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女が上の口で言うことを決して信用してはならない

いじめっ子には彼女がいるがいじめられっ子には彼女がいる例は皆無

基礎ゼミの授業も数回出席すると、人間関係が大体できてくる。


出身校が同じだったり、サークルや部活が同じもの同士でグループを作ったり。


手が早い男子は女子と仲良くなったり、女子側も誘われる立場になるように自分磨きに余念がない。


丹波口は男子によく声を掛けられ、愛想もよく、男女問わず積極的に連絡先を交換するので自然にゼミ内の中心人物となっていた。


新谷は、そう言った陽キャを静かに観察していた。社会人を経験してコミュ力は磨いたが、いわゆる悪ノリがどうしても好きになれない。


 どうしようもないことで笑い合い、他者のちょっとしたことをからかいやいじりのネタにし、暇さえあれば飲みに行く。


 そんなバカ騒ぎが新谷には苦痛だった。そしてそういった陽キャに絡まれるたびに不愉快そうな表情をしていれば、自然と集団の輪からは孤立していく。


「おはよ~」


 ぼっち生活を満喫している新谷にも、丹波口は話しかけてくれる。こういった世話好きな陽キャは集団の中に一人や二人いるものだ。


 だが苦手なタイプでも、挨拶は返すのが礼儀だ。


「おはよう、ございます」


 患者を相手にする仕事柄、敬語は染みついている。そして敬語を使っていると愛想のよい自分という仮面を、かろうじてかぶることができた。


「いつも気になっとるんやけど…… 同級生なのになんで敬語なん?」


「いや、クセで……」


 他のクラスメイトと違い、嫌そうな顔をすることもなく丹波口は新谷の隣に腰掛けた。女子特有の匂いと香水の香りが混じって漂ってくる。


 彼女は基礎ゼミ内の誰よりも距離が近く、変わらず愛想がよかった。


 おかしい。


 以前の時間軸ならば


『なにきょどっとるん? キモ』


『対応おかしいやろ』


 こうなるはずだ。何が違うのか? 彼女がタイムリープにかかわっているのか?


 精神科で養ったスキルを活かし、彼女と何気ない会話をかわして探りを入れていく。周囲には他クラスメイトによる雑音と同等の会話が繰り広げられているが、意識からシャットアウトして丹波口にのみ神経を張り巡らせる。


 鉄板の天気の話題から始まり、中学高校時代の話題へと。


 大学では人間が色々な地方から集まるから、中高時代の話が自己紹介代わりにもなる。


 だがいくら話しても、彼女との会話に不自然な点は聞かれなかった。


 未来でしか知らないはずの最新のパソコンのOS、総理大臣の名前、新谷でも知っている著名なドラマの題名。


 それらを巧みに会話に織り交ぜていくが丹波口が引っかかる様子はなかった。


 いったい、どういうことなのか。


 考え疲れて軽く伸びをすると、丹波口が目を輝かせる。


「その服、なかなかええなあ。地味やけど色合いのセンスはええわ」


 そう言われ、新谷はやっと理由が分かった。


 前回の時間軸とは違って、新谷はよれよれのワイシャツと裾のほつれたチノパンをしまって、ユニ〇ロで無地のワイシャツと新しいチノパンを購入していた。チノパンは中学から履いていて体形に合っていなかったので、サイズを変えた。


 以前の時間軸で、陰キャ脱出系のラノベを参考にしてどんなに愛想良くしても言葉をはきはきさせても、姿勢を良くして筋トレをしても自分への風当たりは強かった。


 一方服装を変えるだけで周囲、特に女性社員の対応が一日にして変わった。


 見下したような眼がメスの顔になったのを今でもはっきりと覚えている。嬉しくなど全くなく、ただ気持ち悪いだけだったが。


 人間は中身よりまず見た目だ。見た目が一定ランクを越えて、初めて中身を見てもらえる。


 とくに女とはしょせん、そんなものだ。


 ふと丹波口とサシで話している自分に、男子数名が鋭い視線を投げかけていることに新谷は気が付く。


(勘違いすんな)


 そんな圧力をカースト上位の男子は新谷にかけてくるが、新谷は意に介さず丹波口との会話を続ける。


 空気を読まない新谷に苛立ったのか、男子の一人が席を立って近づいてきた。

髪を派手な金髪に染めて、筋肉隆々とした肩をシャツからのぞかせている典型的なヤンキー。鋭いガンを

飛ばしてきた彼を新谷は多少怖いと思ったものの、それだけだった。


(所詮はガキだ)


 就職浪人と社会人経験の差、精神科で暴力的な人間との対応にも慣れた新谷。かたや二十歳前の大学生。メンタルの削り合いで引けを取るはずもない。


 先に目をそらしたのは、ヤンキー男子のほうだった。


「お。おう」


そんな当たり障りのない挨拶で、すごすごと席に帰っていく。


「どうしたんだよ?」


「あいつやべえって…… 目がまともじゃねえ」


 この時間軸に来て、新谷ははじめてすっきりした。


 前の時間軸で自分をビビらせ、揶揄し、イジリの名のもとに嫌がらせをしてくる。そんな人種がビビっているのを見るのは、とてもとても気持ちが良かった。


陽キャのガンをいなした後、丹波口の会話が少しの間途切れる。教室内の会話に意識が向くようになると、梅小路のことが気にかかった。


(彼女が同じゼミにいたはずがない。いったい、どういうことだ? タイムリープに関係しているのは、彼女の方なのか?)


タイムリープものの小説では、原因や原理が明らかにならず話が進んでいくことも多い。


特に恋愛を主軸に扱った創作ではそうだろう。


 原因など深く考えずに今という時を楽しんで生きていれば未来の知識と経験で望む未来が手に入る、そういう筋書きだ。


だがSF的なタイムリープ・タイムマシンものではそう甘くない。


まず過去の自分と現代の自分が出会うことを強く戒めていることが多い。


 出会うはずのない二人が出会うというありえない出来事がおきることで、タイム・パラドックスで宇宙が破滅するという論理だ。


また過去の行動で未来が大きく変わってしまうのもお約束だ。未来に戻ると生きているはずの親が死んで

いたり、恩人が投獄されていたりする。


 この時間軸で、どれだけの変化が起きた?


 新谷は指折り数えていく。


一、梅小路がこの基礎ゼミにいた。


二、丹波口が自分をキモイと揶揄せず、連絡先さえ交換してきた。


三、ゼミ内でカースト上位の男子が自分にビビった。


 今は些細なことだ。だが些細な変化が大きな歴史の改編をもたらす可能性もある。


 就職浪人した時の恐怖と絶望は、新谷に慎重さを植え付けていた。


 だが未来を気にかけながらも、やはり患者の様子は気にかかる。


「ドラマなに見てる?」


「好きな俳優は?」


「梅井さん、かな」


「梅井? ウチも好き! ジャニイズ所属で、マジかっこいいよね!」


 いわゆるあか抜けたファッションに身を包み、クラス内でも明るい。ブラウスの上に羽織ったエメラルドグリーンのカーディガンが彼女の上品な雰囲気を引き立てていた。


 声の抑揚は明瞭。笑顔を絶やさず、多くの女子に囲まれている。


 一見何の問題もなさそうだが、単極性障害いわゆるうつ病をはじめとした精神疾患は社会人になって発

症するとはかぎらない。


「ドラマなんて、好きだったのか? そんな話題、前の時間軸では出なかったのに……」


「ウチが隣におるのに、他の女子チラ見なんてええ度胸やな~」


「な、なに?」


 いきなり大きめの声で話しかけられ、新谷はビビる。


「れん、でええよ。ウチもケンジって呼ぶわ。それにしてもつれないわ、こうして話しとっても上の空やし、連絡先交換したのに、メッセ最初の一個だけやし」


「用もないのに送るものでもないでしょ?」


「用が無くても送るんよ。 今日なん食べたん、とかここに遊びに行った、とか」


「おはようございます、お忙しいところ恐縮ですが、とか。診療部から事務の皆様へ、とかかな?」


「ぶっ……」


 新谷はごく自然に返しただけなのだが、なぜか丹波口は爆笑した。


 よぼどツボに入ったのかお腹を押さえて笑い転げている。


「まるで社会人のあいさつやん、それ……」


 意図していないことで他者に笑われる。少しイラついたが、昔と違って今はごく自然に笑顔を浮かべる

ことができる。


 自分をバカにしている笑顔とそうでない笑顔の差が、わかるようになったからだろうか。


 丹波口と話しながらも新谷は器用に梅小路を観察する。


 教室の端の方で、男女分け隔てなく接する丹波口と違いほとんど女子のみで構成されたグループで談笑に興じている。


 昨日のドラマがどうだった、俳優のあの子がいいよね、メイクどうやってる、そういったありふれた話

題に丁寧に反応し、時には顔をしかめ、時には口元に手を当てて上品に笑っている。


 彼女を囲む女子の一人が、梅小路の雀色のロングヘアーを手に取った。


「梅小路さん、髪キレー。色は赤茶系か…… 明るさは何番で染めてるの?」


「染めてるわけじゃ…… これ、地毛」


「地毛でこれ? マジヤバい」


愛想笑いを浮かべながらも、こらえきれなくなったのか梅小路は表情を曇らせた。


前の時間軸で彼女から聞いた話を新谷は思い出す。


アジアとも西洋とも違う独特の髪色もあって、梅小路は小さい頃からからかわれることが多かったという。


染めたら、と勧められることもあった。だが妙なところで頑固な彼女は、自分を否定されるみたいでいや

だ、と頑として拒否し続けた。


そうするうちにいじめはますますひどくなり、やがて梅小路は小学校に行かなくなった。


「ねー、梅小路さん。同じクラスでグループライン作るから、連絡先教えてよ」


 それでも、彼女の容姿はすぐれているため声をかけてくる男子は絶えない。


 野太い声で会話を遮られるたびに梅小路は顔を曇らせていた。


 だがそれだけで、面と向かって断ることもできない。シルバーの腕時計をはめた手が、強く握られた。



「ちょっと、いまうちらが話してるんよー」


「空気読めってー」


「へへ、サーセン」


そばの女子が話題をそらしたり、別の女子に関心がいくようにと対処しているが、それでもあきらめない

男子が複数いた。強引で、暴力的で、空気を読まない態度。


だが彼ら全員が、在学中に彼女をゲットしてヤッたヤラないと下世話な会話に花を咲かせることになる。


女子が優しい男子が好きというのはごく一部の例外を除き基本的に嘘である。



ロチェスター大学の研究によれば、男性は優しい女性に惹かれるが女性は優しい男性には惹かれない。また正直で謙虚な男性はセックスの機会に乏しいが、逆に傲慢で女子を見下すタイプはセックスの機会に恵

まれる。


事実として、彼女がいるいじめられっ子など皆無だがいじめっ子は彼女持ちが多い。


「ムカつくよ、あんな男子。やっぱオトコは優しくないとね~」


 その言葉に教室内のチー牛は色めき立つが、新谷は吐き気を必死にこらえた。


 その一言を発した女子は、梅小路に絡んできた男子の一人とやがて付き合うことになる。


 エロゲのセリフだが、女が上の口で言うことを決して信用してはならない。



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