第55話 椎橋定平
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「…いや、この人じゃないっすね。」
「そうですか…、残念ですが違う人だったら仕方ないですね。突然こんなことを聞いて申し訳なかったです。」
男性は見せた写真を残念そうに仕舞い再び元のテーブル席へと戻って行った。誰かに聞かれているという事実から凛夏はそれ以降一切喋ろうとしなかった。それは陸疾も同じであり少し微妙な空気で陸疾は残った餃子を平らげだ。ほぼ同じタイミングで凛夏も食べ終わったので会計へ向かった。向かう途中で先程の男性のテーブル席に少し目をやったが既に男性は帰ったようだ。無人のテーブルに幾つかの空の皿が置いてあるだけであった。
店を出るなり凛夏は陸疾に謝って来たのである。どうやらさっきのやり取りを招いたのは自分だという負い目があったようだ。
「ほんとごめん。まさか人の会話をじっくり聞く人がいるなんて思わなくてさ。」
「いや、別に俺は気にしてないよ。外でも喋って良い事しか言ってないしね。」
「あ、やっぱり?なんか気にしてるんかなぁ、って言い方だったから。」
「それはそうだろ。誰が聞いてるか分からないしな。」
「お!お前ら。今日はよく会うな。昼飯でも食ってたのか?」
その声に振り返るとそこには研悟の姿があった。ケイトが横にいないので研悟は普通に1人で昼飯をとりに外へ出てきたようだ。
「研悟さんこそこれから昼ご飯っすか?ケイトさんはどうしたんです?」
「おう、昼を食おうと思ってよ。ケイトはそこまで腹減ってねぇから軽食だけ食うってさ。だから今は俺だけだよ。…ところで凛夏がお前に謝ってたけどなんかあったのか?」
「あぁ…、まあそんな大事でも無いっすよ。飯食いながら喋ってたらその内容を詳しく聞きたいって近くに座ってた男に言われただけですよ。」
それなら良い、そう研悟なら言って笑い飛ばすだろうと陸疾は思って軽めのテンションでそう言ったのである。しかし陸疾の言葉に研悟の顔が見る間に渋くなったのである。
「…ちょっと気になるな。それどんな奴だった?」
「…?どんな奴って、普通のその辺にいそうなスーツ着た男っすよ。あ、その人に名刺貰ったんすよ。見ます?」
そう言って陸疾は財布の中に押し込んだ名刺を再び取り出した。もう必要ないと思ったがすぐに出番があったな、なんてことを考えながらそれを研悟に手渡すと研悟はすぐにそこに記された名前を見始めた。
「…椎橋、定平か。やはり予想通りだな。声かけて正解だったよ。」
そう呟いたかと思うと研悟はポケットからライターを取り出すといきなり名刺に火をつけたのである。
「え?何してんすか?」
「見てみろ、名刺なら普通紙で出来てるからよく燃えるはずだ。だがこいつは違う。…まあこんくらいの強度ならいけるだろ。」
いきなり火をつけた研悟に驚いてすぐには気づけなかったが目を疑う光景がそこには広がっていたのだ。ライターの火は確実に名刺についているのに名刺は一切燃えなかった。ライターを消して研悟は片手でそれを割ってみせた。金属で出来た何かが割れる小気味良い音が聞こえて来た。
「…え?なんか紙じゃない音がしましたけど?」
驚いた顔で凛夏は研悟に尋ねたが、研悟は顔色一つ変えない。先程破壊した名刺からこんな音が出る事を分かりきっていた表情なのである。どこからかビニール袋を取り出すと名刺の残骸をそこに入れ手近にあるコンビニのゴミ箱に投げ入れた。
「お前らに話しかけて来た男、椎橋定平はディメンションズ所属の男だ。ひとまずそれだけ教えておこう。詳しい話は基地に戻ってからだな。他に奴から渡されたものは無いな?」
そう言うと研悟は2人の姿を観察し始めた。模擬戦会場で会ってからそう時間も経っていないため服装が仮に違っていたらすぐに気づけるはずである。実際これと言った異変は見当たらなかった。
椎橋定平はディメンションズの一員だったようです。しかも陸疾たちに何やら仕掛けていたようですね。一体どんな意図があったんでしょうか。




