閑話 源乃詩織 その1
眼の前の光景がスローモーションの様に感じられる、今にも怜ちゃんの体を切断するように繰り出された女郎蜘蛛の糸。この光景を知っている今年この里に戻ってきた時に一つの可能性として紅姫に見せられた景色だ、その未来視では怜ちゃんは女郎蜘蛛の糸に気づかず張っていた結界ごと両断されるというものだった。
だから私は怜ちゃんを跳ね飛ばす勢いで押し出し、自らの身体を怜ちゃんいた空間に滑り込ませた、身長差により首の位置を通過しようとする糸は怜ちゃん謹製の御札の力で結界が張られた事により下の方へ滑っていったがそこで結界が限界を迎え私の体を糸が通過していった。
2つに別れた体からは痛みは感じないが普段感じられない熱さをかんじた、失敗したなと思うけど怜ちゃんが助かったなら良いかとも思った。
誰かに起き上がらせられた、血で汚れるよと言おうとしたけど出た言葉は「いちち、しっぱいしちゃった」と言うものだった。
「織ねぇ、どうして……」
ああ眼の前にいるのは怜ちゃんか、気にしないでといっても気にしちゃうだろうな。
「ごめん、れいちゃん、さすがに、だめっぽいわ、あはは」
他にも言いたいことはあったはずだけどそれしか言葉が出なかった。
なんだか寒いなと思っていたら、
(怜ちゃん気にしないで、きっとこれが私の役目だったのだから、だからね怜ちゃん泣かないで)
私は残っている気力を振り絞りそれだけは伝えたかった。だんだん何も考えられなくなってきた、なんだかほんわりと体を何かが覆っているのが感じられた、まだいいたいことがあるので薄れそうになる意識をなんとかつなぎとめる。
これは走馬灯ってやつなのかな、記憶にあるようでないような情景が浮かんでは消えていく、そして今私の目の前には幼い頃の私がいる。
◆
私の目の前には幼い頃の私とお祖父ちゃんが修練をしているのが見えている。見るからに4歳くらいの時だろうか、場所は比売神家の裏山だ。この頃はこの生活が普通だと思っていたんだよね。
そして私はこの頃に大怪我を負った理由は覚えていない。しばらく見ていると、唐突に幼い私は座り込み大泣きし始めた、そして私の体が軋みを上げてその姿を小鬼の姿へと変えていた。
鬼化と言われるモノだ、鬼の血を引く《《人間》》が偶に起こすモノだ、だけど私の知る限り子供が鬼化するなんて聞いたことはない、鬼化というのは鬼人化の前段階の状態になるのだけど、なろうと思ってなれるものでもないし、感情に任せてなるものでもない。
でもこれを見て分かってしまった、ただの子供が鬼化して肉体的にもそして精神的にも耐えられるわけがない、幼い私はずっとお祖父ちゃんのもとで修練してきたお陰で鬼化に耐えられたのだけど、もし修練をしていなければその時点で死んでいたんじゃないかな。鬼化というものはそれだけ危険なものなんだよ、ちなみに今の私はどうなのかというと鬼化しなくても鬼化同等の力が使えるようになっているのだよ、えっへん。
幼い私が子供なのに鬼化している事や、お祖父ちゃんが私に修練をさせていた事を考えると過去にも子供が鬼化した事案があったのだろうね。こうして幼い私は鬼化しているのだから私の知らない事実があるのかもしれない。
そして鬼化した幼い私は自分の姿が変わった事を知りその異形とも言える姿にに絶望したんだと思う、泣き叫び自傷行為を行おうとした所でお祖父ちゃんに抱きしめられた。この事は覚えていないが幼い私は自分が人間ではないバケモノなのだと思ったんだろうね。
ちなみに鬼化するとどういう姿になるかというと、肌の色が赤青黄など様々ないろに変わり、手足すべての爪が鉤爪の様になり牙が生える感じになる。男の子なら「カッコいい!」とか思うのかもしれないけど、この頃の私にはそう思えなかったのだと思う、ちなみに肌の色は黒色だった。
そんな幼い私だけど、お祖父ちゃんにあやされて落ち着きを取り戻した、そしてお祖父ちゃんが「詩織よく見ていなさい」と言って少し離れた所で一言「鬼人化」といいその体を鬼人へと変化させていた。
うん、この辺りはちゃんと覚えている、お祖父ちゃんの鬼人の姿はカッコよくて綺麗だった、巌のようだった巨漢の身は縮んだように引き締まり、その鋼色の肌からは鬼力が溢れでていた。
「ねぇおじいちゃん、わたしもおじいちゃんみたいになれるかな?」
幼い私の声が聞こえた。
「詩織はわし以上に才能がある、わしが鬼人化できるようになったのは成人を迎える少し前だった、だが詩織ならそれより前に鬼人に、いやもしかすると鬼神となれるかもしれないな」
そう言い幼い私の頭を撫でてくれたのを覚えている。幼い私はその言葉を聞いて落ち着いたのか、いつの間にか鬼の姿から元の姿に戻りそして体力が尽きたのだろう眠るように気を失ったようだった。
それからは修練を今まで以上にやるようになった、そしてある時まだ男の子だった望さんと怜ちゃんと出会ったんだよね。
ああ、うん、そうだね、初めて怜ちゃんを見た時感じたんだ、私はこの子のために生まれてきたんだって。本来なら比売神本家の長男である望さんに対してそう思うのかもしれないけど違った、私は望さんではなくて怜ちゃんに仕えるのが当たり前なのだと感じたんだ。
その事を一度お婆ちゃんに話した事がある。
「そうかい、望ではなく怜をね……、怜にとって詩織は私にとっての源一郎さんみたいなものかもしれないね、怜がねーそれは怜も男に……」
「ん?」
「なんでもないよ、それよりもどうするかはあなたが決めなさい、今すぐ決める必要はないからね、詩織には詩織の人生がある比売神だの鬼の血だの気にせずに好きに生きていいからね」
「えーっと、うん、わたしはねおじいちゃんみたいになりたいの、だからねもっともっとがんばるよ」
「そうかいそうかい、じゃあ頑張らないとね」
お婆ちゃんは幼い私に笑顔を向けながら頭を撫でてくれた。
「それとね、怜ちゃんはねすっごくかわいい女の子になるんだよ、そしてねわたしがね怜ちゃんを守るんだよ」
あーうんそうだった、なんでかわからないけど確かにそんなこと言った覚えがあるわ、なんで当時男の子だった怜ちゃんをみてそう思ったんだろう。お婆ちゃんはそんな私をみて困ったような顔をしていたのを覚えている。




