表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【実話】テレビ番組でアルバイトをした話

作者: 浅井明子

全国放送のテレビ番組で、一日限定のアルバイトをしたことがあります。


未解決の事件に関する目撃情報を、視聴者から募るという番組です。


生放送中に視聴者からの電話を受け、有力な情報が有ればリアルタイムで紹介するという内容でした。


私は視聴者から電話を受けて、番組のスタッフに報告する係……


つまり、テレフォンオペレーターとして参加したのです。



撮影当日。テレビ局に到着すると、制作会社の社員が楽屋へ案内してくれました。


楽屋といっても、ただの会議室に机とパイプ椅子が並んでいるだけですが。


そこで待っていたのは制作会社の部長と、二人の女性でした。


二人の女性『野島』さんと『小山』さんもテレフォンオペレーターで、何度も撮影に参加しているとのこと。


他にも多数のテレフォンオペレーターがいましたが、別室で待機していたようです。



部長と社員が番組の準備のために部屋を出て行くと、沈黙の時が流れました。


気まずくなった私が一緒に採用された『伊藤』さんと話していると、突然ベテランの野島さんに怒鳴られました。



「アンタ達みたいに収録中にお喋りばかりして、退場させられた子がいるんだからね! 気をつけなさいよ!」



今は収録中ではないし、普通のことを話していただけなのに、なぜ怒られたのだろう。


一日限りのアルバイトで、なぜ先輩風を吹かされるのかわかりませんでした。



すると、お喋りを禁止していたはずの野島さんが自分の経歴を語り始めました。


普段はエキストラとして活動しており、数々のドラマに出演したとのこと。


役名やセリフを与えられたことが無いのを誤魔化しつつも、有名俳優と共演したことを誇らしげに語っていました。


しかし、いつまで経っても同じ話が繰り返されるので、私は考えました。


この人が求めている言葉を発するまで、話が終わらないのではないか?


そう考えた私は、顔の筋肉を引きつらせながら笑顔で言いました。



「す、すごーい。野島さんは、第一線で活躍されてる女優さんなんですね!」



野島さんは満足げに「まあね」と言い、ようやく話は終わりました。


そうしていると、制作会社の部長と社員が戻ってきました。


部長が「オペレーターさんの服、ちゃんと洗濯したのか?」と聞くと、社員は「バッチリっすよ!」と答えました。


番組のロゴが入ったトレーナーを渡された私たちは、さっそくそれを着たのですが……。



く、臭い。



その汗臭さと言ったら、一日や二日洗っていないレベルではありません。


歴代のオペレーターにより蓄積された臭いが、絶え間なく私の嗅覚を刺激しました。


さっきの『バッチリっすよ!』とは何だったのか。


そう思っていると、部長からこう言われました。



「番組スタッフがここ使うから、どっか別の部屋へ移動してくれる?」



急に言われても、テレビ局に入ったのは初めてなのでどこへ行けばいいのかわかりません。


私と伊藤さんが戸惑っていると、もう一人のベテランである小山さんが、「案内してあげるからおいで」と声を掛けてくれました。


小山さんは、優しくて綺麗で本当に素敵な方だなあと思いました。


ちなみに野島さんは、この時点でどこかへ消え去っていました。



三人で局内を歩いていると、小山さんと顔見知りのテレビ局員が「こっちの物置部屋、使っていいよ。今は他のスタッフがいるけど、すぐにいなくなるから」と教えてくれました。


言われた部屋にバッグを置こうとすると、談笑していたスタッフがこちら見るなり大声をあげました。



「ここはテメーらごときが使っていい場所じゃねーんだよ! 出演者さんが使うかもしれねーから、すぐにその汚ねぇバッグをどけろ!!」



私と伊藤さんが困惑する中、小山さんはすぐに頭を下げました。



「大変失礼しました。すぐに荷物を持って行きます」



そして私たちに小さな声で「さっ、出よう」と言いました。


段ボールが積み重ねられて鏡も割れている部屋に、本当にタレントを通すのだろうか?


廊下を歩きながら首をひねっている私に、小山さんは「あんな部屋、使うわけないのにね。あの人たちは偉ぶりたいだけだから、気にしなくていいよ」と優しく声を掛けてくれました。


小山さんの芯の強さに感心すると共に、テレビ業界で働くって大変なんだなぁと思いました。



なんとか荷物を置く場所も見つけて、いざ撮影スタジオに入りました。


野島さんと再会しましたが、こちらをガン無視です。


それはそれとして、配られた台本に目を通していると、終盤の内容に一際興味を惹かれました。



『緊急速報です! たった今、この○○公園の近辺でI容疑者らしき人物を見かけたという情報が入りました!』



これは緊急速報が入ったときを想定して書いた、仮の脚本なのでしょう。


このような情報番組にも台本が存在することがわかり、とても勉強になりました。



そうして台本を読みふけっていると、スタジオ中に拍手がおきました。


司会をする三人の芸能人が入ってきたのです。



一人目:大御所映画俳優T


どの角度から見てもTとわかるくらい、オーラを放っていました。


凛々しい眉毛を蓄えた大きな顔には存在感と威厳があり、本当に芸能界が天職の人なのだなあと思いました。


テレビで見た印象と変わらずかっこ良くて、しかも品が有って素敵でした。



二人目:男性タレントN


テレビで見るよりもイケメンすぎて、一瞬誰だかわからなかったほどです。


バラエティ番組で司会をしている時は、ユニークな表情を見せるお調子者のイメージでしたが、実物は飛び抜けてかっこよかったです。


さすが若かりし頃に数々のアイドルと噂になっただけはあります。



三人目:女優A


小奇麗なおばさんが会場に入って来て、スタッフが「○○さん入られました」と言いました。


名前を聞き逃したので顔をじっくりと観察しましたが、誰だかわかりませんでした。


スタッフが「Aさん!」と呼んでいたことにより、かつて『お嫁さんにしたい芸能人』と言われた女優Aであることがわかりました。


街ですれ違っても気づかないかもしれません……。



その後リハーサルが始まりましたが、機材の調整をするばかり。


番組の進行に関することはまったくやりません。


カメラチェックをするために三人の司会者を呼んだようなのですが、映りこむ位置を見たいだけであればADを座らせれば事足りそうでした。



痺れを切らした大御所映画俳優Tが「これ僕たちが居る必要ある?」と怒りました。


男性タレントNと女優Aもハッとした顔をして、大御所映画俳優Tに合わせるかのように怒り始めました。


しかし、当のディレクターと言えばそれに対する説明ができず、その場で沈黙してしまったのです。


上手い言い訳も思いつかなかったのでしょう。



ディレクターが萎縮しきった様子で、「もしアレでしたら、収録が始まるまで楽屋でお待ちいただいても……」と言いました。


大御所映画俳優Tは「最初からそうしてくれ!」と言い放ち、他の二人を引きつれてスタジオを出て行きました。



それからしばらくして、10分ほどのショート番組がスタートしました。


当時、未解決であったRさん殺害事件を特集した番組であることを、事前に告知するものです。


アナウンサーの「視聴者の皆様からの、電話やメールをお待ちしています! あなたの情報が、事件解決の鍵となります!」という言葉と共に、電話番号と番組ホームページを紹介していました。


するとさっそく、ショート番組を見た視聴者から画像付きのメールが届きました。



『俺のバイト先に、I容疑者にそっくりな人がいます』



添付されていた画像は、公開されていたI容疑者の指名手配写真に瓜二つでした。


その画像を見てスタッフは大喜びです。



「これは絶対本物だ!」



はしゃぐスタッフを横目に、私はこう思いました。



(いやいやいや! カメラに向いている角度まで、寸分違わないのはおかしいだろ! どう見てもフォトショップとかの画像ソフトで、目元と鼻をちょっと加工しただけでは? つーかそんなに顔がそっくりな人がいたら、テレビ番組にメールしてないで警察に通報するでしょ普通。懸賞金もかかっているんだし……)



まあ、いくらなんでもこんな子供だましの情報は不採用だから心配する必要はありません。


そう思っていたのですが……。



「視聴者の方から有力な情報が入りました!」



番組の本編が開始された直後に、巨大モニターにその写真が映し出されたのです。



(あいつらマジか? それとも狂っているのは私なのか?)



自分の価値観すら信じられなくなり疑心暗鬼になった所で、番組はCMに入りました。


すると、男性タレントNがブッと吹き出して一言。



「さっきの写真……っっっ!」



明らかに男性タレントNは、視聴者が投稿した写真を嘲笑していました。


私は(良かった、まともな感覚の人がいた!)と思って続きを待っていたのですが、大御所映画俳優Tが慌てた様子で口を挟んだのです。



「さっきの! 写真! 絶対に本人ですよね!」



恐らく、番組を成立させるために焦っていたのでしょう。


鬼気迫る様子で告げる大御所映画俳優Tに対して、コメンテーターである弁護士さんは「そうですね」と軽く流しました。


男性タレントNも空気を読み「そうですよね~! 絶対本人ですよアレ!」と態度をコロッと変えていました。


みなさん、すべてをわかった上で番組を進行していたんですね。



CMが明けて、中継先にいるRさんのご両親が映し出されました。


Rさんの両親は何を話しかけても生返事で、ずっと無表情です。


スタッフは本人たちに聞こえないのをいいことに「あいつらボケーッとしてるけど、頭は大丈夫か?」と暴言を吐いていました。



この時、私はRさんのご両親の気持ちがわかるような気がしました。


何しろ事件から三ヵ月も経っているのに、いまだに足取りがつかめていないのです。


様々なことに苛立ちを覚えていたのでしょう。


この番組だって、犯人逮捕に真摯に取り組むというからRさんのご両親は出演を承諾したのです。


それなのに、数時間も前から無意味に待機させられるという段取りの悪さに加え、肝心な番組の内容はふざけたものです。


Rさんのご両親が、番組に対して消極的になるのもわかる気がします。


そんなRさんのご両親に同情するどころか、暴言を吐いたスタッフの人間性を疑いました。



番組が終盤に差し掛かっても、視聴者からの重要な証言はまったくありません。


私が受けた電話といえば、クソガキが「うんこうんこ!」と言ってガチャ切りするものや、おばちゃんが一方的に電話番号だけを告げて「電話代もったいないからそっちから掛け直して!」と言ってガチャ切りするものなど、どうでもいいものばかりです。


このまま大した進展も無く、番組が終わるんだろうなあ……。


そう思っていた矢先のことでした。



「緊急速報です!」



中継先のアナウンサーが叫びました。



(ん? ついさっきどっかで聞いた……というか、どっかで見たセリフだな?)と思う私をよそに、アナウンサーは言葉を続けました。



「たった今、この○○公園の近辺でI容疑者らしき人物を見かけたという情報が入りました!」



(こ、これは……台本に書いてあったセリフだ!!)



台本と一語一句違わず喋ったことに動揺を隠しきれず、周囲のテレフォンオペレーターを見渡しました。


しかし、誰一人として表情は変えていません。


もちろん大御所映画俳優T、男性タレントN、女優Aも真剣にモニターを見ています。


そしてアナウンサーは闇の向こうに佇んでいる人物を見つけると、そちらへ向かって駆け出しました。


謎の人物を追跡中という体で、番組は終わりを迎えたのです。


※もちろんこれはヤラセであり、犯人逮捕にはまったく繋がっていません。



こんな仕事を続けていると、人として大事な部分が磨り減っていくのではないか?

そう考えると、テレビ業界はとても危険なお仕事であるようにも思いました。


ちなみにこの番組は低視聴率のために、この日を最後に打ち切りとなったようです。

※登場した人物名はすべて仮名です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
人の入れ替わりが激しい、人間関係がぎすぎすしていてやたら空気を読まないといけないストレスフルな職場の雰囲気が表現されていて、面白かったです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ