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口説き方

市の東を走る右京山から日が昇り、市を赤く照らし出す。アパートの窓を開けて日差しを浴びながら、新谷は軽く伸びをした。


新谷の住むのは、東西南北にまっすぐ伸びる道路が碁盤の目のように敷かれた地方都市。


古都と呼ばれる場所。


盆地になっていて山にぐるりと取り囲まれているため夏は蒸し暑く冬は底冷えがするが、風情があるために観光地として世界的に有名だ。


 実家から通える国公立の大学も考えたが、一度きりの大学生活。歴史小説で読んだあこがれもあり、幸運にも合格した座命館大学に進学を決めた。


 ぼろいアパートに住むのは、一人暮らしを許してくれた親の金銭的負担を少しでも減らすため。無理に一人暮らしをするのは。


「エロゲを家族に見つけられる心配がないからなあ」


 昨日クリアしたエロゲ、「アンサマ」のパッケージを見ながら新谷はこぼす。田舎の海沿いの町を舞台

にした純愛ゲーだ。


 アンサマを発売したメーカーはシナリオが笑えて鬱展開もないので気軽にプレイできる。新谷が科長になった十五年後には会社発足二十年を迎える、老舗メーカーだ。


 この時代にはエロゲはダウンロード販売がないため、A4の辞書並みのサイズと厚さがあるパッケージを買うしかない。実家の部屋に隠しておける量など、すぐに超えてしまう。


狭いアパートに据えられた天井まで届く巨大な本棚には、司馬遼太郎をはじめとする歴史小説、大学の参考書に混じってエロゲのパッケージが所狭しと並べられていた。


 新谷はそんなことを考えながら、とりあえず大学に行く。校名が彫られた看板が掲げられた校門を抜けると、周りは十代後半から二十代前半の男女ばかり。


 人生のパートナーを探すには最適の場所だろう。


彼女が、結婚相手が欲しいとは思っていた。前の時間軸で同期が先輩後輩とゴールインするたび、職場の看護師と良い仲になるたびに、祝福しながらも妬んでいたのも事実だ。


だが。


昨日の基礎ゼミ内での一件を思い出すと、婚活へのモチベーションが急速にしぼんでいく。


『二次元に勝てる三次元、いる?』


 新谷は二千二十五年にアニメ化もする、とあるエロゲのヒロインの名言を思い出す。


「翔太―。女子ってどこがいいの? なんだかよくわからなくなってきた……」


 早速ラインで新谷は翔太にグチってみた。


 前回の時間軸では友達同士でも下手なことを言って嫌われたらどうしよう、いじめの原因になったらどうしよう、気づかないうちにハブられていたらどうしようと思ってなかなか積極的な会話に乗り出せなかった新谷。


 だが五年もリハビリ職という様々な人種に接してきた経験のたまものか、会話スキルがだいぶ磨かれてある程度安心して人と話せるようになった。


 スマホが震動したので手に取ると、さっそくメッセが帰ってきていた。


『お? お前もそういう話するか。 今日の昼メシで熱く語り合おうか!』


 お互いの授業も終わり、やがて昼休みとなる。


「いただきます」


「いただくぜ」


 きつねそばを頼んだ新谷と、カツカレー大盛りを頼んだ翔太は手を合わせてまず食事を再開する。


 彼らの通っていた男子校の食堂は大学に比べて品数が少なく、カレーかそばうどんか定食しかなかった。その延長か、迷ったときはとりあえずそれらを頼む癖がお互いについている。


 そこそこコシのあるそばをすする音と、ガツガツと厚いロース肉のカツが乗ったカレーを一心不乱に咀嚼する音がしばらく続く。


 お腹が落ち着いたころ、二人はラインで出た話題に会話を移した。


「大学に来れば周りに女子がいるから青春が待っているって思ったんだけど。逆に女子に絶望してきたから。女子のどこがいいのか、同じ男子校の翔太から聞きたい」


「どこがいいかって…… フツーにかわいいとかじゃね? それ以外ないだろ?」


「かわいいと思えない女子が多すぎる。男子に要求ばかりする女子が多すぎる。男子を見下す女子が多すぎる。まあ、あくまで個人の感想だけど」


「いや、そんな女子ばっかでもないだろ」


 翔太はくせっ毛の頭をかきながら苦笑いをした。


「まあ、一理あるけど」


 ゼミなら、a子だろうかと新谷はふと思う。漫画でよく見る典型的な地味子だ。まあ男子にいただかれた後は変わるのだが。


 それと、丹波口。底抜けに明るいタイプで初めは苦手意識を持っていたが、越えてはいけない一線をちゃんと理解しているのかそれほど不愉快に感じない。

 

それに……


 新谷の脳裏に浮かんだのは、雀色の髪の少女の顔。


 なぜかにやにやした翔太に、新谷は更に質問をぶつけていった。


「それに女子とどうやってお近づきになったの? 翔太、高校時代から彼女いたよね?」


「フツーに高校の練習試合とかで他校に遠征した時、スマホで連絡先とか交換したりとかだな」


「うっわ、さすがは翔太。僕が同じことやったらゴミでも見るような視線でマジないわーとか言われそう」


「いや、連絡先交換する前に仲良くなっておくんだが……」


「その仲良くなり方がわかんないんだよ」


 ややムキになりだした新谷に、翔太は天井を仰ぎながら考え込む。


 再び新谷の方へ視線を戻した時、まるで試合前のように真剣な目つきへと変わっていた。新谷も姿勢を正し、視線をまっすぐに受け止める。


「ねじくれてはいるが…… お前ほんと、素直でいい奴だな」


 翔太は思い出を懐かしみながら、ゆっくりと語り始めた。


「そうだな…… お前、通学のバスで他校の女子と隣の席に座っても外見るか本読むかだったろ? モテる奴は、そういうとこでも女子と積極的に会話していくんだ」


「でも、僕みたいのが話しかけたら気味悪がられない?」


「気味悪がられたっていいんだよ。野球だってはじめからホームラン打てないだろ? 女子ととにかく接点を持って、話しかける」


「慣れていくうちに女子と自然に会話できるようになっていく。そうすると声もはっきりして、相手の目を見られるようになるからいわゆる「キモイ」認定されなくなる」


「その頃には何を言えば女子が嬉しがるのか、嫌がるのか大体わかってくる。そうしたら少し踏み込んだ会話をして、連絡先聞き出すんだ」


「連絡先交換しても、その後は千差万別だな。まめにやり取りしたほうがいい子も、数日開けて逆に相手からライン来るの待ってたほうがいい場合もあるし」


「なんだか聞いてるだけで疲れるんだけど……」


「正解」


「え?」


「恋愛ってのは疲れるものだ。いつ連絡が来るのか、この返信って相手がキレないだろうかとか、今髪をかき上げたけどどんな意味があるんだろうか。そういうふうに相手の一挙手一投足が気になり始める」


「だけどよ」


 翔太はお茶を豪快に飲み干すと、快活な笑顔を見せた。


「それが楽しいんだ。彼女が笑ってくれた、それだけでやる気が出るし一日楽しくなる。それが恋愛ってもんだ」


「ふん…… うつ傾向のある人とかによさそうだね」


「そういうひねくれた言い方は、よくねえぜ」


「ごめんごめん、でも翔太が彼女作るために苦労してたのが聞けて、安心した。翔太も意外と僕に近いタイプだったんだなって」


 その言葉を聞き、翔太の表情がほころぶ。

「てか珍しいな。こういう話高校の時嫌いだっただろ? 修学旅行で恋バナになっても、お前一人だけ寝てたし」


「まあ、あのころはからかわれるのがいやだったけど。大学生になって、からかわれてもいいから彼女欲しいなって。そんな風に変わって来たんだ」


「ま、がんばれ。また相談に乗ってやるから」


 二人がそう言って席を立とうとすると、新谷にとって耳慣れた声が聞こえてくる。


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