1-43
結論から言うと、知識のない俺には、湯の花から酸性の液体を作れなかった。なので結局、温泉の素として楽しむことにした。佐久間氏が苦労して集めたものを、自らの楽しみだけのために使う、これが後世に伝わればどんな悪魔的所業として描かれるんだろう?
ガラスを空中に浮かせる、というミッション。成功の基準を、手を触れることなくガラスの風鈴が鳴らすこととした。だんだんと気分は、某国営放送の◯改造の夜とかロボコ〇とか。ルール内でどう勝つか、みたいな感じ。一番大変だったのは杉先生だ。表向きはね。本当のところは台本読んでるだけ。仕込みは全部俺だった。とは言え、杉先生をちょっとコキ使っちゃったかもしれない。なんか労わないと。
お偉いさんを呼んだ興行は、結果成功。パターンは4つ用意した。子供のイタズラっぽく釣り糸の先に風鈴を付けて鳴らす。凧に風鈴を付けて飛ばす。ここまでで思いっきりハードルを下げる。何も知らされてない佐久間氏と、お偉いさんの前で話す杉先生だけが真っ青。本番はここから。
炭の熱源の下に風鈴を付けて、浮力を受け止める力を強めた和紙製の熱気球もどき。最後に、電池の塩水をお酢に変更、さらに熱する。咽せるのは仕方ない。それは化学反応じゃない。生理反応。お酢の酸で水素の発生量を増やして、水素の軽さで気球を浮かせる。そこに風鈴を括り付けて浮かせる。最後は杉先生と2人でジャンガジャンガのポーズ。手伝ってもらってお招きした職人さんたち大喜び。和紙、竹ひご、提灯、木工、いろんな人の笑顔。水素で浮かした時の歓声と嬉しそうな顔、やって良かった。「次なんかやる時にも声かけろよ」なんて言われて嬉しかった。
結果残った事実は、お偉いさんが箕作様の所で、箕作様の弟子がやった実験を見たってことだけ。佐久間氏は、ギリギリメンツを潰さないために連れて来ただけ。
本当に大変だったのはこの先だった。だって先送りにしてた「原理」の説明を、お客様達が帰ってからじっくりと求められたから。詰められたって言い方の方が正しいかも。水素とは?空気と水素は何が違う?何故水素が軽い?一応全部が1冊の本にまとまってたから、解説はそっちの蘭書にお任せ。この理屈を利用しました、で最終的には逃げたけど。相変わらず、「そもそも」に弱いな、俺。一番困ったのはジャンガジャンガの意味。意味なんかねえよ。寿司ざ◯まいのポーズでも良かったけど、2人だったからそっちを選んだだけで。
あっ、そうそう、佐久間氏。「またいつでも来て良いですよ。手土産持参なら」と優しく声をかけてやった。にも関わらず、「もうお前の顔も湯の花も見たくもない」なんて言われちゃった。追われると逃げたくなるし、逃げてると追いたくなっちゃうよ?絶対あの契約書捨てないでおこう。
—-----------------------------
side 内田五観&箕作阮甫
「一難去ってまた一難だな。まさかあの人を連れて来るなんて」
「全くだ。藤二に辿り着くのも時間の問題だな。どうする、今から日野に戻すか?」
「それをしてもな、その気になれば一日の距離だぞ」
「もしかしたらアイツの命運は、お主に見つかった時点で終わってたのかな?」
「否定しきれんところが辛いな」
「せめて松代藩の役人程度ならどうにか出来たかもしれんが」
「さすがにな」
「元服はまだ先だろ?それで何とか先延ばし出来んかな?」
「それで引くような人でもないだろ。むしろ藤二が食い付きそうなもんを出されると、アイツは弱い。それで言うと………(藤二の言う議論と内田殿の内省についてのトーク)………」
「ということはなにか、今ワシらがしてる藤二の今後についても、議論であると言うのか?」
「藤二流ならそうなるだろ」
「藤二流、良いな、その呼び方。分かりやすい」
「ただ残念だが、呼び方が決まったとて、藤二の今後は何も変わらんがな」
「そう言うな、一つ考えがある」
「どんな?」
「前話したことあるだろ?蘭書を集めて云々って」
「あぁ、あの計画な。それぞれの専門分野が違う蘭学者を集めて、蘭書を集めてってやつ」
「そうじゃそうじゃ、その計画をあの人に手伝ってもらう。で、藤二はその生徒候補並びに教師候補として、ワシらが今育ててる最中だから、そう簡単には出せんってことで」
「なるほど、その立ち位置だと、無理に寄越せとは言えなくなるか。早く欲しければ早く作れ、と。なかなか腹黒いな。そんな計略立てる性格だったか?」
「なんだかな、藤二と付き合ってから、徐々にこうなってしまった感じだ」
「それは分からんでもないわ」
ガハハハハ




