今宵も僕は、星を数える。
『第四回5分企画』参加作品です。『5分企画』と検索するか、企画サイトへ行くと他の参加者さんの作品が読む事が出来ますので、どうかそちらもご覧ください。
垂れ流されるテレビの音は、今日ついに通り魔事件の犯人の初公判が開かれることを伝えていて、その音をBGMに僕は先輩に勧められていた小説を読み流していた。
やがて捲るべきページがなくなり、小説から目を上げるとつい一時間ほど前に日付が変わっていたことに気づく。そろそろ寝ようと思い立ち、窓を開いて秋の夜の空気を取り込み、そして窓から体を乗り出して星を数えた。
別に数えきろうなんて微塵も思っていないし、実際数え切れるわけもない。
確たる目的もなく、これと言った理由もなく、別に意図があるわけでもなく。
しかしそうは言ってもきっかけくらいはあるわけで。
ある日、本当に唐突に、話の脈絡ぶった切って、先輩がこんな事を言い出したのだった。
「なあ、お前『御告げの館』って知ってる?」
「何ですか、また小説ですか」
ただでさえ狭い僕の部屋に、わざわざ先輩が酒を持って上がりこんできてから早二時間。
先輩は酒が回ってくると自分が読んだ小説をやたら勧めだし、しかもいったん小説について語りだすとオチまで喋ってしまうという厄介な性質の持ち主だったので適当に返答した。が、
「違げえって、これだよこれ………………っと」
そう言うとなにやらしばらくの間自分の携帯をカチカチやって、目の前につきだしてきた。
「ほれこれだよ、『御告げの館』ってサイトなんだけど、生年月日と名前を入力すると簡単な『御告げ』ってのが来て、それを守っているとなんか世界が破滅するときには救世主さまが救ってくださりますとか……ほら、俺のは『一日一回コンビニに行かれよ』とかだったんだけど……」
この話だけ聞いていると、その宗教法人と言うのがコンビニの回し物しか聞こえない。
単に善意でその事を指摘してあげようと口を開くも、また先輩が携帯をカチカチやってつきつけてくる。
「お前には『寝る前に星を数えよ』だってよ……ずいぶんと詩的な御告げじゃねえの」
カッハッハ、と笑う先輩を見ていると勝手に僕の名前と生年月日を入力した事を指摘する気にもなれず、なんだかとても重たいため息が出てきた。
「よし、じゃあ数えよう」
「はい?今からですか?」
「だって寝る前だぜ、寝る一時間前でも、一年前でもかまわねえんだよ」
そんな屁理屈を並べ立てて、窓を開けようとする勝手な先輩だった。
そろそろさびている鍵に悪戦苦闘し、ようやく先輩が窓を開けると大粒の水滴が振り込んでくる。
「て言うか今日、雨じゃないすか」
星など一つも見当たらず、むしろ上を向くのさえ困難な程の大降り。
「閉めましょうか。と言うか閉めてください。部屋ぬれちゃいますから。大家さんに僕が怒られますから。あの~先輩。ねぇ先輩。オイ先輩!「殺人だ」
「はい?」
雨音が妙に大きく聞こえてきた。
先輩が、諭すように繰り返す。
「だから、今そこでレインコートの男に、人が殺されてんだよ」
だから警察に電話、と手にした携帯をカチカチとやり始める先輩。
その横顔はひどく落ち着いていて、それは何処までもこの場に似つかわしくなく、
うっすらと笑顔さえ浮かべていた。
僕にはとても、窓の外を見る余裕などなかった。
「はぁ~~~…………」
結局アレは、最近巷をにぎわせていた通り魔だったらしい。
先輩はあのあと御告げを守る為とコンビニに直行。
何故か僕も道ずれ。
非難のため息を先輩に聞こえるようにつくと、ポテチを品定めしていた先輩がその手を止めた。
「おいおい、そんなため息つくなよ。幸せが逃げるぜ」
「いいですよ」
僕逃げるだけの幸せ持ってるわけでもないですし、と続けると先輩は苦笑して、
「いやいや、殺人の第一発見者になんてそうなれるもんじゃないぜ」
そういっている先輩はまた例の笑顔を顔に貼り付けていて、
だから僕はどうしても聞いてみたくなった。
「先輩、前にもこんなことが……」
「ああ、つい三ヶ月前にな」
先輩は待っていましたとばかりに、お気に入りの小説について語るかのような調子で、、その事について喋りだした。
「あの日、俺は先輩にあのサイトの事を聞いてな。一応御告げどおりコンビニに立ち寄ったんだよ。とくに何も買う気なんざなかったからトイレを借りた。そして俺がトイレから出たらな、さっきまでレジに立っていた男が、背中から包丁はやして倒れてたんだよ」
何かに取り憑かれたかのように、堰を切ったかのように話し続ける先輩。
「まあ、結局は単なるコンビニ強盗だったんだが、俺がいち早く警察に連絡したおかげで犯人は逃げ切れずに捕まったんだよ。そのときはただの偶然かと思ったさ。だけど、昨日わかったんだ。アレは必然だったんだよ。世界を動かす大きな流れの意思だったんだ!」
そう断言すると、まるで何か憑き物が落ちたかのように急に落ち着きを取り戻して、恥ずかしそうにこう締めくくった。
「ま、そんな小説まがいの神様なんているわけないか」
「何ですか?それ」
「馬鹿、あるだろ色々。例えば『神様ゲーム』とか」
必読だぜ、とそう言って先輩は何も買わずにコンビニを出て、そしてコンビニの駐車場で。
突然現れたトラックに跳ね飛ばされて。
そのまま、動かなくなった。
幸いにも今日は雲も少なく、僕はぼんやりと星から星へ焦点を移す。
結局あの日先輩は病院に運ばれたが、そのまま二度と動く事はなかった。
くしくも、最期の言葉が『必読だぜ』と言うことだったので買って読んでみたのだが、これが意外と面白い。
「しかし、な…………」
透明に黒い空を見ながら僕は思考する。
結局あのサイトはいったいなんだったのだろうか。
例えば本当に神様の御告げだったのか。
受験生が遊びで作ったサイトだったのか。
先輩の死は必然だったのだろうか。
「止めよう」
一回目を思いっきりつぶって、開いて、思考をリセットする。
考えても仕方がない。
世界は小説ではない。
上げ足を取るかのように一挙手一投足が伏線で、
起こりうる全ての事象が必然ではない。
たまたま先輩がコンビニに行き、偶然車に轢かれただけで。
僕が毎夜こうして星を数えているからと言って、世界が変わるわけでもなく。
それでも、例えば何かのきっかけくらいになるなら。
そんなホントに軽い気持ちで、
うっすら何かを期待して、
今宵も僕は、星を数える。