エロゲは人生だ
「なんでa子みたいなのに彼氏ができたんだろうねー」
「あんな地味子が」
「ユーワクしたんじゃね?」
「むしろ無理やりされて、そこからズルズルいってるとか」
甲高い笑い声が今日も基礎ゼミの教室に響く。
それを教室の隅で聞いているa子は反論することもなく、ただ俯いてスマホをいじっていた。
中高とちがってクラスが固定されているわけではないが、いじめっ子と一緒にいなければならない時間というのはどうしてもできてしまう。
彼女たちの声が響くたびに身を震わせるa子の姿は見ていて気持ちのいいものではない。
PTSD、境界性パーソナリティー症候群…… 病名は色々あるが、わずかな物音にも反応するのは相当なストレスにさらされてきた証拠だ。
精神科の病棟で、物音に反応して暴れだす患者を抑え、医師に鎮静剤をうってもらった記憶が新谷の脳裏にまざまざとよみがえる。
そしてイジメのある教室の雰囲気というのは、他にも伝播するものらしい。
「なんかさー」
「梅小路さんって、あれだけ可愛いのになんでカレシ作んないの?」
「ウチの彼がさ、ワンちゃんあるかもって狙ってるみたいなんだよね」
「マジ? サイテーな彼じゃん」
「彼は悪くないし、悪いのは特定の相手作らずにユーワクしまくる女だし」
梅小路もまた、優れた容姿と引っ込み思案な性格が相まってターゲットとなりつつあった。男子のイジメは弱いものがターゲットになるが、女子のイジメは嫉妬が原因となりやすい。
今は軽い嫌がらせ程度ですんでいるが、じきにゼミの連絡をわざとしない、持ち物を隠すなどのイジメにつながっていくのは明白だ。
梅小路のグループのメンバーは気が弱い子が多いのか、積極的に彼女をかばおうとはしない。
丹波口のようなギャルっぽい陽キャならうまくやれるのだろうが、梅小路は場の空気を支配することに長けてはいないようだ。
「彼女たちが悪いわけじゃないのにな」
客観的に見ればa子は彼氏を作っただけ。梅小路は彼氏すら作らずに過ごしているだけだ。それなのにハブられ、陰口をたたかれる。
いじめられっ子になりやすい陰キャは他人の気持ちを考えるのが苦手なわけではない。陰キャは常にクラ
スの隅で目立たないように過ごし、他者の言動に気を使い生きるものだ。
事実、イエール大学では陰キャは他人の行動を読むのが上手いという研究結果がある。
にもかかわらず「コミュニケーション能力」は低くなってしまう。陰キャの意見は集団の中で通ることがなく、理不尽は自分の責任にされ、カースト低位に甘んじるしかない。
「このころから、梅小路さんの発症のきっかけはあったんだな」
新谷は一人ごちる。
イジめでも嫌がらせでも、見ていて気持ちのいいものではない。それが浅からぬ付き合いのあった相手で
あれはなおさらだ。
「でも、どうすればいいのかな」
新谷は自宅に帰った後、すぐにエロゲを起動する。
嫌なことがあるととりあえずゲームをするのは、幼い頃から変わらない。
「とりあえず『アンサマ』やるか」
モニターに映るのは、主人公に悩みを打ち明けるヒロイン。
この作品では異世界も超能力も出てこない。
平凡な家庭に生まれ育っただけの主人公が、四苦八苦しながらヒロインの悩みを解決して心身共に結ばれ
ハッピーエンドという、ありふれた展開だ。
だが平凡な設定をbgmとシナリオライターの技量で昇華させた傑作である。プレイしているうちに、穏やかで幸せな気持ちになれる。
そのはずなのに、今日に限ってシナリオもbgmも頭に入ってこない。
新谷は適当なところでセーブすると、画面右上の×マークをクリックしてウインドウを閉じた。
そのまま後ろ向きに倒れ、日焼けした畳にごろりと寝転がる。
夕飯を食べてもゲームをしても、脳裏に梅小路のことがちらついて離れなかった。
「僕に何ができるっていうんだ……」
自分は就職浪人し、ゼミ内にろくな居場所もない陰キャだ。それにタイムリープなどというトンデモ経験
までしている。
いつ未来へ戻ってしまうかもわからないし、これ以上過去を変えるとタイムパラドックスが起きて宇宙が崩壊するかもしれない。
「何もしなくてもいい。僕が何もしなくても世界は回ってる。前の時間軸でも梅小路さんは大学を卒業して、あの年まで生きてた」
でも、生きているだけだった。
『新谷先生……』
頭を掠めたのは未来の記憶。
出会った頃の梅小路は、ストレスと抗精神薬の副作用で廃人のようだった。
何もしなければ彼女が再びああなるのは間違いない。
人間関係はもともと得意な方ではない。だけど、患者をほうっておくことはできない。
今まで出会ってきた数多くの患者の姿が一気に新谷の頭をかけめぐる。
もともとはいい人で。でもパートナーの浮気、家庭内暴力、DV、失業、受験の失敗。そう言った出来事がきっかけで精神を病んでいった。
畳から起き上がった新谷の脳は、解決策を必死に探していた。
「タイムパラドックス? 陰キャ? そんなのどうでもいい」
運命への闘志に燃えた新谷の顔が、獰猛な笑みを浮かべる。
自分のような思いをした人たちをなんとかしたくて、自分は精神科で働き始めたのではなかったのか。
『あ、ああ、』
『そこ、そこ』
だがそう簡単に解決策が見つかるほど世界は甘くない。
ささくれた畳の部屋に備えられたパソコン。その側面から伸びるイヤホンから、卑猥な声が響く。
知恵熱を出しそうになった新谷が気分転換にプレイしているのは、『お姉ちゃんが清純なはずがない』。いわゆる抜きゲーだ。
抜きゲーとは「ソレヨリモ」や「アンサマ」と違いストーリーより抜き、すなわちエロに特化したエロゲー。開始後数クリックで「そういう」シーンにたどり着けるものも多い。
シチュも純愛系と違ってやや強引なシーンやマニアックなプレイも多いが、新谷がプレイしているのは女子が嫌がるタイプではない。
「女の子がかわいそうなのは抜けないしね」
だがあの手この手で女子が主人公に対して屈服していく描写にはカタルシスを感じる。
強いと思われていた相手をあっという間に下していくのは、俺強い系のネット小説のような心地よさがあった。
ヒロインにもいろいろなタイプがいる。
『そういうの、良くないと思います』
『~さん、これで私を縛るのが好きなんでしょう? 女性を抵抗できないようにしてからじゃないと本番できないとか、ほんと…… 最低ですね』
本当は主人公に好意を持っているが言い出せない子。恥ずかしさをごまかすために自分から道具を持ってきたりする子。
『はあ? なんであんたなんかと。話しかけないでよね、クズ』
『ちょっと、何考えてんの』
主人公のことが初めから大嫌いなのに、チョロい系であっという間に堕ちてしまう子。罵声を吐きながら腕を押さえつけられても嫌がっていないがわかるのは、エロゲならではか。
リアルなら絶対わからず、口で言うことをそのまま信じて場を白けさせてしまうだろう。
とりあえず頭を空っぽにしてただひたすらマウスをクリックしていく。
指一本でシナリオが進んでいき、ストレスある展開もないから息抜きには最適だ。
だが抜きゲーをやりながらもa子や梅小路の辛そうな顔が時々思い浮かび、集中できなくなる時がある。
基礎ゼミの教室での噂話、それを聞くだけでただ耐えている彼女たちの表情。
女なんて疲れるだけ、と考えているのに人が嫌がっているのを見るのが耐えられない。だが今の彼にできることは、ただエロゲをプレイすることだけ。
だがエロゲは人生だ。癒し、気分転換だけでなく時には人生の指針を示してくれる。
主人公を指南するキャラのボイスを聞いたとき、新谷は悟りを開いた心地がした。
「これ、使えるかも」




