第12話 こんな毎日が続けば良いな
朝の日課のジョギングを済ませて戻ってきた。今日は休日なのでまずはお風呂で汗を流してから食事を済ませる。
「輝ー朝だよ起きなさい」
「あちょごふゅん」
いつもこうである。
「輝は私に任せて怜は行きなさい、今日なのでしょ」
「えっと、もしかしてバレてます?」
「怜はわかりやすいから」
「あはは、はぁ、それじゃあお言葉に甘えさせてもらいます」
咲夜が私の手をとり指輪を重ね合わせて、唇を軽く重ねて離れる。
「怜の好きなようにしなさい」
「はい」
頬が熱い。
「それでは行きますね、それと輝にばれる前に行きますからお願いします」
急いで身だしなみを整えて、念入りに歯磨きを済ませる。
「それでは行ってきます」
「いってらっしゃい」
寮を出て向かうは鏡池の東屋。まだ約束の時間には余裕があるので急ぐことなく歩いて向かう。すれ違う人たちに挨拶を交わしながら、偶に握手を願われるのはなんか複雑な気分になるのだけど。
鏡池に近づくにつれ学院の象徴でもあるあ神樹が見えてくる。そのまま歩き続けると鏡池の畔にある東屋が見えてきた。そういえば咲夜が黒いモヤに取り憑かれたのもあそこだったななんてことを思い出した。
あの時は何も知らなかったからかなり焦った。池に落ちてびしょ濡れだったし今となってはいい思い出なのかも知れない。
さて東屋についたのだけどまだ楓は来ていないようだ。今日は周りに人はいなくてこの辺りは貸し切り状態なのかも知れない。東屋の中にある椅子に座ってると春の陽気が気持ちよくてなんだか眠くなってくる。
「怜様お待たせしました」
ハッとして顔をあげると目の前に楓が立っている。うつらうつらしていたら楓が来ていたようだ。
「大丈夫だよさっき来た所だから、なんだか日差しが暖かくてね」
「そうですね、今日は特に日差しが穏やかな気がします」
さてとどうしたものかな。
「とりあえず少し歩こうか」
「わかりました」
二人して鏡池の周りを歩く。他愛もない会話をしながら、なんとなく最初の出会いを思い出して二人して笑った。あの時は私の顔をみて気絶したんだと思ったんだよね。今ではメガネをかけていなくても制御できるようになったみたいだけどね。
「この辺りでいいかな」
東屋からすると神樹の裏側あたりになる。楓も立ち止まり心なしかソワソワしているように感じる。私は右手の薬指につけている指輪に口づけをして外し楓の左手を手に取る。
「受け取ってくれるかな?」
「えっと、その、良いのですか?」
「うん、こんな私でいいならだけどね」
「むしろ私のほうが良いのでしょうか」
「あはは、迫ってきたのは楓の方じゃない」
「それはそうなのですけど」
「これは私が決めたことだから、楓となら良いかなってね」
出会いはあんな感じだったけど、3年近く近くで見てきたし一緒に行動もしてきた。この思いは咲夜のものとは違うけど、それでも共にいたいと言う気持ちには変わりはないと思う。
楓は私の目を見てうなずきながら「お願いします」と小声でささやくように答えてくれた。
手に取ったままの左手の薬指に指輪を入れる、自動調整機能のお陰でするりと入って固定される。
今度は楓が右手の薬指の指輪に口づけをして指輪を抜き取った。私の右手を手にとり指輪を入れてくれる。こちらも自動調整機能のお陰で違和感なく指に収まる。
私の右手を楓の左手が重なる。お互いの目を見つめながらそっと互いに指輪に口づけをする。そっと手を離しお互いに一歩下がって軽くカーテシーをする。
「これからもよろしくね楓」
「こちらこそよろしくお願いします怜様」
まあわかっていたことなのだけど、このタイミングで少し離れた場所にある木が不自然に揺れる。わざわざ東屋から移動したのに余り意味はなかったようだ。
「隠れてないで出てきたらどうですか?」
私の声に観念したのかまずは明海ちゃんが出てくる、続いて桜さんが出てきて咲夜と咲夜に口を塞がれたうえに体は椿姫に掴まれながら暴れている輝が引きずられて出てきた。
「皆さん一体何をやっているのでしょうか?」
少し怒ったように言ってみる。
「いや、その、私は散歩してたんだけどね、走って行く輝ちゃんを見かけて追いかけていただけなんだよ」
明海ちゃんは言ってる通りなのかも知れない。
「私は楓が心配で」
手を上げで何もやましいことはないというように桜さんが答える。
「ふーんーんーんー」
輝がなにか言っているけど口をふさがれていてわからない。
「そのね、輝が急に走り出して追いかけたのよね、ごめんね怜止められなかったわ」
咲夜がそう言って謝ってくる、まあ輝の暴走なら仕方ないのかな。
「ボクは輝が咲夜に捕まった所で協力を求められてかな」
椿姫は暴れ続けている輝を押さえつけたまま答える。
なんとなくわかった、輝が元凶か。
「はぁ、輝が原因なら仕方ないですね、むしろ輝に邪魔をされなくて助かりました。それより咲夜、そろそろ輝の口を離したほうが良いですよ、苦しそうなので」
「あっ、ごめんなさい輝」
咲夜の手が離れて息を整えた輝が椿姫を振りほどいて私にすがりついてくる。
「怜ーなんで楓なの、私とももっと遊んでよー」
うん知ってた輝にはただたんに楓と遊んでいるようにしか見えなかったようだ。
「ふふん、もう輝には私と怜様の関係を邪魔できないんですからね」
と楓が誇らしげに左手の指輪を見せびらかす。
「あーそれって怜の指輪ー、なんで楓が持ってるの私もほしい」
「あげませんよー」
楓を追いかけ始める輝から逃げるように楓が駆け出していく。
「怜、これでよかったのね」
「はい、これからは咲夜と楓と一緒に歩いていきたいと思っています」
「その中にその内輝も入りそうですけどね」
「あはは、それは仕方ないかなと」
じゃれ合いながら、全力疾走に見える速度で東屋方面に走っていく楓と輝を見ながらそう咲夜に答える。
「さてと、二人は放っておいて帰ろっか」
「そうだね」
「そうですね」
明海ちゃんと桜さんも呆れ顔で楓と輝を見ていたが一緒に歩き出す。私は咲夜の手をとり一緒に歩く。
変わってしまった世界だけど、この学院にいる間は前と変わらない日常が続くのだろう。今後どうなっていくのかは分からないけど私は私の周りの人を守っていこうと思っている。
鏡池を一周してきたのか、はぁはぁと苦しそうに呼吸を繰り返す楓と輝。
「ほら楓も輝も落ち着きなさい」
「だってーだってー楓がー」
「はいはい、輝には何か美味しいものごちそうしてあげるから機嫌直してね」
「ほんとう? わかった」
そう言って輝が抱きついてくる。
「あーそこは私の場所ー」
「楓も輝のマネしないの」
「あはは、はーい」
学院の外は大変だし、今後どうなるかわからないけど、こんな毎日が続けばいいなと思う。
4年前に男から女に変わり、そこから私の人生は、世界はぐるりと変わってしまった。女になったおかげで咲夜や楓、それに朱天達と出会えたと考えればこれで良かったんだと今では思える。
ずっと私は男であったことを捨てられずにいたのだけど、今ではもう男だった頃の自分を思い出すことすらできなくなっている。それだけこの4年という日々が掛け替えのないものになっているんだろうね。
学院を卒業した後、私たちはどんな道を歩むのかは分からないけど、それでも私はこの私の力でみんなを守っていこうと思っている。
「咲夜、楓、輝、みんなこれからもよろしくね」
私はそう言って、咲夜と輝と楓に笑いかける。三人とも「こちらこそ」と返してくれた。うん、こんな日々がずっと続けばいいなと改めて心のそこから思うのだった。
というわけで、おと百合完結となります。
見切り発車も見切り発車の、長編初挑戦となりました本作もここで終わりとなります。
ここまでお付きあいただきました皆様ありがとうございます。
正直いろいろもっと書きたいこと書くべきものはあったのですが、こういう形で終わることになりました。
実力不足を痛感させられました、構成的に色々無理があったと思います。途中からはただただ最後まで書ききる感じで無理やり感も多々あったと思います。
反省点はいっぱいあります。キャラを活かしきれていないとか、名前だけのキャラが多いとか、キャラの関係性が薄いとか、キャラ関係のあれこれが難しいと言う感じですね。
キャラ多すぎて使いきれてない感はずっとつきまとってました、あれですね一年学年が進むに連れて新キャラは出るけど、メインキャラ以外はほぼ名前だけになってしまって、この辺りは構成が駄目な感じなんでしょうね。
最後も最後で結構無理矢理感のある終わり方になってしまいましたが、終わらせることができたということだけは今後の糧になったら良いなとは思っております。
最後になりますが、おと百合にお付き合いいただいた皆々様、ここまで本当にありがとうございました。一応続編を作れるような終わり方になっていますので、気が向いたら書くかも知れませんね。今度は少数キャラで卒業後を書くか、次世代編みたいな感じに書くかと色々思ってたりもします。
今カクヨムの方だけで公開しています新作は、なろうの方には来年のなろうコンに合わせてこちらに転載する予定です。
もしご興味を持っていただけましたら、同名で活動しておりますのでカクヨムの方で探してみてくださいませ。
それではまた別作品をお読みいただければ嬉しく思います。
23年10月15日 三毛猫みゃー