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際音 前編

※この小説は非常に暗い内容が含まれます。

気分を害される事があるかもしれませんので、ご注意ください。

自然流産・水子・オカルト・霊現象などの単語、示唆する内容が含まれます。

音がする、耳の傍で、横で、隣で。

あぁ、これは。


ほんの少し前の話。

たいしたことないといわれればそれまでだけれど。


「ねぇねぇ、ミヤちゃん。」

秋音の声が耳をついた。

今は授業中だったかな。

私は少しぼんやりしていたようで、一つ息をついたあとに秋音のほうを見た。

潜めたような声が、やけに耳に残る。

もう高校生にもなるというのに、何処か小学生じみた、幼い印象の彼女は実に楽しそうに口を開いた。


「知ってる?あの話。」


景色が途切れるような感覚を受けて、私は瞳を瞬かせた。

あぁ、そうか。

薄い黒い陰が秋音の後ろに見えた。

彼女のイメージ。


「もちきりなんだよ、今。皆でね、今度見に行こうって」


やめておいて。

「やめたほうがいいの、ですよ。」

やめて、声まで、聞こえちゃう。



「またそんな風におちこんどるん?」

綾香が少しだけ笑ったような声で私に尋ねた。

「ミヤちゃんは、見すぎやねん。」

優しい表情の彼女は、本当に柔らかい猫のようだ、と思う。

仕草の柔らかさがそんなものを連想させるのか。

わかってる、と答える代わりに私は息を吐く。

教室の窓から入る光がくっきりとした色を机に刻んでいるのを指先で追いながら、さらに息を重ねた。

「もぉ、そんな風にされたら、あたしかって、困るやん。」

そんな事分かってる。

「わかって、います、でした。」

上手く言葉にならなくて、私は唇を噛む。

小さい頃からそうなのだ。喋る言葉、喋る言葉、きちんとした言葉にならない。言いたい事が全て伝わらない。

小さい頃に何があったわけでもなく、ずっとそうなのだ。

言葉と思考が空回りする。

かみ合わないのだ、考えている言葉と、口から零れる言葉が。

「…わかってるよ、あたしも。」

小さな頃から一緒にいた綾香だからこそ、私が喋らなくても何を言いたいのか理解してくれる。

だから、さっき感じたそれ、も、理解してくれていたのだと、私の感じた、あの音。

「でも気にしても、ミヤちゃんにはどうしようもない話やろ?」

わかっている、わかっているけど。

夕闇の迫って赤く染まる教室の中で、私はまたもう一度ため息を吐いた。


私には何かが見える。

それが何かは小さい頃わからなかった。

だから理解した時は自分を疑った。


人に見えない何かが自分には見える。


それは音で、影で、様々な形を持って現れる。

聞きたくなくても、見たくなくても、感じたくなくても。


信じてくれたのは、綾香だけだった。

理解してくれたのも、彼女。

それも、随分と大変な出来事を経ての話だったから、当たり前の事かもしれない。

「あるよ、でも居るの。大変なの、このまま、ではいけません、でした。」

綾香が困ったように首を傾げる。

「それって流行ってる話のコトでしょ?」

言葉に私は頷く。


学校に流行りだした「お話」

何処の学校にでもあるといえば、ある話だ。

所謂「怪談」


綾香の長い黒髪に指先を伸ばせば、絡ませて軽く引っ張る。

いいにおいがした。新しいシャンプーに代えたのか。

そんな事を考えながら私は「怪談」に想いを馳せた。


「ノックをする音が、するの」


そんな話が流行しはじめたのはつい二ヶ月程前の事。


最初はダレもいない理科室でノックの音が聞こえる。

それだけの話だった。

いつの間にかそれが、膨れた。


「ノックの音」

「歩いている、足音」

「滴るような水音」


音、全部、かかわって音。

全て音。

姿を見たものは誰もいない。


残るものは「音」


たった二ヶ月の間に膨れ上がった怪談は瞬く間に全校生徒の間に流布した。

情けないぐらい、尾ひれをつけて。

膨らんだ怪談はいつの間にか音だけではなくなっていたけれど。

私には音が見えた。

はっきりとした姿を捉えることは出来なかったから、やっぱり根源は「音」なのだと思う。

原因はわからない。

だけれど爆発的に広がった原因と、音の正体があるはずだ。


係わり合いに、なりたくない。正直な話。

だけれど、きっと望む望まないに係わらず、きっとすぐに傍に来る。


「ミヤちゃん、そんな気ぃおとさんと?」

綾香の髪で遊ぶうち視線を上へとあげた。

小さく頷いてから、安心させるように微笑めば、沈みがちだった綾香の表情がゆるいだ。

「出来るだけ、係わり合いにならんよぅにしようねぇ」


あぁ、それが願いでなくて、現実だったのならいいのに。


暗がりが、怖い。

私は思う。

髪が長いとその分、何かが見えると聞いて、腰まであった髪を短くきった。

それでも見える事は止まらなかった。

聞こえることも、感じることも、その全ても。

だからこそ、避けれるものではないとわかっていたけど。


「カリ」


夜の真っ暗な部屋の中で、私は確かに音を聞いた。


「カリ、カリ、カリ、カリ」


何かが隅を引っかくような音だ。

闇、暗闇。

目を開けても何も見えないような暗闇に、確かに音は響いていた。

何の、音だろう。

遠くに聞こえるそれは、少しの間をあけて、止んだ。


「カリ」


間近で聞こえた。


「カリ、カリ、カリ、カリ、カリ、カリ、カリ」


引っかくような、啄ばむような。

私は心臓をわしづかみされたような感触を覚えて胸元を掌で掴もうとしたが、手は動かず、ただ震える。

耳の間近で聞こえる音を圧迫する程、心臓の音が大きく聞こえる。

背中の奥底が冷え、厭な汗が全身を包む。


目が、覚めた。


なんという、すがすがしくない目覚め。

それは夢か、現なのか。

起き上がって掌を見る。

確かに自分の掌だった。余りにもリアルな、音。

そう、音。

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