女なんて突っ込んじゃえばいうことを聞く
「ちょっと待つしい」
c子が談話中にスマホを取り、画面を確認するやとろけるような笑顔になる。
「ま~たやってるよ」
「最初は見てて楽しかったけど…… こうもウザイと飽きてくるね」
苦笑しながら、c子のグループの女子たちは自分たちもスマホを取り出す。
数日後の基礎ゼミの教室。合コンでめでたく智上高校卒の彼氏をゲットしたc子は、その後も頻繁にやり取りを続けていた。
他のグループの女子たちも、交際確定とはならなかったが連絡先はゲットしている。
カレシと彼氏候補ができた、しかもかなり上の偏差値の高校出身者とあってc子たちは仲を深めるのに必死だ。
女子は付き合っている男子の価値でグループ内の自分の価値が決まるため、モブのa子とそのカレシなど
もはや眼中にない。マウントを取る程度はあるが、目に見えた嫌がらせはなくなっていた。
「今度、お弁当何作ってあげようかな」
そう言いながらレシピを参照している。スマホでなくわざわざ紙のノートに手書きしているあたり、本気度がうかがえた。
c子を出身校の男子に紹介することに後ろめたさはあったが、付き合ってみれば意外と尽くすタイプらしい。
翔太経由でc子の彼氏になった男子から聞いた話によると。
c子には基礎ゼミ内で気になっていた男子がいたらしい。それもかなり本気。
だが彼は梅小路にアプローチするばかりで彼女には目もくれなかった。
梅小路が付き合うなり、真摯に断るなりすれば諦めもついたかもしれないが、当の梅小路は迷惑そうな顔をしてばかり。
それにムカついて今回のイジメに至ったらしい。
「女子のイジメは可愛いから、という理由が多いって聞くけど、ホントなんだな……」
だが理由を聞いても、c子に同情する気はこれっぽっちもわかなかった。
病室のカーテンを閉じてまで自分の世界に引きこもった、梅小路の未来の姿があざやかに思い浮かぶ。
人をあんな目にあわせていい権利なんて、誰にもない。
たとえ未来を変えてでも、運命に逆らってでも。新谷は彼女を助けたかった。
「というか、本気だったならこんなにあっさりと他の男に乗り換えられるものなのかなあ……」
思わずぼやくが、未来での酒の席での話を思い出す。モテる人間にとっては本命以外に異性をキープすることが当たり前らしい。
非モテにとっては不誠実な態度だが、恋愛は「数うちゃ当たる」が原則だ。一人一人アプローチをかけるより、本命と付き合いながらもサブをキープすることで多人数にアプローチをかける方法の方が効率が良い。
いうなれば恋愛とは就職活動と似ている。
目標を一つに絞らず、手当たり次第に数をこなすことでのみ勝者となれるのだ。
一人にのみアプローチを重ねればそのキャラのルートに入れる純愛系エロゲとは真逆の世界である。
女子同士とはいえ、やがて話題は下世話なものに移っていく。
「それで、カレシとはどこまでいった?」
「ひ、秘密」
彼女の真っ赤な顔を見るに、夜の生活も順調なようだ。
『女なんて突っ込んじゃえば、大概は言うこと聞くもんよ』
「お姉ちゃんは清純なはずがない」のヒロインのセリフが改めて思い起こされる。
「これなら、安心かな」
a子は急に自分に興味を失ったc子たちにキョトンとしていたが、それでいい。
助けたことが知られても、他の男子に熱を上げている女子がたいして感謝するとも思えなかった。
女子というのはいつもそうだ。「優しい男子がいい」と上の口では言いながら。
実際は強引なくらいの男子を好み、優しいだけの男子には「あなたのそれは優しさでなく弱さ」とトラウマを植え付け、強くて格好よくて金のある男のもとへ走る。
女とはしょせんそんなものだ。
私立大学の教室によくある樹脂製の扉が開かれ、雀色のロングヘアーを揺らしながら梅小路が教室に入ってくる。
今日は白のフリルブラウスにベージュのロングスカートという大人っぽいコーデ。
黒い宝石のような瞳は教室の中で何かを探すように視線を巡らせる。やがて新谷と目が合うと、シミ一
つない処女雪の肌に小さなえくぼができた。
それだけで新谷の胸には痛いほどの甘い疼きが走る。
「ちっ……」
だがそれもc子たちの舌打ちを聞くまでだった。
c子たちのグループは梅小路を見ても気まずそうな顔一つしない。悪いことをしたという自覚さえない
のだろう。それどころか男子の視線を一身に浴びた梅小路に対し、呪詛のような視線を浴びせようとする。
だがそれも新谷と目が合うまでだった。全員が弾かれたように視線を下へ反らす。逆に梅小路が新谷を見つめる視線には熱がこもった。
新谷とc子たちの間に張りつめたような空気が漂う。
「うみ~! おはよー」
しかしそれを振り払うかのように、樹脂製の扉の方から底抜けに明るい声が響いた。
「丹波口さん……」
空気をあえて無視したかのように丹波口が大声で手を振り、ずんずんと梅小路の方へ歩いていくと隣の席に腰を下ろした。
雀色のロングヘアーとショートの髪が触れ合うほどの距離。
そのまま、丹波口は不自然なほど陽気で明るい声で梅小路に話しはじめる。ほとんど丹波口が一方的にしゃべっているという感じだったが。
梅小路が仲良くしていたグループも、丹波口につられるように近くの席に座って話しかけていく。c子たちのグループが陰口を始めて以降、梅小路からは会話が奪われていた。
ためらいがちな会話は最初こそぎこちなかったものの、丹波口の明るさで徐々に前の調子を取り戻していった。
張りつめていた教室の中の空気もまた弛緩していく。ざわざわとした会話が、教室のあちこちで再び始まっていた。
梅小路たちのグループの会話が盛り上がり始めても、c子たちのグループから妙な雰囲気は感じられない。それに安心してか、会話は更に盛り上がりを見せる。
初めの方こそ話題のドラマの話や前回の基礎ゼミの内容などいつも通りの話だったが、徐々に会話のトーンが変わっていく。
人目をはばかるように声が小さくなり、人の輪が徐々にすぼまっていく。それに反して黄色い悲鳴のような声が漏れ聞こえるようになった。
「噂になってるよ、」
「あの後、」
「え? マジ? そこはもっと押さないと」
クラスの別の人間も会話にこそ加わらないものの、聞き耳を立てているのが感じられた。なぜか梅小路のグループから新谷に熱っぽい視線が向けられている。
逆に男子からは新谷に怨嗟の込められた視線が向けられるが、話しかけようとする者は誰一人いない。
「お、おい」
「俺やだよ、こええよあいつ」
「またキレられるのとか、勘弁」
雀色の髪の少女のグループの会話の内容は見当がつく。
だが、梅小路との会話や態度は、未来で彼女の精神科のリハビリを担当した時には良く見られたものだ。
好意を持ってくれているのかもしれない。だが好意と感謝を勘違いされるのも、別の担当患者で何度か経験した。辛い時に一緒にいた人間に特別な感情を抱く、ありふれたことだ。
新谷は深呼吸し、周囲の期待と怨嗟に満ちた視線を意識からシャットアウトし、ざわめく心を落ち着かせる。
梅小路の心が壊れなければそれだけでいい。それに患者に手を出すなどあってはならない。新谷は自分に言い聞かせた。




