変化点2
「み、皆さん。揃いましたね? ではははは、はじめます」
やがて教授が入室し、基礎ゼミの説明がはじまる。
偏差値が高くても、真面目な人間ばかりではない。先生の説明をスマホ片手に聞くグループと、真面目に聞く数名のグループに分かれる。
だが順調に就職していくのはほとんどがスマホ片手グループだ。
今回の人生ではこういうやつらともうまくやっていこうと決意しながら新谷は周囲に目を配る。
その中の一人に目がとまった瞬間、彼女から目がはなせなくなった。
赤みを帯びた茶褐色である雀色の髪。
わずかに口元に浮かんでいたしわは無くなっているが、髪色も宝石のような瞳も少しも変わっていない。
誰とでも挨拶をかわし、愛想よくあか抜けた外見は一見陽キャに見える。b子と違って不自然なメイクではない。
だがその内面はガラス細工のようにもろいことを、新谷は良く知っていた。
「梅小路、うみと言います。趣味は編み物です。よろしくお願いします……」
一見イケている外見とは逆のインドアな自己紹介に、基礎ゼミ内の数人から歓声が上がる。
「よろしくー!」
「こちらこそー!」
ある男子は手を振り、別の男子は大きな声ではやすようにしゃべる。
急に自己紹介を始めたりせず、まず自分の存在を印象付けるアピールは手慣れた感じを受けた。
それらの男子たちに、梅小路は軽く手を振ってこたえた。男子たちのテンションはますます上がっていく。
だが梅小路の表情や仕草、立ち姿の微妙な変化から新谷には彼女が怖がっているのがよくわかった。
なのに彼女に夢中の男子たちは、行動を改める気配がない。女慣れしていそうな雰囲気なのに、彼女が怖がっていることに気が付かないのだろうか。
だが仕方がない。優しい男より強引な男の方が、モテるのだから。
優しい男は利用され、捨てられ、運が良ければキープしてもらえるのが関の山。
『あなたのそれは優しさじゃなくて弱さって言うの』
社会人になってから女性に言われた一言を新谷は忘れたことはない。
大学時代の飲み会などで、モテる男子を観察してみてそれが真実だと確信した。気の弱いぼそぼそとした
しゃべりをする男子の肩を強引に組み、下品な冗談を浴びせ、時には軽く小突くなどの暴力をふるう。しかも女子の前で。
そう言った男子は女子から眉をひそめられるが、それと同時に彼女をゲットしている。
世の無情を嘆いているうちに、梅小路と新谷の目が合った。
梅小路の黒い宝石を思わせる瞳が見開かれた。メーカー名など新谷にはわからないが、おしゃれなシルバーの腕時計が生地の薄いブラウスの隙間からちらりと見える。
やがて宝石から一滴の涙がこぼれ、新雪を思わせる色の肌を伝っていく。
はりつけたような笑顔は春の雪のように溶けて、あどけない素顔がのぞいた。
新谷が小さく手を振ると、彼女も手を振り返す。教室が声援に沸くが、新谷には周囲の雑音などもはや耳に入っていなかった。
「梅小路さん…」
彼女は十五年後の新谷の担当患者の一人だった。職場の正社員登用試験合格を知らせに来てくれたこと
が、ついさっきのことのように思い出される。
そして前の時間軸では、基礎ゼミのクラスにはいなかった。