夢みっつ
仮眠から起床する。
外はまだ薄明るい。スマホで時間を確認する……18時17分。
あれ、最後に時間を見たのが18時15分だったから、ほとんど寝てないじゃないか。
それにしては濃厚な夢を見たものだ。
夕飯をどうしようか考えながら寝室を出て、PCの前に座る。
お茶かコーヒーでも飲みたいなぁ。そんなことを考えているとキッチンからジュッと音がする。
ガスコンロのグリル部で肉汁が滴った時に出る、あの音だ。
寝る前に何か焼いてたっけ。酷い焦りを感じながらキッチンに通じる扉を開ける。
グリル内では魚の開きが焼かれている。
慌てて火力調整つまみに手をかけ、火を消した。
そして別のことに気が付いた。
コンロの上には鍋いっぱいの味噌汁が、マグマのようにボコボコと沸騰している。
そちらも火を消したところで、恐怖に一歩後ずさる。
魚を焼いた記憶も、味噌汁を作った記憶もない。
昔、朝起きたら八宝菜が出来上がっていたことを思い出す。一体誰が?
パタンと、食器収納の戸が閉まる。
もう一歩、後ろに下がる。何かが居る。目に見えない何かが。
「勘弁してくれ」
思わず声が漏れる。
火事への心配が恐怖を上回る。
どう見ても、これは料理をしようとしている。
だとするならば……ひとつ(ひとり)だけ心当たりがある。
「散歩でもしないか」
誰にともなくそう告げると、俺は玄関から薄暗い外へと出る。
冬の寒さも新しい季節にとって変わられている。
日照時間も長くなっているようで、世界がぼんやりと白い。
あてもなくまっすぐに歩く。ふたりで。
町には人の気配が一切感じられず、歩いているとやがて大きな林に辿り着く。
「なんだか懐かしいな」
伴侶にそう告げて、まだ寒そうな木々の中へと入っていく。
起床する。
夢か。それもそうだ。
あんな現実があっていいはずがない。
寝室を出て、PCの前に座る。
キッチンからは魚を焼いている音が聞こえてくる。
これも夢なのか?
PCに表示された時間は18時19分。外はまだ仄かに明るい。
夢にしろ現実にしろ、まずはツイッターに書き込んでみよう。
靄のかかったような頭で、かろうじてブラウザからツイッターを起動する。
文言はこうだ。
「心霊現象なう。抜け出したらまたツイートします」
「最悪死ぬかもしれない。ごめんなさい」
全てが終わった後、この文章がツイッターで反映されていれば現実。
されていなければ夢と判断できる。
さて、この後どうしようか考えているとキッチンに通じる扉が開いて、女が部屋に入ってきた。
初めて見る女だ。灰色の部屋着に眠たそうな目。
器量の良し悪しで言うとそれほどでもない。どこにでもいるような女だ。
手には食器を持っていて、小さなテーブルにそれらを並べていく。
並べ終わるのを見計らって、彼女の手を引いて抱き寄せる。
目を離したのは一瞬であったが、女の姿かたちが変容している。
器量と愛嬌のある姿になっていた。
「このままではお夕飯が食べられません」
「それは困るな」
惜しみながら彼女を開放する。
せっかく作ってくれたのだ。頂くとしよう。
二対の座布団を敷いて、隣り合って座る。
白米、味噌汁、魚の開き。質素な食事であったが、湯気を立てるその熱がなんだか嬉しい。
テーブルの片隅にはロックグラスと瓶詰めの焼酎が置かれている。
神の河。冷蔵庫に氷の貯蓄があったはずだ。
「もう少しなにかあったかもしれません」
そう言って女が冷蔵庫へと向かう。漬物でも探しに行ったのだろう。
キッチンから軽い調子で女の声が投げられる。
「わたくしのことは忘れて構いませんが、父と母のことだけは覚えていてくださいね」
父は竜神。母は土地の神だったはずだ。
長く難しい名前を教わったが、もう覚えてはいない。
目が覚める。
20時30分。テレビからは懐メロが流れている。
うちにテレビはない。