神様の願い。
クロさん視点です。
すうすうと寝息が聞こえる。
俺は、そっとたえの側に行く。
・・・さっき、ずっと黙っていた事を話した上に、キスまでしてしまって・・、
冷静にならなければ・・と思って一度部屋を出た。
もう一度見に来たら、たえは寝ていて・・ホッとして息を吐いた。
ずっと見てた・・。
ただ一方的だ。この想いも。
だから、急に助けたい・・とは言え、一方的にこちらへ連れてきてしまった引け目もあるし、黙っていようと思った。
言ったら、もう止められないのはわかっていた。
触れたら、もう無理だと思っていた。
だから、見てるだけ・・ずっとそう思ってたのに。
「・・・会いたかったんですか・・?」
そう聞かれた時、胸が軋んだ。
会いたかった。
あのたった数日・・、嬉しそうに俺を見て笑ってくれた笑顔に。
もう会えないと告げた時、泣いてくれた・・小さなたえに。
ずっと疎まれていた自分にとって、たえは泣いたり、笑ってくれる大きな存在だった。
人間の記憶はすぐに消える。俺よりもずっと早い速度で老いて、死ぬ。
そんな事、わかっていたのに勝手に好きになって、勝手に見守っていた。
知ってほしい。
知られないようにしなければ。
二つの想いがせめぎ合っては、言葉にならず・・。
できる限り黙っていないと、どうにもできない・・こんな奴に好かれたって、迷惑なだけだ。
目を覚ましたら、トトに言って別の神殿へ送ろう。
ここよりはもっと自由に動けるし、俺を見なくて済む。
せめて、そこで幸せに生きていって欲しい。
時々、顔を赤らめて自分を見てくれるたえの瞳に、どこか期待してしまう気持ちも今日までだ・・。
小さな手を握るのも、
尻尾を手首に巻きつけて、ずっと側にいて欲しいと思うのも。
笑いかけてくれる笑顔を見るのも。
小さく息を吐いて、そっと頬を撫でる。
全部これで終わりにする。
「・・・好きだ」
その一言を、できれば覚えていて欲しい・・
小さな望みさえも終わりにするために、そっと部屋を出た。
最後に、たえの顔を見るだけ・・そう思って花畑に行った。
・・・・未練タラタラなのはわかっている。
もう、こればかりは仕方ない。
そっと側に行くと、ククは、・・・俺の瞳と同じだから連れて行きたいと話すたえに、ドキリとした。
・・・こんなの、虫のいい話だ。
空耳だ・・そう思おうとした。
俺の耳を撫でたら、喉が鳴るのかな・・って聞くたえを見て、胸の音が暴れ出す。
なんで、お前はそう・・人の心をかき乱す・・。
たえは、自分の気持ちがわからない・・
だけど、離れるのは嫌だと呟く。
・・・なぁ、ちょっとは期待してもいいか?
側にいてもいいか?
そう思って、そっと後ろへ近付く。
会わないように、顔を見ないようにしないと、きっともう手放せないと、もう一人の自分が警報を鳴らすように言っているけれど、体は言うことをきかない。
「・・・・・・クロさん、会えなくなっちゃうのやっぱり嫌かも」
無理だ。
もう無理だ。
絶対、手放さない。
ずっと見てたんだ・・。
ずっと好きだったんだ・・。
そう思ったら、抱きしめていた。
嬉しいのと、もう止められない気持ちを、必死に堰き止めないと暴走してしまいそうで、抱きしめるけれど、顔がまだ見られない・・・。指先が馬鹿みたいに震えているのを、気付かれないといいな・・と思った。
たえの言葉に、なんとか返事をするけれど、胸の音がうるさくて仕方ない。
「・・・もし良ければ、ここにいるの・・ダメでしょうか?」
・・ここを離れるのがむしろダメだな・・。
そう思ったけれど、声にならない。
言葉が、出ない。
もうずっと会えないと思っていた。
きっと大人になって、誰かと恋をして、結婚して、俺は記憶のカケラにもならない。
ずっとそう思っていた。
それを覚悟して、ずっと想っていた。
腕の中にいるたえは、俺にとっては奇跡だ。
神なのに・・、奇跡とか笑えるが。
耳をそっと触るたえに、愛しさしかなくて・・もっと撫でて欲しかったけれど・・。
「く、クロさん・・・?あの、」
たえの顔を見たら、キスしてた。
下唇を、そっと舐める。
これは俺のだ。じっと、たえの瞳を見た。
「ずっとここにいろよ」
手放す気持ちは、とっくに何処かへ飛んでいった。
今はたえを腕の中に閉じ込めておく事にした。




