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4.白銀の魔獣は年下の召喚術師に飼われたい

弦楽器が奏でる優美な旋律。天井近くに浮遊している、煌びやかな色の発光精霊たちが、その音楽に合わせてくるくる回る。

垂れ幕に掲揚された布には、王家を示す燕の紋章。


流行りの刺繍を全体にあしらった豪華な深紅のローブを羽織る初老の男が、嬉しそうな顔で、銀盆に並べられた蜂蜜菓子をそうっとつまむ。


広間の中央、巨大な鉄鍋でぐつぐつと肉が煮込まれている。


「来年こそはお任せしたいな、師団長」


正装を身に纏った黒髪の男は、近隣の領主たちへの挨拶を終えたあと、隣で固い表情を浮かべたままの男に目を向けながら、美味そうにグラスを傾ける。


「ご冗談を。無理ですよ……」


周囲の豪華絢爛な内装や顔ぶれを落ち着きなく見回しながら、肩をすくめる『銀の杖』の師団長トップ


白亜の螺旋階段を、黒衣の男性が降りてくる。彼の姿を見とめて、周囲の男女が一様に歓談をやめ、こうべを垂れた。

左肩から下がる、長い片掛外套ペリースが揺れる。左のこめかみに埋め込まれた青い宝玉が、蝋燭の明かりに輝く。綺麗なブロンドを丁寧に撫でつけた長身の男は、真っ直ぐにジルヴェナへと歩み寄る。対面にたたずむ黒髪の男に気づくなり、周囲は何事もなかったかのように談笑が戻り、人の波がゆっくりと遠ざかる。


訳知り顔の師団長が「武器商人たちと話をしてきますね」とジルヴェナに耳打ちするなり、さっと人混みに消える。

ジルヴェナはゆっくりと鼻から息を逃し、空になったグラスをかたわらのテーブルに置く。


「登城ご苦労、愛しき・弟よ。『杖』の活躍は聞き及んでいるよ」


「……声を抑えたほうが、よろしいのでは」


「何度も言わせるな。みんな知っているんだよ、知らないふりをしているだけで」皮肉げに笑うブロンドの男。「ああ。先日の、『商会』の残党の件、世話になったな」


「あの炭鉱、無事操業再開できたとのこと、何よりです」ジルヴェナはさっと低頭する。「私どもは農家からの依頼で、農地の被害を減らしただけですし」


ああ、と黒衣の男は得心いったかのようにうなずく。「なるほどな。私は炭鉱を守れとしか指示しなかったものな」


「いえ。もし炭鉱を奪われていたら、今後、もっと甚大な被害が出ていました。軍の動きは的確で、軍長のご判断は正しかったかと」


ジルヴェナの伏せた金の瞳を、黒衣の男は覗き込むように、真意を探るように、じっと見つめる。それからぽつりと言う。


「ときどき思うよ。何故、お前だったんだろうな」傾げた頭の動きに沿って、ブロンドの髪がさらりと肩を流れる。「まぁ、お前で良かったか。私がそう・・なら、とうに国家反逆で処刑されている」


「……声を」


顔をしかめる黒髪の男の様子に、実兄はくつくつと楽しげに笑って。


「そういえば、お前、血肉に飢えたりはしないのか?」


近くのテーブルに運ばれてきたレアのステーキを、黒衣の袖口が示す。


「……ご期待に添えず」


「そうか。つまらんな。ーーああそうだ、あともう一つ。良い縁談話がいくつかあるんだが、お前、どういうのが好い?」


「……すべて、お断りします」


男はつまならそうに半目になり、唇を尖らせ。「ふぅん。忌み子は兄を差し置いて、市井の者とねんごろというわけか」


「そういうわけでは」


浮いた話を振ったはずが表情の変わらない、実に素直なーー全く王族向きではない実弟を、愉快そうに嗤って、黒衣の男は尊大に腕を組む。「私が命じてやろうか?」


「お断りします」


「手には入るぞ?」


「望んでおりません」


「つまらないやつだ。ああ、今年こそは皇后陛下にも挨拶していけよ」伝承のとおりに『穢れた子』を追放した張本人の名をわざとらしく出してから、黒衣の男は背を向けた。「じゃあな、従属種。でかい化け猫を飼ってくれる酔狂な貴族がいたら、紹介してやるよ」


機嫌よく階段を上っていく広い背中。左肩の片掛外套ペリースが優雅に揺れる。


そこかしこから、和やかな談笑の声。


賑やかな広間の片隅で、黒髪の男は小さく呟く。


「……飼われたいのは、」


***


青と白のローブを着た少年が草の上を歩く。煉瓦造りの建物の前で立ち止まる。

唇を引き結んだ少年が、祈るような目をして、一つの窓を見上げた。


風が通り抜ける。足元の草と、少年の髪とローブとを揺らす。


ローブの下から取り出した、黒い小さな立方体を半透明の球体に押し込む。途端に勢い良く吹き出す白い蒸気。

短い木の杖を構える。周囲に満ちた蒸気が濃い紫色に染まっていくーー


窓の内側で、深紅のカーテンが大きく揺れた。

両開きの窓が、勢い良く開く。


「うわぁああああ」


わめき声を上げた黒髪の男が窓枠に飛び乗って、一切のためらいなく蹴る。コートの裾が大きくひらめき、ーー青白い光が通った跡から、人型が失せ、白銀の毛並みがぶわりと現れる。


執務室から身を投げた銀獅子は、地上の少年の上に乗っかって、一緒に草地に倒れ込む。草葉の露がローブにゆっくりと染み込む。


「だ、騙したわけじゃなくてぇええ」ぐずぐずと泣きわめく白い獣に、


「はいはい」飛び込んできたふわふわの毛玉をしっかりと抱きかかえて、その丸い頭部を撫で回す少年。白銀の尻尾がゆらゆらと揺れる。


ていうか、と少年がちょっと気まずそうに言う。「前から知ってましたよ」


獣がぴたりと動きを止める。「うっそ」金の瞳から大粒の涙があふれる。「な、なんで」


そりゃ、と少年が言う。「そっくりじゃないですか。俺に構うのって貴方くらいだし、こいつらのことめちゃちくゃ睨みつけてるし、」少年の周囲にふよふよと漂っている小さな召喚獣をつつく。「目の色も同じだし。召喚しない日が続くと、必ず会いに来てくれるし」


獣が恥ずかしそうに視線を左右に泳がせる。少年は口をつぐむ。


互いの息がかかりそうなほど近くで、少年の鼻先と、銀獅子のつややかな鼻先が愛おしげに触れ合う。

獣の鼻先に、少年が唇を寄せた。


ぐるぐる喉を鳴らしながら首の周りの毛を少年のほおに擦り付ける獣に、少年が言う。


「あの、無理だったら良いんですけど」


「なぁに」


「その、人型のほうでも、こういうの、ってダメですか」


「……良いの?」


「おわっ」獣の巨体が少年の腕からパッと消えーーヒトの男の逞しい腕が、少年の背中に回される。


少年の肩口で、感涙にむせび泣いているらしい頭部がぷるぷると震えている。長く息を吐く音。「こっちの私は、嫌われてると思ってた……」


「まさか。その、緊張してただけです。すごく」少年は気まずそうに鼻先を掻く。「あと、からかわれてるのかな、とか」


「あー、一番最初に召喚されたときは、確かにそうだったな」


笑いながら顔を上げた男は、すっかりいつもの調子を取り戻していてーーそれでも少し恥ずかしそうに笑う。


少年の手が、男の頬をするりと撫で、ひたいに触れ、前髪を掻き上げる。

黒髪の根本にわずかに見える銀髪。


やっぱり、と少年が微笑む。「毛の色も同じ」


互いの息がかかりそうなほど近くで、少年の鼻先と、男の鼻先が愛おしげに触れ合う。

男の鼻先に、少年がそっと唇を寄せた。

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