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共同風呂共同便所の家賃三万円


共同風呂共同便所の家賃三万円の、大学近くの安アパートに戻った新谷は型落ちしたパソコンを起動する。


震える指先でデータが入っているハードディスクを接続し、アプリケーションをダブルクリックしてプログラムを起動させた。


その瞬間、ここが二千十年と最終的な確信を抱いた。


「インストールしてあるエロゲが、全部大学入学当時のものだ……」


京〇ニ並みに書き込まれた美麗なグラフィック、小説以上に深い哲学性を内包した重厚なシナリオ、三次

元女がゴミに見えるほどに魅力的な女の子達。


大学一年ではまり、十年後には解散してしまったブランドが作り上げた、「ソレヨリ」。


君の〇は。で有名なアニメ監督がプロモーションムービーを制作していたブランドでもある。


新谷はエロゲが趣味だった。


中古で買えば少ない資金でも遊べるし、一月ほど遊んでエロゲショップで売れば五千円で買ったソフトが三千円で売れることも珍しくない。


しかも一度インストールすればソフトがなくともエロゲは遊べるのだ。


二千十二年当時はソシャゲの種類はそこまで多くなかったし、斜陽とはいえ傑作もそこそこ発売されていた。オタクの趣味のなかで占める割合は、十五年後より大きい。


 マウスをクリックしてシナリオを読み進めながら新谷はつぶやく。


「やっぱり傑作は色褪せないな」


大学入学前に、一番好きだった同人作家が原画を担当しているということで買ってみた。


あっという間にはまり、大学の楽しい思い出はほぼエロゲに集約されているといって過言ではなかった。

飲み会もゼミも、卒業旅行でさえも新谷にとってはどうでもいいイベントの一つに過ぎない。


 二時間ほどエロゲをプレイした後で新谷はパソコンをシャットダウンする。モニターの黒い画面に十五年前の自分の顔が映り、タイムリープの実感をいっそう濃くさせた。


 夕食と風呂を済ませ、押し入れから布団を取り出して目を閉じる。


 脳裏に浮かぶのは職場の担当患者のこと。


「一式さん、二条さん、三晃さん」


一式さんはまだ発作が安定してない。


二条さんは職場復帰に向けてのプログラムが進行中だ。


三晃さんは、やっと家族との仲が修復し始めたばかり。


それに正社員登用試験に合格した、雀色の髪の女性。


「早く、帰らないと……」


 眠りから覚めた後の未来を想像しながら新谷は夢の世界に旅立っていく。


 翌朝。


新谷の目に飛び込んできたのは、朝日に照らされた安アパートの天井。


洗面所の鏡で顔を確認しても、大学生のままだ。


戻れないかもしれないという思いが新谷の心を侵していく。だが。


「なら、どうしようか」


 数年の社会人経験と、暴れたり発作を起こしたりする精神科の患者相手の対応。それらが大学生の新谷にはなかった不動心を与えていた。



新谷は十五年ぶりに大学の講義室に座り、必死に考えを巡らせていた。


 教授の講義を右から左へと聞き流しながら、これまでの情報をノートに記していく。


「今いるのは十五年前、家族構成や社会的な事件などに変わった様子はない、か」


「パラレルワールドに来たわけじゃなく、これまでの時間軸をそのまま戻ってきた感じか」


 そうなると、これまで通りに過ごしていれば再びあの時代に戻れることになる。


「でもなあ……」


 同じように過ごせば就職浪人にブラック企業、専門学校への入学で勉強のやり直しだ。


 ムダが多すぎる。


 ノートを取りながらも、新谷は周囲の人間に目を配る。


大学の講義室の多くは広く、百名を収容できるほどだ。黒板の前で教授や講師が教鞭をとるのは高校と変わらない。だが黒板から遠ざかるに従って座席が高くなり、最後尾の座席になるとかなりの高低差がある。


 大学受験で必死になっていた高校生と違い、バイトや遊び疲れで最後尾の座席に突っ伏す生徒も多い。高校の教師と違って大学の教授はそれをとがめることもない。


「やっぱり、変わらないか」


 退屈な授業、大多数の話を聞かない学生にごく一部の真面目な学生。記憶に残る大学一年生と変わるところはない。


 自分と同じように上の空で周囲に目を配っている学生は見当たらなかった。



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