き方です。はい、勝様、書に残されているのだから解けるのでしょう。解いて下さい」
流石に沈黙に耐えきれずに箕作様が動こうとしたので静止する。
「書に残されているから読めば分かる。それは幻想です。書いてあっても理解できない。だから学ぶのです。まして、蘭語で書かれている、正解を見たことも聞いたこともないもの。書かれていることが正しいかどうかすらも分からない。読めた内容が果たして必ずしも合っているかも、確実ではない。だからこそ、理解を深め、内容を確認するために実験が必要なのです」
もう少しかな。
「勝様に見ていただいたあの実験、あれも何度失敗したか分かりません。失敗には原因があります。その原因を探り、成功させるために失敗するんです。理解を深めるための失敗は無駄ではありません。失敗から何も学ぼうとしない姿勢こそ無駄なのです」
言い切った。友さんが拍手してくれた。箕作様は何度も頷いてる。内田様は青い顔。そうだよね、保護者だもんね。ごめんなさい。




