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「はい、実験です」
繰り返した。内田様は本を持って来た。きっと、今度は蘭学者の元で「翻訳」させるつもりで、大事な蔵書を持って来た。それを利用して超えてやる。一度読み終えた本をわざわざ翻訳など、やりたくない。
「内田様、蘭書を持ってこられてますよね?ちょっとお借りします」
それを表紙で判別、5つのグループに分類。その後、自分の書いた意訳をそのうち4つのグループの上に置いて、顔を上げた。
そこからは俺の独演会。左から洋算、物理、化学、生物医学、その他。内田様は蘭学を学べと言った。その意図は、内田様の求める蘭書の解読。と言うことで、宗教や読み物関係はまず除外ということで、ざらっと確認しただけ、学術書ではないと判断。なので意訳すらしてない。洋算は概念、考え方を内田様と共有済み。生物系に関しては検証できそうなもの、できなさそうなものが混ざってる。また、時間が掛かるので一旦スルー。残る物理、化学に関しては、書かれていることが本当かどうかを確認しないと、翻訳しても意味ないよね?だから、その中で出来そうなものを実験して、それを確認してからの方が合理的でしょ?また、この意訳は一応写しなので、内田様のところに原本はあるから、お好きにどうぞ。的なことを捲し立てた。オタクにありがちな早口になるやつ、ああなってなかったかが心配。
自由研究も実験も好きだった。予想通りに動かない時が一番ワクワク、どこを直せば予想通りになるのかを考えるのが好きだった。実験したかったんだけど、内田様の所は和算、洋算の概念がメイン。実験できそうなものがなかった。
だが、図らずもここならありそう。絶好の機会だ。そして、この国は0→1は弱いけど、1→の進化は大得意。興味が無くなったら投げちゃえって判断。誰か興味持った人がやってくれるでしょって、完全人任せ思考。やりたいこと、やりたくないことを考えたら、そういう結論に至った。
って言うか、また誰も言葉を発しない。おーーーい!
「……実験の内容と対応する本、書かれている箇所を教えてくれ。あとは必要な道具があれば指示してくれ。杉、屋敷の案内と、屋敷の人間に藤二を紹介してきてくれ」
杉様に連れ回された。
「内田殿」
「すまん」
「いや、何もまだ言ってないが」
「すまん」
「あんなのを今まで良く隠しておいたな。驚きよりも、むしろ呆れだぞ」
「言い訳をさせてくれ。あそこまでなってるなんて、ワシもここで初めて知ったんじゃ。すまん」
「一々道理が通ってるだけにタチが悪い」
「まさにそなたが言うとおり」
「躾云々の話どころではないぞ」
「すまん」
「こういう所を佐久間に見せれば、ヤツも黙るんじゃないのか?」
「実際見せられるか?」
「無理じゃな」
「ところで藤二の話の進め方、あの人っぽくないか?」
「奇遇だな、ワシもそれを思った」
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side 佐久間象山
なんなんだあのガキは。あんなのなら、こちらから願い下げだ。議論など熱を帯びねば何の意味もないではないか。どれほど本気で考えているか、本気で憂いているかを熱量以外でどう測れというんだ。ええい、忌々しい。もう忘れるとしよう。
内田のヤツが洋算書を急に理解を進めた?箕作のヤツの所で電池?石鹸?熱気球?全部蘭書にあるのに、わけが分からん代表みたいなヤツを一気に?
裏にあの小僧がおるのは確実ではないか!やっぱり何としてもでも引きずり出してこなければならなくなった。ただでさえ、不名誉な名前の広がり方を少しずつだが見せてるんだから。
しかも、誰彼構わず見せて教えてる?意味が分からん。なぜ独占し、誇らんのだ?何を考えている?
何?内田のところから消えた?どこへ行った?箕作のところか?いやいや、さすがにあそこまで大事にしていた年端のいかぬ小僧を、流石に他所へ預けるわけはない。どこだ?さっさと俺の前に姿を現せ!
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「なぜ誰にでもやり方を教える?なぜ独占しない?」
杉先生に聞かれた。本に書かれているのに独占?特許があるわけでもないのに?意味が分からなかった。
「特に理由はないですよ。知は開かれるべきものでしょう。これまで本を読んでも分からなかったものの、一つの方法を明示してるだけ。出来たよーって。それ以上でもそれ以下でもないです。何なら私とは違う読み解き方をして別のモノを作る人がいるかもしれない。それでいいじゃないですか、実験なんだから」。
箕作様の家は次々と人が来ては、その対応に杉様が追われている。その恨み節なのか?0→1は弱いが1→10はあっという間で大得意。そして名前が知れ渡るのは後者。しかも、本当の0→1は蘭書。俺のことなんて気付かない。そのうち誰も気にもしなくなる。下手に俺の名前が残って歴史を改変するわけにはいかない。すでにあるものを展示する。ただ、それだけだ。妄想を形にしただけ。俺に残るのは実験が成功した充実感、それだけ。それで充分。
さて、次は何の実験しようかな。




