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こういう場合、相手が嫌がることをやらせるのがセオリー。甘い顔見せたら調子づく。今回のケースでいえば、プライドをへし折る。ただへし折るだけじゃつまらない。条件の再提示ではなく、上乗せだ。上乗せである以上、前回の約束をまず履行してもらう。話はそれからだ。
その上で何か、相手が嫌がりこちら側に利があるもの。何かないか。松代藩、長野、蕎麦、温泉。温泉?そうだ、硫黄、湯の花をいただこう。しかも本人の手で運ばせよう。普通にもらうのは面白くない。アイディアを言ってみたら、そんなことで、という言葉から行き着く先の想像をした途端、大声で笑い始めた。ね、良いアイディアでしょ?内田様も証人として来てくれることになった。絶対楽しみたいだけでしょ。
数日おいて、その日がやって来た。今回ほど父のもとで書類の書き方を見ておいて良かったと思ったことはない。思いがけず役に立つもんだ。
来た瞬間勝ち誇った顔をしてる。さ、一つずつ条件を詰めていこうか。
①謝罪されていません。まずはそこから。
想定内って顔してる
②ここからは条件改定ではありません。前回の約束を守れない人なので追加です。良いですね?
ん?って顔
③お偉いさんをここへ連れて来い。場所を貸してやる。説明は杉先生がやる。後ろで偉そうにしてれば良いよ。
よっしゃって顔
④次からここに来る時には、必ず手土産持参。手土産はこちらから指定。持参してなければ追い返す。
余裕そうな顔
⑤指定品は「湯の花」。松代ならいくらでもあるでしょ?分量は1匁(約4グラム)
ほっとしてる。
⑥来るたびに手土産を必ず持参しろ。今日は免除してやる。
当然だとでも言いたげ。
⑦分量は来るたびに増える。倍を求める。また、必ず自分で取りに行け。人に持たせるな。
余裕そう
⑧納得したなら①を履行した上で署名しろ。
なお、この条件を知らなかった杉先生が青い顔してる。大丈夫、大丈夫。あなたの師匠が守ってくれるから、多分。
一人で謝り、署名する。掛かった。署名を終えたのを確認し、三人で目を合わせる。次の話に移ろうとしたので静止。
「佐久間様、前回の条件をお忘れですか?」
「こうして頭を下げたではないか」
「おかしいですね。前回の条件では、吠えた当人と佐久間様の両名の謝罪が必要としているはずですが」わざとらしく書類を取り出して確認するふり。
「ほら、やはりそう書かれております。まだ謝罪が済んでおりませんので、今日のところはお引き取りを」
なんか言おうとしたが、分が悪いとの計算はできたみたいで、悔しがりながら退散。これで仕込みは済んだ。後は流れに乗るだけ。
硫黄が欲しいんだ。可能なら硫酸。湯の花をどうにかして硫酸に近づけないかな?と。最悪、入浴剤にしても良いし。しかもわざと勘違いさせるよう誘導した。向こうは等差数列で考えてる。こちらは等比数列で提示。わざとスタート分量も少なくしてハードルを下げた。何度も持ってくるとなると、そのうち分量が溜まらない。その結果物理的に来れなくさせる。これが最終的な狙い。しかも立会人の内田様にも写しを持たせてる。逃げ場を無くした。
とは言え、一応引き受けた形なので、ガラスを浮かせる必要がある。どんな形が出来るのか、必死で考えよう。思えば、これが初めて、本当の意味の実験だ。
そこから大忙し。いろんなパターンを考えてみた。くだらないものからトンチきかせたもの含めて。ガラスを空中に浮かせる、というオーダーだから、浮かせるのは風鈴だと分かりやすい、ということにもなった。もちろん合間に嫁いびりみたいな方法で佐久間氏をイジる。塾生連れてこれば「手土産は?」次来た時は倍だからね?いくら長野でも2週間は掛かる。そして、嫌がらせはこっからが本番。
元の分量がどれだけ少なくても、分量増えれば手間は単純に倍ではなくなる。しかも運ばれてくる間に乾燥し、分量は減る。さらに、依頼される方からしたら、苦行以外の何物でもない。次々と依頼されるたびに量が増える。普通の神経してたら逃げたくなる。賽の河原の鬼を彷彿とさせるんじゃないか?
3度目の訪問で、自分のした契約の恐ろしさにようやく気付いたみたい。日に日に届く分量は減る、日に日に要求される分量は増える。届いた時には量が減る。量を用意しなければ要求も伝えられない。お偉いさんにはどうやって言い訳してんだろ。
その間にも、箕作様にいろんな職人さんを紹介してもらって準備は怠らない。やっぱり職人さんって凄い。こちらの要求の100%を超えてこようとする。想像してた以上の準備ができた。あとはそのお偉いさんを連れて来るだけだよ、佐久間氏。お土産は忘れずにね。




