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2.回廊の総帥

青い空。

石塔の屋根の上でたなびいている旗には、木の杖と銀の杖をかたどった紋章が描かれている。


蜜柑色の素焼き瓦の隙間を這う、鮮やかな緑色の蔦と卵型の葉。ぽつぽつと咲く、紫色の小さな花。


ローブをまとった少年が、屋根のヘリに腰かけて杖を構えている。昼下がりの日差しに、ローブの、青と白のコントラストが映える。

少年の周囲を、試行召喚に使われた数匹の小さな魔族たちが、ぷうぷうと鳴きながら跳ね回っている。


杖の先からあふれた赤い光と青い光が、ゆっくりと混じり合い、やがて半透明の球体を形成した。


と、階下から吹き上がる風。

風は葉を揺らし、花弁を空に飛ばし、少年の手元にあった半透明の球体を舞い上げた。

慌てた声を出して、少年が手を伸ばしーー

ーー球体は、回廊の欄干を超えたところで、銀色の杖にポンと当たって止まった。


「へぇ、これーー水魔法と火魔法、なるほど蒸気か。また面白いもの考えつくね」


回廊の中央。黒髪の長身の男が、球体を覗き込むなり目を輝かせ、くつくつと楽しげに笑う。


ほっと息をついた少年は、即座に顔を引き締め、杖を置き、頭から制帽を取って一礼。堅苦しい挨拶に片手をひらひらと振って返して、欄干に腰かけた男は、銀の儀仗で半透明の球体をポンと弾いた。弧を描いて上空を通って、球体は少年の手元に戻る。


大人しそうな、従順そうな顔立ちとは裏腹に、支給された青と白のローブを「動きにくいから」という理由だけで勝手に仕立て直した少年は、短く礼を言った。


銀杖で肩を叩きながら、男が目を細める。「石炭いらず、蒸気缶いらず、か。画期的だな」


「まだ不安定ですし、長期保存できませんし、魔術師にしか扱えませんけど」


「ふぅん。蒸気屋の作った蒸気を閉じ込めることは?」


「魔法由来の蒸気とは親和性が違うみたいで」


「そうか」


真剣な表情で何やら考え込み始めた黒髪の男を、少年は黙って見つめる。

日差しのさしこむ回廊にたたずむ、浮世離れした美丈夫の、彫りの深い顔立ち。


左のこめかみに埋め込まれた金属製の皮膚飾りは、実は王族なのでは、という噂の論拠として、たびたび術師たちの話題に上がる。王族の証ーー左のこめかみに埋め込まれた宝玉ーーを取り外した台座部分なのでは、という噂だ。


数年前、この街にふらりと現れ、魔術師や召喚術師たちを集めて、あっという間にこの自警組織『銀の杖』を作り上げてしまった、街一番の魔術師・ジルヴェナ。

当時ーー弱冠16歳。今の少年と同じ年齢だ。

2年前、少年がここに入った時にはすでにトップの座を退いており、侍従をはべらせ自由気ままに暮らす今の姿しか、少年は知らないが。


回廊の先から歩いてきた壮年の男女が、ジルヴェナの姿を見つけるなり、にわかに緊張した顔で素早く寄ってくると、型式ばった挨拶の口上を述べる。ぱっと顔を上げた男が穏やかな笑みを浮かべて短く応じると、二人はきっちりとした礼をして、足早に回廊を去っていく。屋根の上にいる少年の姿には気づかないまま。


小さな召喚獣たちが、ぷうぷう鳴きながら屋根の上の守護獣の彫刻に齧り付いている。男の、金の瞳がそれをチラと見る。少年の手が半透明の球体に黒い立方体を押し込み、さっと杖を振る。守護獣の頭や尻尾にひっついていた獣たちが次々に帰還する。


「あの、『総帥』、」ローブの下に杖をしまいながら、少年が言う。


「やだなぁ、ジヴと呼んでよ」


「『総帥』。ひとつ、お聞きしても」


「はいはい。なんなりと」目を伏せて悠然と微笑む男。風が、黒い前髪を巻き上げる。


「召喚獣って、望んで、こちらの世界に来てくれてるんですよね」


「召喚術は私の専門ではないけれど」黒髪の男は、銀の杖で肩を叩きながら、眩しそうに青空を見上げる。「そうだね。以前、人語を解する魔族から、そう聞いたことがある」


「そうですか」


「どした。銀獅子ヒュードは、手に余る?」


「いえ」


風が、蔦と葉を揺らし、小さな花弁を空に飛ばす。


そういえば、と黒髪を風に揺らしながら、ジルヴェナが少年に言う。「今日、召喚隊は花見って聞いたけど?」


「……自由参加なので」


そうだっけ、と男は首を傾げる。


少年の視線がするりと明後日の方向へ。屋根の下、杖を構えて火魔法の自主練をしている新入りの魔術師たちの様子を瞳に映しながら、小さく言う。

「規律が乱れますよ、『総帥』が、奇をてらってばかりの下っ端ばかり構っていると」


「おかしいな、そんな規律作った覚えがないなぁ」肩を揺らして笑う男。


と。

遠くから、『総帥』を呼ぶ侍従たちの声が聞こえる。ジルヴェナが欄干から腰を上げ、侍従の声の方向を指さす。


「それにね、既存のルールなんてのは破るためにあるのさ。探究、大いに結構。何を恥じる必要がある?」


男は、けらけら笑いながら颯爽と歩き去る。カツカツと硬質な靴音が遠ざかる。

長い黒髪の間からあふれた魔力のかけらが、昼下りの日差しにまたたく。


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