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際音 後編

※この小説は非常に暗い内容が含まれます。

気分を害される事があるかもしれませんので、ご注意ください。

自然流産・水子・オカルト・霊現象などの単語、示唆する内容が含まれます


学校へ行けば、喧騒に一瞬今朝の禍々しい夢を忘れる事が出来た。

だが、元凶はここなのだ。

もうできるだけなら係わり合いにはなりたくない。

案外怪異というものは、時折突然やってきて、係わらない時もあるから。

だから私はそう願った。

何事もなく、私の傍を通り過ぎて。

窓から差し込む、弛んだ光も、全部昨日の悪い夢を忘れさせる薬になった。


つまらない授業も、いつもは辛い運動場での時間も、この日は少しだけ気を楽にする。


「カリ」


だからその音を聞いた時、私の心臓は随分と跳ね上がったに違いない。

続いて何かが倒れるような音がして、私はようやくそれが昨日の音でないときがついた。

誰かが倒れたのだ。

私は慌てて振り返った。

綾香の顔が見える、丁度彼女の前の席の子が倒れたようだ。

確か「赤瀬 千穂」といったか。

余り喋らない大人しい子だった気がする。

とはいえ、自分自身クラスメイトと、親しい交際をしている子自体が少ないのだけれど。

「千穂!」

驚いたように立ち上がる音、先生の駆け寄る音、誰かが彼女の名前を呼ぶ音、それに混じって小さく響いた音。

私は聞いてしまった。


「カリ」


やっぱり何かを引っかくような音だった。


「カリカリカリカリカリカリカリカリ」


教室に居る全員の視線が「赤瀬千穂」に集まっている。

音は真後ろから聞こえた。

何処か生臭い匂いが、した。


「誰か保健室の先生を呼んできて!先生は赤瀬さんについてるから。」


カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ


早い音ではない、断続的に弱弱しく続くような音。

昨日の夜感じた総毛立つような感触が背中を伝う。

感じていない、見てもいない、聞いても、いない。

思い込もうと「赤瀬千穂」へと視線を、視線を、ほんの少し視線が落ちた教室の床に、それは居た。


黒い闇から小さく覗く、小さな小さな掌。

それが何かに食まれていた。

悲鳴を上げそうになる。

だが、声は出なかった。

指先が、自分の上履きをつかんでいるのに気がついたからだ。

爪が上履きにひっかかり、カリ、と音を立てた。


「ミヤちゃん?!」


立ちすくむ私に何かを感じたのか、綾香の声だった。


「綾香…居た、でしたよ。」

綾香が目を見開いた。それからすぐに心配するような表情に変わったのを見て、私は首を振る。

大丈夫、大丈夫だから、と繰り返した。

既に足元に気配はない。


「綾香、居た、でした。」


あれは本当に小さな手のひらだった。


暗い闇の中に彼女は居た。

闇、といっても、まだ帳は下りたばかり。

空の向こうには夕焼けの証が残っている、そんな暗闇。

でも、そこは真っ暗に見えた。

真っ暗で、真っ暗で真っ暗で。


「そんな所に、居たでしたね。」


その声に彼女は振り返る。

「大丈夫?そんなところに居て。」

平気、応える彼女の声は細い。

何より倒れたばかりなのだ、体調もよくないだろう。

それなのに、なぜこんな、夕闇の中に校舎裏に彼女は居るのか。

答えは一つしかない。

「埋めても、埋めても出てくるの。」

言葉に芯はなかった。

揺らいで、揺らいで吐き出された答えは、多分、今まで彼女が抱えていた、暗闇そのもの。

「埋めても、埋めても埋めても埋めても埋めても音がするの。あの子がだして、だしてって、音がするの。」

私には見えていた。

彼女の後ろにあるものも、その、正体も。

「おろして、ないでしょう?」

「でも!アタシが殺したの!あの子は死んでしまったっ。知らない内に宿って、宿ってて死んじゃったの!アタシが知らなかったから、アタシが、アタシが…っ」

カリカリカリカリカリカリカリカリ。

耳の奥に響く、湿った音は、骨が食まれるような、そんな身の毛もよだつものだった、だけど、それは、その手が必死に母親を掴もうとしている、子供の手だと知ったとき、私は、もう怖くなくなった。

泣き崩れる彼女の後ろで見ているのは、アァ、彼女の子供だ。

自然に流産したのだろう。

彼女は動揺した。自分が妊娠しているなど、知らなかったからだ。

そして、壊れてしまった。普段なら人間が踏み越えない一線を、彼女は越えてしまった。こんなところに赤ん坊を産めてしまうほど。

まだ人間と言える形が見えないほど、小さな、その子を。

「おなかが急に痛くなって、気づいたら、血まみれで、怖くなって、アタシ必死に埋めたの!許して、って許してっていって。なのに、なのに。」

怖かったの、怖かったの、と泣きじゃくる彼女はただ細い。

「知ってたら、助けられたかもしれないのに、アタシ知らなかった。知らなかった。」

うらんでるよ、うらんでるのちがいない、言葉はさらに細る。


「憎んで、居ませんよ。」


伝えるものだと、言われたことがある。

だけれどもその力は、人の世界では奇異。

忌み嫌われるかもしれない、異端だとはぐれるやもしれない。

だから、此方へ来ないかと、誘われた。


でも私は。

伝えるものならば、伝えようと思うと、そう、告げた。


「抱いてって、お母さん、抱いて、って。」


小さな手は、ただ母親に抱きしめて欲しかった子供の手。

小さな音は、母親を愛して愛してやまぬ幼児が唯一、残せた音。

抱いて欲しいと、ただそれだけを伝えたいが為に、怪異を起こしていた小さな魂。


「今度は抱きしめて、ね。お母さん。」


言葉を伝えることは、つらいときもある。

だけれど、それは死者の言葉を聴くことの出来る自分の役目。


「…赤瀬さん、学校辞めちゃうんやないか、っておもてた。」

そんなに弱くないよ、と私が笑うと綾香は不思議そうな顔をした。

何処か可愛らしい表情に、手を伸ばして鼻を掴む。

これから彼女がどう生きるのか、それは私にはわからないけれど、きっとあの子に恥じない生き方をするのだろう。

彼女はしっかりとあの遺体を引き取った。

一年上の彼氏との間に出来た子供で、そもそも高校をでたら結婚をするつもりだったらしい。彼女は、3ヶ月学校を休んだ。

その間に何があったか、私は知らない。

だけど、休みが明けて学校へ出てきた彼女は、見違えるほど強くなっていた。

何を感じ、何と戦ったか、それはわからないけれど。

「ミヤちゃん、離してぇ」

綾香の声に私は笑って手を離す。

鼻を押さえて、拗ねたように口を尖らせる彼女に私は笑って応えた。

「母は強し、です。」

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