#25 あなたが居てくれたから
俺に抱き着いたまま「ムフームフー」と独特な呼吸を繰り返す課長を強引に引き剥がすと「ああん、二人きりなんだから照れなくても良いのに」とフザケタことを言うので、「照れてる訳じゃありません。冷やし中華を食べたいんです」とピシャリと冷静に否定した。
そして、俺が冷やし中華を二人分盛り付けて、それをそれぞれ両手に持ってダイニングのテーブルへ運ぶと、イスの位置が変わっていた。
「なんでイスの位置変えちゃうんです?これだと狭いじゃないですか」
ウチのテーブルは、イスが2脚で普段は向かい合いの対面になるように置いていた。
それを課長が動かして、2脚を横並びにしてあり、箸置き&箸やお茶の入ったグラスもその横並びの席に合わせてセッティングされていた。
「私が右で荒川君が左よ」
「いや、これだと狭いから食べ辛いじゃないですか」
「ダメよ。ココでしか人目を気にせずにイチャイチャ出来ないんだから」
リミッター解除したのか、もう遠慮なしだな、このお嬢様は。
「食事中にイチャイチャとか、お行儀が悪いこと、しませんよ」
「また照れちゃって。うふふ」
「だから、照れてませんって。冷やし中華を食べたいだけなんです!」
前から、調子に乗ると距離感とかおかしくなる人だったけど、今日は特に酷いな。
独身アラサースィーツ、半端ないぜ。
結局、調子に乗った我儘お嬢様は「早く食べましょ。うふふ」と座ってしまい、イスを元に戻す気が無いので、俺が折れて、横に並んでくっ付く様にして食べ始めた。
「ところで、課長が右で俺が左なのには何か理由でも?」
右耳が難聴とか、右側に立たれると緊張するような何かトラウマとかでもあるのだろうか。
「私、右よりも左のが自信あるの。写真とかも普段から左から写す様に意識してるわ」
「え?顔の話ですか?」
そう言えば昨日も左斜めから写せって言ってたっけ。
「そうよ。荒川君はいつもいつも私のこと美人でチャーミングで可愛くてちょっと年上のお姉さんな美人で彼女にしたいナンバーワンだって言ってくれるでしょ?」
断じてそんなには言ってない。盛り過ぎだろ。美人って2回言ってるし。
「だから少しでも綺麗な方を見せたいと思って、荒川君と居る時はなるべく右側に立つようにしてるわ。会社の席だってそうでしょ?」
課長らしいと言えばらしいけど、心配して損した。
「想像してたよりも、下らない・・・。心配して損しました」
「なによもう、下らないとか酷いわ。うふふ」
酷いとか言いながら、嬉しそうだ。
今の課長は、過去類を見ない程に上機嫌だ。絶好調と言っていい。
辛そうにしてたり悲しそうにされるよりはよっぽど良いのだけど、これはこれで、ぶっちゃけウザイな。 課長が調子に乗り始めると、どうしても胸の奥の方に「のび太のくせにチョーシに乗るなよ!」と邪悪な感情が湧いてしまうからだろうか。
「そういえば、1度荒川君に話しておきたかった話があるのだけど」
「なんですか、改まって」
「荒川君と企画室立ち上げてから、とても大事なことが分かったっていう話よ」
「大事なこと?仕事の話ですか?」
「いえ、違うわ。 食事の話よ。いつも荒川君と二人でお昼食べてるでしょ?荒川君と一緒だと、ご飯がとても美味しいの。それにとても楽しいわ」
「ああ、なるほど。確かに俺も外回りで一人で食べてた時よりも、課長と一緒に食べてる方が美味しく感じますね」
「そうなのよ! 3課に居た時っていつも一人で食べてて、でも同じうどん屋さんで同じおうどん食べてるはずなのに、今のが美味しいわ」
「よく言いますもんね。食事は一人よりも大勢で食べた方が美味しくなるって」
「私の場合はちょっと違うわね。大勢というよりも、荒川君、アナタと一緒に食べるからよ」
「課長、そう思って頂けるのは大変光栄なんですが、そういうのなんて言うか知ってます?」
「なにかしら? 運命の赤い糸?この場合は、運命の赤いおうどん?白いのに赤いおうどんっていうのも変ね」
「違いますよ。 頭の中がお花畑って言うんです!」
「初めて聞くことわざね。 でもお花畑だなんて、少女漫画みたいでちょっとメルヘンチックで素敵ね。うふふ」
ダメだこりゃ。
皮肉言っても全然通用しない。
マジで脳みそスカスカのお花畑だ。
結局、いつもの様にお喋りしながら昼食を済ませて、洗い物をしてくれると言うのでお願いして、その間に干してた布団を取り込んだ。
ついでに窓を閉めてクーラーを点けると、課長も洗い物が終わった様なので、飲み物を用意してローソファーに並んで座り、お喋りの続きをすることにした。
「それで、何を聞きたいんです?」
「そうね、好きな女性のタイプ、好きな女性の仕草、好みの女性のファッション、好きなセックスの体位とか特殊な性癖なんかもあれば前もって聞いておきたいわ。 あと初体験の話も聞きたいかな。でも一番に聞きたいのは別れた元カノの話かしら」
「欲求不満の独身アラサー、マジやべーな」
おっと、あまりの酷さについ心の声が漏れてしまった。
「しょうがないじゃない、気になるだもん。うふふ」
「だから、なんでそんなに嬉しそうなんです?」
結局、好みやセックス絡みの話はせずに、元カノと結婚するつもりで同棲していたことや、仕事ばかりしてて寂しい思いをさせてしまい、この春に捨てられたことなどを話した。
俺がマジトーンで元カノの話をしている間、課長は神妙な面持ちで話を聞いてる風だったが、俺のヒザをナデナデしたり、俺の右手に自分の手を重ねてニギニギしたりしてて、自分で聞きたいと言ったクセに、途中で話に飽きちゃったんだな?と俺は疑いながら話した。
「それで、彼女が出て行って以来メール1本すら送ってなくて、今は完全に切れてますね」
「同じ女性として、彼女さんの気持ちも分かるから「荒川君は悪くない」とは言えないけど、でもいきなりだと、荒川君も辛かったでしょうね」
「そうですね。その日と翌日は特に酷かったですね」
あの日は人生で一番不味い酒飲んで、二日酔いでボロボロだったっけ。
「今はもう吹っ切れてるの?」
「ええ、それはもう課長のお陰で」
「私?何かしてあげたかしら?むしろ、して貰ってばかりだと思うのだけど」
「いやぁ、手のかかる上司持つと大変で大変で、元カノのことなんて考える余裕なんて無かったって話ですよ」
「なによそれ!ホント、意地悪なんだから!」
「ははは、でも、課長には本当に感謝してるんですよ。課長が上司として居てくれたから、今は毎日が楽しいんですから」
課長にお礼を言うのはちょっと照れ臭かったから、右隣りに座る課長の方は見ずに感謝の気持ちを伝えた。
「ナニよもう!昨日も今日も急に素直になるからドキっとするじゃない! 荒川君らしくないわよ? ・・・でも、私も同じ。 不甲斐ない私に荒川君がずっと寄り添ってくれたから、私も今は毎日が楽しいわ。ありがとうね」
課長も俺に感謝の言葉を言ってくれた。
そして、そのまま抱き着いて来て、右の頬に「チュ」っとキスしてくれた。




