8.強者の片鱗
「まずは基礎能力の向上だ。試しにこのダミーを殴ってみろ。」
先生は一人ずつ呼び、ダミーを殴らせる。
先生によるとこのダミーは攻撃を一発受けるだけで相手の強さを測定し、その人にあった練習方法を教えてくれるらしい。
ダミーは一つしかないから順番を待っているのだが、他の生徒を見ると相当な力でも傷一つついていない。何で作られてるのだろうか。
「なあリーベル。このダミー壊せそうか?」
レインが質問をしてきた。素朴な疑問だろう。
「無理だろうな。あれは硬すぎる。」
今の俺の力じゃ絶対に壊すどころか、傷が少しつく程度だろう。
人族側と魔族側では空気が違う。人族側には空気中に含まれる魔素が少ない。その分、自分の実力で戦わなければいけないから練習方法によれば強くなれるという利点もある。魔族側は空気中の魔素が多いからどれだけ弱くても人族でいう中級から上級魔法はだれでも使える。
魔族の攻撃手段は基本魔素を使った攻撃。この場では基本の攻撃手段が使いづらい。だからといってこの場だと俺は弱いということにはならんが。
まあ、今は壊すのが目的ではなく自分の練習法を決めるのが目的だ。
そんなことを思っているといつの間にか自分の番に回っていた。
後ろでなんかヒソヒソと話し声が聞こえるがそんなのは気にしない。
ダミーの方を向き、まっすぐと見つめる。
世界最高峰の硬質を持った物質で作られたんだ。本気を出しても構わないだろう。
右足を前にだし、左足に力を入れる。
魔族の力か、人間の知恵か。どちらが勝つのだろうか。
左足で地面を蹴り、思いっきりダミーを殴る。
もちろん、本気で。
ダミーはかなり傷が付いてて、生徒で一番力が強かったのがわかる。
「惜しいなリーベル。後もう少しで壊せそうだったな。」
先生は少し残念そうに言った。壊せるとでも思ったのだろうか。
どちらにせよ自分自身の力でこれは上々だな。
「さて、次はレインの番だぞ。」
こいつは未知数。こういうところで実力を見極めるしか…
「せんせ〜。俺辞退しま〜す。」
レインはまるでやる気がないように言った。
「辞退って…レイン、お前やらなかったら効率的に強くなれないぞ?」
先生が驚いたまま言った。そりゃ驚くよな…
「んん〜少なくともせんせーには勝てるほどの実力はあるかな〜って。」
なぜそれほどまでに自信があるのか。俺には到底理解できない。
…はずだが、なぜか納得してしまう。それほどの強さを入学試験の時に感じてしまったからだ。
だからこそ…
「先生。レインの言ってることは本当だと思います。」
「リーベル…お前まで…」
先生は少し悩んで決意が固まったような表情をした。
「いいだろう。ただし、私の期待外れのような実力だった場合は即退学だ。」
乗り切ったなレイン…
先生の言葉は一見もっと事態が悪くなっているように思えるが実際はそんなことはない。
入学試験の時の特級魔法の時点で先生はレインのことを期待外れの実力だなんて思ってもいないだろう。
つまりは、レインは退学にもならないし誰かに自分の力を見せる必要もないということ。
その後も授業は進み、いろんなやつの実力を見てきた。すこし期待できそうなやつや、論外すぎるやつとか…。
全員の測定が終わり、気の抜けた雰囲気の中、少し気になることがあった。
「微かな魔力の流れが急に変わった…」
レインがそんなことを言うと、一人の男子生徒も別のなにかに気づく。
「あっちから音がする…!」
全員が男子生徒の指を指した方向を向くと同時に、音が大きくなった。
音の方向には誰も使わっていないとされる小屋だった。
やがて音の正体は魔物であることがわかり、ほとんどの生徒が驚き、恐怖し、逃げた。
ただ五人を除いて。
一人は音に気づいた女子生徒で、もう一人は昨日貴族の生徒と言い合っていた男子生徒だった。
あとの三人は…お察しだろう。
魔物は一般家庭の二階建ての家より少し大きいくらいと言ったところか。
「先生。どうするんですか?」
「そんなの知らん。お前たちでどうにかしろ。」
この人もしや…
恐らくこの言葉にその場にいる俺達全員が魔物がここにいる理由を理解した。
「誰から行く?」
レインは一人ずつ戦わせる気か。
その言葉に男子生徒がいかにも反論しそうな顔をした。
「一人ずつって、死なせる気ですか!俺達はEクラス。最底辺なんですよ!こんな魔物倒せる人なんて居るわけがない!」
そりゃそうだろうな。
ただ、この場にはシナやレイン。なんだったら俺もいる。父さんレベルの力がないと俺達を倒すのは不可能だろう。
それに、この魔物は見ただけでもファーストモンスターであることがわかる。村五個分は容易だな。
そんなやつから怯えずに冷静、とまでは言わないがそいつを無視して俺らと会話できてるのはかなりすごいことだ。磨けば光るな。
となれば最善策は
「まぁ、一人ずつでいいんじゃないか?お前とお前、行ってこい。」
俺は女子生徒と男子生徒に指を指して言った。
「は、はあ!?俺がこんなやつに勝てるわけ無いですよ!」
もちろんこいつは反論をしてきた。
「勝てる勝てないじゃない。やらなきゃ強くなれないぞ?」
これは父さんから昔ずっと言われてきた言葉だ。
俺は今もこの言葉を大事にして生きている。
女子生徒は何も言わず、静かに魔物の方へ向かった。
「ちょっと!死んじゃいますよ!?」
男子生徒は止めに行こうとしたが、すでに手遅れだった。
彼女は魔物の眼の前に立っていた。
「…」
彼女は沈黙したまま魔物に手を伸ばす。
「もしかして、仲良くなろうとしてる?」
シナは疑問をそのまま口にした。
全員が息を呑む。
「…ボルケーノ。」
彼女がそう口にした瞬間、炎の旋風は魔物に向かって湧き上がってきた。
「中級魔法かよ…」
殺意が見えなかった。中級魔法を使うということは、あきらかに殺すつもりだろうに。やはり磨けば光る。
それでも魔物は死ななかった。旋風が止む頃には女子生徒はふっ飛ばされていて、意識を失っていた。
レインが彼女のところへ行き、介抱した。
「さあ、次はお前だな。」
「あぁもうどいつもこいつも…」
男子生徒は覚悟を決めたかのように言って、剣を取り出し、魔物に向かって走り出した。
「ウラアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」
「バゴォォォォォォン!!!」
一瞬にしてそいつはふっ飛ばされた。
だが、面白いものが見れた。
「太刀筋は良かったな。今のところは十分だな。」
俺はそう言い、魔物を一発で殺した。
ちなみにですがこの魔物は五人で美味しく食べました。




