第09話 巫女と舞と黒いモヤ
神楽殿に着いた、皆揃っているようだった、外はいつの間にか夕日が沈み始め黄昏時へ向かっている。
それにしても一部の人の格好を見てここはどこのハロウィン会場かと言いたくなった、だが俺も巫女服だし人のこと言えなかったわ。
ミカ先輩と静さんは制服のままだけど二人共長さの違う木刀を持っている、どこかにカチコミにでも行くのかな。
美玲さんと雪菜さんはお揃いで制服の上から白い浄衣を着ていて立烏帽子を被っている、一言で表すならこれぞ陰陽師という格好だった。
マリナさんは最初に家に来た時に羽織っていたフード付きのローブ姿で短い杖を持っている。
「来たなそれではまず咲耶くんをそこの祭壇前に寝かせてくれたまえ」
言われた通り祭壇へ明海ちゃんに手伝ってもらいながら咲夜さんを下ろすし寝かせる、最初に比べると顔色が幾分マシな気がするがまだ荒い息遣いで苦しそうにしている。
「それでよろしい、後の事は詩織くん頼むよ、我々は出番が来るまで待機だ」
織ねぇが俺と明海ちゃんを呼んで神楽殿へ誘う。
「明海は怜ちゃんのサポートを、そして怜ちゃんあなたは舞を舞いなさい」
「舞?私舞なんてまだ何も知らないよ」
「うん知ってる、だけど今回は怜ちゃんの神器に神気と思いを込めて体が動くに任せれば良いから、作法なんて関係ない怜ちゃんが咲耶ちゃんを助けたいと言う気持ちを咲耶ちゃんの中にいる奴に全力でぶつければいい」
それで良いのだろうか?だけど今はその言葉に従うしか無さそうだ。
「失敗してもいいから、失敗した時は美玲さんが何とかしてくれる、それともやる前から諦める?」
「それは嫌だ!私がやるやってみせる、私が咲夜さんの中からあの黒いモヤを追い出してみせるから!」
そう言って神器を俺の中から現出させ長柄部分を手に持つ、俺の成長と共に鉾が大きくなったのか最初の時から少し長さが伸びて今の俺の身長くらいの長さになっている。
「覚悟は決まったようね、頑張りなさい」
織ねぇはそう言うとニコリと俺を安心させるように笑いかけそのまま抱きつきポンポンと背中を叩いてくれた、身長差がアレでなんかモヤったけど強張っていた体がほぐれた気がした、俺から離れると神楽殿を降りていく残ったのは俺と明海ちゃんのみだ。
「私はこれを使って怜ちゃんに合わせる形でサポートするね」
神楽笛を手に持ち笑いかけてくれる、俺は「明海ちゃんお願いね」と1つ頷くき神楽殿の中央へ向かい咲夜さんを見つめた後目をつむった。
心を落ち着かせるように大きく息を吸い込み「ふぅーーー」と吐き出す。
鉾の石突をトンと打ち付けるシャランと鈴がなる、もう一度打ち付けるシャランと音がなる。
目を開きありったけの神気を鉾に送り再び石突を打ち付けると俺を中心に神気が波紋の様に広がっていきパリンと何かが壊れる音が聞こえたような気がした。
片足を踏み出し鉾を突き出す鈴のシャランという音と共に神気が咲夜さんに向かい波紋のように飛んでいく、一歩下がりながら鉾を円を描くように動かし手元に引き再び石突で打ち付け神気を飛ばす。
ゆっくりとゆっくりと繰り返す、咲夜さんを救いたい助けたいと、あなたの事をもっと知りたい俺のことを持って知ってほしいという俺の思いを神気に乗せて。
そしてなぜか信仰心が俺に集まり始めているのだが何でだろうか?
気にしても仕方が無いし俺の力になってくれているようで、助かるからこれ以上気にするのをやめて受け入れることにした。
外から見ているとすごく地味だと思うが、やっている俺は汗だくになっている、普段使わない筋肉を使っていて全身ガクガクだったりする、それでも俺は続ける。
鉾を動かす度に鈴の音が鳴る、明海ちゃんの神楽笛の音色が聞こえる、そしていつしか俺の神気に反応するように咲夜さんから神気が返ってくる様になる。
咲夜さんから送られてくる神気には、俺と共にいたいという気持ちや俺の事をもっと知りたいと言う思いが伝わってくる。
俺と咲夜さんは神気を通して会話する様に気持ちを伝え合う、なんとも言えない一体感と幸福が全身を駆け巡る。
寄せては返す波のように、何度も何度も繰り返す……そのうち咲夜さんの体から黒いモヤが湧き上がってくる。
そして俺と咲夜さんの神気でのやり取りに呼応するように、信仰心が一気に俺と咲夜さんに集まってくるのが分かる……のだがすごく嫌な予感がひしひしと湧き上がり、舞で吹き出ている汗とは別の冷や汗が背中を伝っているのだが、今は考えるのを止めて舞に集中する事にした。
信仰心が後押しするように俺の舞は速度を早め、突き、横薙ぎ、すくい上げ、振り下ろしなど、神楽殿全体を使うようにまるで演舞のような動きに自然と変化する、体が俺の意思と関係なく動き続ける。
どれくらい続けただろうか気がつけば辺りすっかり夜になっていた、誰かが付けたであろう神楽殿の周りにある篝火が燃えていて辺りを明るく照らしている。
黒いモヤが咲夜さんから離れ始めた……今だ!と思うと同時に俺は再びありったけの限界を超えるほどの神気を鉾に注ぎ込み鉾を横薙ぎに振り黒いモヤにぶつけるように神気の塊を放った。
その神気は咲夜さんに絡みついていた黒いモヤを吹き飛ばした。
俺の今出せる最大の神気を放ったというのに、黒いモヤを消滅させることが出来なかったのを見て、俺の神気って攻撃にはとことん向かないのだなと改めて思った。
「良くやった、後は我々の仕事だ、怜くんはゆっくり休んでいたまえ」
「怜ちゃんグッジョブ、明海あなたも休んでいなさい、それと怜ちゃんの事頼むわ」
そんなミカ会長と織ねぇの声を聞きながら俺の意識は途切れる事になる。
突然体の力が抜け糸が切れたあやつり人形のように倒れゆく俺の視界には、咲夜さんから離れた黒いモヤがもがき苦しむようにのたうった後、その姿が5mほどの大きさの黒い鬼へと変貌する姿を捉えていた。




