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前世の自分よりも、はるかに年下の男の持つ覚悟、その覚悟のあまりの重さに改めて驚かされた。ここまでのものだったとは。これが父だけなのか、この世界の常識なのか、それはまだ分からない。ただ、分かったのは、まだまだまだまだ自分は甘かった。それだけは実感した。
あまり長居すると実家に迷惑をかける。鼻高々になりたくなる気持ちなど、父の覚悟を聞くと簡単にへし折られる。自分はまだ何も成していない。何者でもない、ただの内弟子。父の胆力は、俺を諌める楔になった。
それと同時に、重荷でもある。爺様の問いの「何のために」「どう使う」。これが全くない状態で走ってた。その根源的な問いが、より重くのしかかってきた。
前世の俺程度のレベルでは、考える必要がなかった。より点数を取るため、より「良い」とされる学校に受かるため、それが勉強する目的であり、どう生かすかなど考えたこともなかった。むしろ生かす方法など、自分には関係ないとすら思っていた。多くの学生にとってのどう生きるかは、どの会社で何の職に就くかだ。御多分に洩れず、自分もそうだった。もっと深いところの問いなど、思いつくことすらなかった。
こんな哲学的なこと考えるようになるなんてな。こんな根本の所、前世の記憶があるからこそ腹を括れない足枷のようにも思える。ちょっとこれは、ノリで決められるような、簡単な話じゃない。でも、父の持つ覚悟に少しでも近づく必要がある。
府中まで、考えながらだとあっという間だった。いつの間にか体も成長してるみたいだ。神社ってなんでこんなに空気が変わるのかな?爺様がちょうど数独の算額を掛け替えていた。
「外山殿とすれ違わんかったか?」
「外山殿?」
「お主の兄弟子だ。普段はこっちの算法塾の師範を任されておるぞ。ほれ、数独を研究しとる方じゃ」
「あぁ、はいはい。9×9に発展させた凄い人ですよね」
「そうじゃ、お前が日野におると言ったら待っておればくるぞ、と言う前に行ってしまったんじゃ。会ったことないのか?」
「ないと思います」。
「そうか。まあそのうち会うじゃろ。それで、自分なりにどう考えた?茶でも飲みながらゆっくり聞かせてくれ」。
オッサンの記憶があることだけは避けながら、言葉を選びながらゆっくりと、自分なりに考えていることを伝えた。自分は好きで解いていただけ、父と話して感じたこと、自分の覚悟が足りないこと、あまりにも無自覚に、自分の面白さだけを追っていたこと、目の前の面白さだけを求めて何も考えていなかったこと。
ふざけてる、とか、甘え過ぎ、とか怒られると思っていたら、思わぬ言葉を掛けられた。
「面白いこと、好きなことを求めることの何が悪い?」
口ぽかーんとしてたら、次の言葉が来た。
「算額を見て『美しい』なんて、訳の分からんことを言ったヤツが面白かったからこそ、ワシは目をかけたつもりじゃ。それもお前は否定するのか?数独だってそうじゃ。お前が持ってきたのが面白いと感じ、それを同じように思った人がおるから広まる。それをお前が否定するのか?」
俺、呆然。
「お前の父が言ったこと、何一つ間違っておらん。覚悟も立派。父の姿として言うことなし。でも、そこに面白みはない。お前から面白さを取ったら何が残る?」
確かに。
「それよりもむしろ、『面白くないことをやらない』と言う覚悟の方がお主に向いてないか?美しくないもの、面白くないことは徹底的に避け、自分の好奇心が向く所に突っ走る。その方がよっぽどお前らしいと、ワシは思うぞ。それがあったから、読み書きを塵劫記で覚え、塵劫記を自力で終わらせたのではないか」
すげーや、この爺さん。俺の弱みと強み、ちゃんと言語化してくれた。
「ただな、どのようなものにしろ、お前に覚悟が足りんのは間違いない。まずは『好きでないことはやらない』という覚悟だけで良いんじゃないか?」
それを貫いて良いのか?周りに迷惑を掛けないのか?口をついて出た。
「だからこその子供じゃ。気にするな」
泣いた。
翌朝、ほんの少しだけ足取り軽く、内田様の屋敷まで帰った。




