天然寺くんは天然中二病
爽やかな朝だ。
セーラー服のリボン揺らして、トコトコ登校。今日もいっちょ楽しい高校生活でも送りますか!
「スズメさん、おはよう〜」
通学路を歩きながら、枝にとまった彼らに挨拶すると、なんだかいいことをした気分になれる。私はカモ。鴨居原カモという名前の女の子。世界が私をカモることで平和になるのなら、喜んでみんなのカモになりたいお年頃の高校二年生だ。
いつもの朝田さん家のコンクリート壁の角が前方に見えて来た。あれを曲がると、いる。
きっと、いる。
「よう。毎朝奇遇だな」
いた!
明らかに私のことを待ち伏せていた男の子が、今向こうから歩いて来ましたみたいなふりで、そこに立っていた。なるべく私を見ないようにしながら、チロチロと私の顎のあたりを何度も見て来る。
「おはよう、天然寺くん」
この背の高い、というかヒョロ長い、頭にゴーグルを乗っけた色白の男の子は天然寺次郎くん。本名はそれだけど、彼が自分につけてる名前は違う。なんていったか忘れたけど。
ニコッとしながら彼に近づいて行くと、天然寺くんは一大事のように後ろへ一歩下がった。
「おっ……と! 迂闊に俺に近づくと危ないぜ?」
今日も可愛いアホ毛が立っている。必要ないほどオーバーリアクションで後ずさった勢いで、それがびょんびょんと揺れた。
「やめておけ! 俺に近寄るな!」
「はいはい」
私はニコッとしたまま、構わず彼の胸にぶつかる勢いで、そのまま歩いて行った。
「君に付き合ってたら遅刻しちゃうからね。その胸を突き破ってでも通りますよ」
「憐れな……!」
バッと顔を覆った。いちいちオーバーリアクションだ。
「知らんのか!? 俺のポケットにはとても小さなドラゴンが棲んでいる! あまり近づくとそいつが火を吹くぜ?」
「どれどれ?」
悪戯心がウズウズしちゃった。
「その胸ポケットにいるのかな?」
「あっ! やめろ!」
「うりうり」
「ぎっ……! くあぁっ! やめんか!」
「ほうれ、ほれ」
押さえつけて胸ポケットに手を突っ込んでみると、確かに何かとても硬い、爬虫類のようなものに指先が触れた。掴んで、引きずり出す。それを見つめて目を丸くしながら、私は言った。
「……松ぼっくりだ」
とても小さくて固い松ぼっくりだった。
「いっ……、今は眠っているだけだ!」
私との格闘でハァハァ息を荒くしながら、天然寺くんが言い張る。
「そいつが目を覚ますと巨大な炎を吐くんだ! 俺には止め切れない! 世界を滅ぼすぞ!」
「どうでもいいけど運動不足が過ぎるよ? 女子と格闘してそんなに息切れるとか……」
松ぼっくりを返しながら、私は言った。
「インドア派もいいけどさ、もっと運動しよう、次郎くん」
「フッ……。俺はこのドラゴンの力を使えるんだぜ? 運動など必要ない。笑止だ!」
ぽとりと彼のズボンのポケットから、何かが落ちた。天然寺くんは隠すように拾ったが、私はしっかり見てしまった。ハンドグリップだった。握力つけたいひとがニギニギするやつだ。軽そうな黄色だった。
それを慌てて回収しながら、次郎くんが言う。
「そっ……、それに俺の名前は次郎じゃない!」
「うん。なんだったっけ。天然寺くんの自分でつけた下の名前」
「危脳丸」
かっこよくオーバーリアクションで髪をかき上げながら、ほざいた。
「天然寺危脳丸だ。しっかり覚えろ!」
「はいはい。わかった」
ニコニコしながら私は素直にうなずいてあげた。
まったく、このひとはどうして私にいつも絡んで来るんだろう。朝だけじゃない。昼休みも、下校時も。幼なじみとかそんなのじゃ全然ないのに。知り合ってまだ1か月の、ただの隣のクラスのひとなのに。
でも嬉しかった。このひとは何か知らないけど私に構ってほしいのだろう。それが嬉しい。私の名前がカモだからなのか、『コイツなら構ってくれるだろう』とか、チョロく思われてるのだろうか。ふつうならそんな風に思われたら嫌なんだろうけど、私は嬉しいのだ。カモられることは喜びだ。
「ところでさっきのニギニギだけど」
私はそこに触れてあげた。
「やっぱり体力ないの気にしてるの?」
もしもマッチョになりたくて、こっそり握力トレーニングしてるのなら、可愛いと思った。でも違うみたいだった。
「さっきのは魔具だ」
「マグ……?」
意味がわからないので尋ねた。
「ああ。ポケットの中のドラゴンを調教するための魔具な。貴様は知らんだろうが」
「ああー! 魔道具か!」
「どっ……、どうした? 急に顔を輝かせて……。びっくりするじゃないか!」
「だって、ようやくいかにもな中二病っぽいこと言い出したから、安心しちゃって」
「ちゅっ……、中二病などではないっ! なっ、何だよ安心て?」
「だって次郎くん」
「危脳丸だっ!」
「だって天然寺くん、全然いかにもな中二病らしくないんだもん」
「中二病ではないというのにっ!」
「普通さ、そういうのって、カタカナや漢字いっぱい使ったり、魔法陣の痣を隠す手袋はめてたり……あと刀みたいな武器とか持ってたりするもんでしょ? 天然寺くんは地味だなあって思ってたから。ポケットに松ぼっくりなんて」
「俺はありきたりが嫌いなのだ」
「ありきたり?」
「ウム。俺は自分の能力にオリジナリティーを求めるのだ。型にはまったダークヒーローなどと一緒にするなよ? クックック……」
なるほど。ふつうの中二病じゃ嫌なんだ。相当こじらしてるんだ。
「ところで貴様……。いいのか?」
「え? 何が?」
「こんなところで俺と長時間会話していては遅刻するぞ?」
「あ……。うん」
私は今のところ遅刻ゼロの真面目な生徒だった。確かにこんなに天然寺くんを構ってあげてたら遅刻してしまう。でも、まあ、いいか。私は余裕の笑顔で天然寺くんに言った。
「遅刻したくはないけど、天然寺くんとお話するの楽しいから、いいよ?」
「て……、天使か!」
天然寺くんの顔がなぜか真っ赤になった。
「アーク・エンジェルか、弥勒菩薩か!」
「っていうか、いつもみたいに送ってよ?」
門が閉められるまであと10分。走っても間に合わないので、私は天然寺くんにお願いした。
「出してよ、グリフォン」
「ウム。そうだな」
天然寺くんはポケットから取り出した黄色いハンドグリップの柄で、地面に魔法陣を描いた。呪文を唱える。
「プォ〜!」
グリフォンちゃんが現れた。
天然寺くんは魔法でグリフォンを召喚することが本当に出来る。凄い能力だと思うんだけど、彼は気に入ってないらしい。グリフォンしか呼び出せないし、何より「こんなフツーの能力」とか言って、夢はあくまでも世界を滅ぼす炎を吐けるちびドラゴンがポケットの中に欲しいのだそうだ。
「では行くぞ。飛ぶぞ? 後ろに乗れ」
「うん」
あたしは羽根をばさばささせてるグリフォンちゃんのお尻のへんに乗り、前に乗った天然寺くんと距離をとって準備OKした。
「もっ……、もっとくっつけよ! 飛行中に落ちてしまうぞ!」
「うん、わかった」
私は天然寺くんの腰に腕を回し、しっかり掴まった。
「かっ……!!」
「え? どうしたの?」
「いやっ! 何でもない! それより貴様、さっき俺が手袋はめてないとか、魔法陣の痣がないとか言ったな!?」
急に早口になった。どうしたんだろう。
「じっ、じつは俺、竜の紋章が身体に刻まれているんだぜ? みっ、見たいか!?」
「うん、見たい」
早くグリフォン飛ばして送ってほしかったので、私も急かした。
「どこ? どこにあるの?」
「尻だ! 尻に青い紋章があるんだ!」
「それって蒙古斑なんじゃない?」
「きょっ……、今日、学校帰り、家に来ないか!? そっ、そこで見せてやる!」
「いいから早く行こう」
私は早く行けとばかりにグリフォンちゃんのお尻を叩いた。
「パァー!」と一声鳴くと、ようやくグリフォンちゃんが飛び始めてくれた。校門の近くまでひとっ飛びだ。私は天然寺くんの腰に掴まって飛ぶ。うん、風が気持ちいい。ゴーグルを目に装着すると天然寺くんはちょっとカッコいい。
電線に止まったカラス達がびっくりしながら私達を見送った。私達、カラスから見たら恋人同士とかに見えてるのかな?
ま、それもいいかな。