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変化点1

 九十分の授業が終わり、新谷は所属している基礎ゼミにあてがわれている教室に入る。足を踏み入れた瞬間から新谷の気は重かった。


「おはよー」


「おっす」 


 授業が行われていた大教室と違い、高校の教室の半分程度の広さ。加えて頻繁に挨拶が交わされて学生同士の距離が近いのを感じる。


大学では三年からゼミと言って、各人が研究したい分野の教授の元に集まって論文を書くための集まりがある。


 論文作成のルールや資料集めの仕方、ディスカッションのルールなどゼミでは独特のルールも多いため、この座命館大学では一年からは基礎ゼミという授業でゼミの基礎を学んでいく。


 ディスカッションなども盛んに行うため、高校の席と違って企業の会議室のように長方形に長机が並べ

られ、その周囲を取り囲むように椅子が置かれていた。


ゼミは週一しか行わないのは通常の授業と同じだが、少人数なので対人関係も濃密になりやすい。


大学で友人を作るならサークルかバイトかゼミかと言われるくらいだ。


「まあ、そのいずれでも僕はろくな友達ができなかったわけだけどね」


新谷は愚痴りながら適当な場所に腰を下ろし、周囲を観察する。


黒髪眼鏡の、大人しそうな子が教室の端に座っていた。


あか抜けないバッグを机の上に置き、初対面の人たちに話しかけることもなく視線を下に向けている。彼女をa子とする。


その向かいに位置する席には、髪を明るい茶色に染めた子。ファンデーションで顔のシミを隠し頬にチークもしているが、塗りにムラがある。


大学デビューしたのか、背伸びしたメイクがほほえましい。彼女はb子としよう。


「せっかく十五年前に戻って来たんだし、彼女でも作るべきか」


 ひょっとしたら大学生活が楽しくなるかもしれないし、過去と違う行動を取ることでタイムパラドックスが起こって強制的に未来へ返されるかもしれない。


「でもなあ、あの二人はないか」


a子とb子の未来を新谷は知っている。a子は「この子なら俺にもいけんじゃね?」と勇気を出した地味男に、b子は手の早いイケメンに早々にいただかれるのだ。


前の時間軸ではゼミが始まってすぐにa子に彼氏できましたとの噂でゼミが持ちきりになった。


「恋愛弱者の男女差って、エベレストくらい高い壁があるからな」


 マッチングアプリで試しに女子で登録してみれば、男子との反応の差は歴然である。


 男子は平均レベルなら一日一件のいいねが付けば御の字だが。

女子はアイ〇スからそのままパクってきたプロフィールとポケ〇ンのアイコンで作成しただけのプロフィールで、一日で数十件のいいねとデートのお誘いが来る。


恋愛において、女子は黙っていても誘われるからイケメンと付き合いやすいが、男子は自分からアクションを起こす必要があるから美人とは付き合いにくい。


 もっというならオタク男子が一般女子と付き合えるのは奇跡だが、オタク女子が一般男子と付き合える機会はありふれている。


「もう彼女候補探しとるん?」


「わわっ!」


 いきなり後ろから声をかけられて、背伸びをしていた新谷は椅子ごとひっくり返りそうになった。


「なにテンパりよるんよ、ウケる~」


「いや、そんなことは……」


「恥ずかしがらんでもいいやろ。健全な証拠やし」

 

そう言って、新谷に話しかけてきた女子はからからと小気味よく笑った。

 

際どいネタでも気恥ずかしさを感じさせないのは一種の才能か。


「ウチは丹波口れん。あんたは?」


「新谷健司。どうぞよろしくお願いします」


 新谷は立ち上がって柔和な笑顔を作り、軽く頭を下げた。初対面の患者さんに挨拶する時のように、威圧感を与えないように。


「あ、ああ。よろしく。ってか同級生なのに敬語はおかしいやろ。タメ語でいいわ、タメ語で」


「そうだね」

 

新谷の隣に座った丹波口は、それからも会話を続けていく。


「ウチは高校時代ではチアリーディングしとって、これでも結構人気やったんよ?」


「チアりーデぃんぐか…… うちの高校にはなかったな」


「まあ、確かに珍しいやろうね」


「いやいや、うちは男子校だからなくて当然だよ」


 それを聞いた緑川は大爆笑した。派手に噴出したため、教室中の視線が二人に集中したほどだ。


「あんさん、マジでおもろいな。連絡先交換せえへん?」

ショートの髪に人懐っこい笑顔で、丹波口はスマホを差し出してくる。


基礎ゼミ全員の顔と名前を覚えることなく一年を終えた新谷だが、方言が強かった彼女のことは記憶に残っている。


「うん。いいけど」


 スマホの連絡先に彼女の名前が登録されたのを見て、新谷は気味悪さに近い違和感を覚えた。

 こんなイベントは、前の時間軸にはない。


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