第56話 技術屋
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「うん、大丈夫そうだな。周囲の視線にある程度気をつけながら基地に戻れ。そうだな…、バトルホールで待機しておけ。俺もすぐに向かう。」
「了解です。」
2人は研悟の指示通り周囲の視線に気をつけながら基地への帰還を目指した。何となく真っ直ぐ戻るのに気が引けた2人は近くの家電量販店で少し時間を潰してから戻ることにしたのである。手ぶらで帰るのもなんて言い訳めいた言葉と共に新作ゲームを購入した陸疾は凛夏にやや呆れられながらも無事に基地へと帰還したのであった。
模擬戦会場に着いた2人は研悟の姿を探し始めた。とは言っても研悟は昼食をとりに外出したのであり、そこまで早く到着はしてないだろう。そんな予想はどうやら外れていたようだ。職員の1人が2人の姿に気づき歩いてこちらへ近づいて来たのである。
「あなた方は相谷陸疾さんに八雲凛夏さんですね。伊狩さんを呼んでくるのでしばらくここでお待ち下さい。」
「え?研悟さんもうここに着いてるんすか?」
陸疾が驚きと共に発したその言葉は聞こえなかったのだろう。職員はどこかへ小走りで去って行った。程なくして研悟が2人のもとへ現れた。どこで2人の到着を待っていたのか鮮明に分かる匂いがほのかに研悟から漂っていた。
「おう、遅かったな。あんまり遅いからちょっと一服してたぞ。」
「ここって喫煙所ってあるんすか?」
「一応な、かなり狭いがそんな事は言ってられん。…しかしどこかに行ってたのか?俺は早めに帰ってやらねばとコンビニで軽食買ってすぐ戻ってきたんだがよ。」
「周囲の視線を気にする方法がイマイチ分からなかったので様子見に家電量販店に寄ってから戻ったんすよ。」
「別に何にも買う必要は無いのにこいつゲーム買ってるんですよ。それで遅くなりました。」
「…まあ何事も無く戻ったんなら何でもいいか。ええと、椎橋についてだな。あいつは機械の扱いの達人でな、技術屋なんて呼ばれてることもあるくらいの人物だ。さっき俺がぶっ壊したのは名刺に似せて作られた発信機だ。もし気づかずに基地に帰っていたらここの場所はもちろん秘密にしてる入り口も向こうにバレていたところだ。…危なかったな。」
「そんなおっかないものだったんすか。…危な。ただの一般人にしか見えなかったすけどね。研悟さん結構詳しいですけど知り合いっすか?」
陸疾のこの問いに研悟は渋い表情である。何か思い出したくもない過去でもあったのだろうかと思っていると研悟が口を開いた。
「あいつ…、椎橋定平は俺の高校時代のバイト先の先輩だよ。確か俺の3歳上だったかな?」
陸疾はかなり驚いた。スーツ姿からかもしれないが30代くらいと思っていたからである。研悟の3歳上という事は23歳であると言うことだ。定平には悪いがかなりの老け顔だなと陸疾は思ってしまった。
「何を考えてるか知らんが俺がガーディアンズに入って程なく経った時にメールであいつがディメンションズに所属した事を知ったのさ。そして年々あいつの技術力が上がって来ている。だからか椎橋定平は『明晰』の技能なんじゃないかって噂だ。」
「…え?その椎橋って人は自分がディメンションズに所属してる事を研悟さんに言って来たんすか?研悟さんがガーディアンズに所属してるのを知った上で?…何のために?」
「だから知らねえって言ってんだろ。俺はあいつの技能は『明晰』なんかじゃねぇと思ってる。他に候補がいくつかあるしな。…それにあんな何考えてるんだが分からん奴が頭脳明晰だとは思いたくねぇ。ただの変人だよ、機械いじりが極端に得意な変人さ。」
研悟はやや語調が荒れて来たようだ。人にはあまり触れられたくないものもあるだろうと思ったがまだ分からないことがあったので陸疾は研悟のその様子を構わず聞いたのである。
「でもそれだとするとかなり不気味なんすよね。だって2人とも特にガーディアンズの事は何も言ってないんすよ。なんで俺らにピンポイントで狙って来たんすかね?」
陸疾の疑問に凛夏も頷いた。2人とも技能の話やガーディアンズの話は一切していないのだ。いくらこっそり盗み聞きをしていたとしても確証を得るのは難しいんじゃないか。そう2人とも思っていた。
椎橋定平という男は想像以上に曲者のようですね。さほど重要なことではありませんが20代前半なのに30代だと思われるとは相当な老け顔ですね。しかしこういう人物がいるなら普段の会話も相当気をつけねばなりませんね。




