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守旧派は金で殺す、攘夷派は理で殺す。――幕末に転生した効率厨サラリーマン、内戦はコスパが悪いので和算と裏金で歴史を書き換える  作者: dora


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1-03

 妹の「みね」は絶賛我が家のアイドルだ。前世では男兄弟だけだったし、息子は一人っ子。初めての女の子だ。男の可愛さとは違う。ずっと抱きしめていたくなる可愛さだ。


 そして、みねのおかげで俺へのマークが相当ゆるくなった。やはり父は帰宅後に、代書?代筆?の内職をしているようで、そのおかげで我が家の財政は安定しているらしい。副業は知っていても、本業が何なのかは未だに不明なのだが。一応帯刀はしているので、武士階級なのは間違いなかろう。


 父の副業を横で見ていて、町に連れ出されていた時に薄っすら感じていた不安が確信に変わった。文章が読めないのだ。いや、漢字は分かる。でも、意味がよく分からん。




「当方田地用水の儀に付き、隣家と争論仕り候。恐れながら御取持ち下され度、偏にお願い奉り候」




 具体的に誰に何を求めてるのか、さっぱり分からん。これはきちんと学ばねば苦労する。しかも、俺は父と同じく次男。父も次男で養子のようだ。祖母の井戸端会議による情報のおかげなのだが。「おたくの婿さん」って言葉が飛び交う。その話に聞き耳を立てつつ、町の様子をうかがうのはいつものことだ。そこでも気付いたことがある。筆で書かれた文言は、もはや読める字の方が少ない。みみずののたくった字とは正にこのこと。言語の習得。これはどんな文化圏に生活したとて、必要な技能だ。習得が急がれる。


 父の様子を観察して1カ月。父の仕上げる書類は、似たような書き方ばかり。形ばかりの決まり文句に見えるが、それをきっちり書けるかどうかで人の頼みが通るか否かが決まるということか。イメージは前世で言うところの行政書士か。公的機関への申請書類のフォームが決まっているようなものだろう。



 ある日、兄のやいちが祖母に怒られていた。「あんたもいい加減遊んでばかりじゃなく、寺子屋に行って困らないように、筆と算盤を身につけなさい」。なるほど。寺子屋で習うのは「読み書き算盤」と昔から聞いていたが、何もできない子供を集めて1から教えるよりも、各家庭である程度最低限の技能を身に付けさせるのがデフォルトのようだ。確かにその方が効率がいい。


 父の手本を見ながら、やいちは字の稽古が日課になった。隙あらば逃げ出そうとするのだが、悉く祖母に捕獲されている。いつか覚えなければならないんだから、さっさと覚えてしまった方が身のためだぞ。俺にはまだ早いと思われているのか、まだ字の習得を言明されていない。


 「い・・・ろ・・・は・・・に・・・」。口に出しながらやいちが書いている。それを聞きながら暇だった俺は庭で石を拾って、何も考えず一緒に地面に書く。どうもこの世界、父が代書するような正式な文書は楷書だが、普段の書き文字は行書、というか崩し字に近い感じなんだよな。楷書は読める。読めるけど分からん。部分部分はもちろん分かるところある。水がどうこうとか、川がどうこうとか。でも、文章として理解出来ないと意味がない。文章からも情報が得られるようになれば、最近目新しい情報が入りづらくなった現状を打開できるかもしれないのに。「ゑ・・・ひ・・・も・・・せ・・・す・・・ん・・・」。


 お、終わったようだな。いつものパターンだとここからドタドタと外へ出ていくはずだ。やることさえやったら好きなだけ遊ぶがいい。それが子供の仕事だ。出ていくやいちを見送ってたらニコニコ顔のみねを背負った母が、怪訝な顔をして立っている。俺の足元をじっと見ている。


 「母上どうしました?」

 「・・・とうじ、あんたなんで書けてるの?父上にまだ習ってないわよね?」


 足元を見て「やっちまったーーー」。実はやらかしたの、これが初めてじゃない。やいちが使ってた算盤を、思わず懐かしさが勝って1から10まで足しちゃったんだ。ただの手慰みのつもりで。


 小学校時分の習い事というのが、珠算と書道、そして剣道。剣道だけは二段まで取ってやめた。高1で腰と膝を壊し竹刀を置いた。令和では大して役に立たなかった、特技と誇るにはおこがましい特技、この世界では非常に有用且つ嗜みとして必要なものだ。体が勝手に動いてしまう。動かし方を知っているんだから。やいちとちゃんばらごっこしてても、こっちがたたくのはかわいそうだからわざと外すが、痛いのは嫌なので上手くかわし続けている。「チート」と言うほどではないが、子供が教わらずに出来るのはあまりに不自然すぎる。


 「父上が書くのを見てたらなんとなく覚えました」。ごまかせるか分からんが、その場はそれで押し切った。だが結局、俺はやいちと一緒に来月から寺子屋に通うことが、その晩決まった。寺子屋って年齢ではなく、親と先生が授業について行けそうって判断したら、年齢関係なく通えるようだ。


 必要以上に親に期待させるのは避けたい。かえって申し訳ない。だってそうだろ?末は博士か大臣か二十歳過ぎればただの人って言うじゃないか。俺は不服そうな顔をしている一方、やいちは一緒に通えることになぜか嬉しそう。「寺子屋までに道にな、旨い赤い実がなってるから教えてやる」。やいちのドヤ顔に、なぜか少しだけ救われた気がした。


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