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第94話「強い心は鍛えた身体に」

 カーテンの隙間から差し込むまぶしい光を顔に受けて、オレは目を覚ました。


 ゆっくりとまぶたを開く蒼空。


 ……朝、か。


 念の為に昨日ログアウトした後、詩織しおりに涙目で連行された黎乃くろのが潜り込んでいないか確認をする。


 幸いな事に、セミダブルベッドの隣には誰かが潜り込んでいる様子はない。


 流石に詩織からは、黎乃でも逃げられなかったみたいだ。


 苦笑をして身体を起こすと、そこは変わることのない安心感のある自分の部屋である。


 これといって特徴のない部屋の机の上には、20本以上のエナジードリンクが綺麗に並んでいる。


 蒼空は軽く手足を伸ばすと、軽く結んで右肩から前に垂らしている綺麗な銀髪を邪魔だと思い、今日は後ろで一つに束ね結んだ。


 いわゆる、ポニーテールという髪型である。


 軽くストレッチをした後に、昨日の事を頭の中で整理して、蒼空は部屋から出ることにした。


 ……いやはや、昨日は〈アストラルオンライン〉の入浴に水着を着用する文化が無ければ、危うく致命傷を受けるところだったな。


 流石に12歳以上の年齢対象ゲームとしての倫理は、守っているらしい。


 蒼空は広い大浴場でクロ達と潜水勝負や、端から端に誰が先に着くか競争した事を思い出して、口元に微笑を浮かべる。


 え?


 オレはどんな水着を着たのか?


 普通に女子が着る露出の高いビキニやワンピースタイプがあったけど、迷わずにフィットネス水着を選びましたとも。


 いやぁ、布地が太ももの半ばまである事の安心感よ。


 布面積が少ない女の子の水着なんて、男として絶対に装備出来ませんわ。


 胸の前で腕を組んでしみじみと思うと、蒼空は欠伸をしながら、階段を1段ずつ下りる。


 下りながら、昨日出会った少女の事を考えた。


 ……ずっと見ていたが、サタナスに関しては、今の時点では何ともいえない。


 アリスに少女に対する村人や警備の人の反応について尋ねたところ、竜人族で肌の色が黒に近いのは、大昔から不吉なモノとして忌避きひされているらしい。


 だからみんな揃って、あんな顔をしていたわけだ。


 実際に竜人族であるアリスも、サタナスに対して少し距離を取っている感じはした。


 とりあえず朝食を済ませたらログインして、竜王のクエストを進めていかなければ。


「竜王のクエストを受けたタイミングと同じ日に、サタナスに会ったのには絶対に意味がある筈なんだ。警戒は怠らないようにしよう」


 独り言を呟いて、一階のリビングに出る。


 するとそこには、バナナと飲むヨーグルトを手に、スポーツウェアを身に纏う詩乃と黎乃くろのと詩織の三人がいた。


「おはよう、弟子」


「おはよー、蒼空」


「お、おはよう、お兄ちゃん」


「おはよ……ど、どうしたんだ三人ともスポーツウェアなんて着て……」


 何だか嫌な予感がしながらも尋ねると、近づいてきた詩乃が、一着のお揃いのスポーツウェアを取り出してオレに手渡す。


 そこで嫌な予感は、すぐに確信に変わった。


 彼女に昔からしつこいくらいに言われていた事を思い出して、蒼空は苦笑いをして後ろに一歩下がる。


「ちょ、ちょっと今日は体調が良くないから、部屋でゆっくりしようかな」


 直ぐに身体を回れ右して、くるっと後ろに身体を向ける。


 全力で逃げ出そうとする蒼空が、足に力をグッと込めると。


「そんな腑抜ふぬけた事、私が許すと思うなよ」


 詩乃は逃げ出そうとするオレの頭を素早く鷲掴わしずかみにして、この場から逃げられないようにする。


 ミシミシと変な音がする頭蓋骨。


 まるでゴリラに掴まれてるかのような握力に、オレは「ぐあああああ!」と苦しみ悶えた。


 当然の事であるが、VRゲームでリアルの身体が鍛えられることはない。


 だからこの握力はゲームとは別に、彼女が常日頃から筋トレを休むことなく継続している証拠だ。


 月宮つきのみや詩乃しのは、以前に雑誌でこう明言していた。


 仮想空間で、最後に重要になるのは技術だけでなく、何事にも折れることのない“心の強さ”だと。


 そして数多の歴戦のプロゲーマー達の名言を記したVRレジェンドメモリーブックにも、こう書かれている。


 最強の不屈の心は、鍛え上げられたもっとも純粋な肉体にこそ宿るモノであると。


 VRゲームプレイヤーの歴代の世界大会の優勝者を検索してみると、そのままリアル格闘技でも戦える猛者もさ達は大半を占めている。


 詩乃は見た目では分からないが、そんな彼等に並ぶ程に鍛えているみたいだ。


「30分後にジョギングを始める。大人しく自分で着替えるか、それとも私に着替えさせられるか、好きな方を選べ」


「……それに断るという選択肢は、ないんでしょうか師匠」


「あると思うのか?」


「スミマセン、言ってみただけです」


 スポーツウェアを受け取った蒼空は、目尻に涙を浮べて、着替えるために洗面所に向かった。





◆  ◆  ◆





 ……アカン、死ぬ。


 ジョギングを終えてシャワーですっきりした蒼空は、そのままリビングのソファーに倒れて動けなくなる。


 疲れの半分は自身の運動不足が原因なのだが、残りの半分は違う。


 走るために家の外に出た蒼空達を待っていたのは、詩乃がリーダーを務めるプロゲーマーチーム〈戦乙女ヴァルキュリア〉のメンバー達だった。


 構成メンバーの全員が10代後半から20代前半の若い外国人で、みんな雑誌で何度も見たことがある容姿端麗の美人達だ。


 彼女達は合流するなり蒼空と詩織を囲って、黄色い声を上げた。


 どうやら〈リヴァイアサン〉戦で彼女達はオレのファンになったらしい。


 オマケに黎乃がベッタリで笑顔を浮かべて「パートナーなの」と言うものだから、それが以前から彼女を心配していた〈戦乙女〉の琴線に触れて、みんな道端で大号泣。


 近所の人達や側を歩いていた通行人も、異国の美人さん達が大粒の涙を流すものだからびっくりである。


 見守っていた詩乃も、このままではスケジュールに影響が出るとのことで、皆を一度その場で一喝した。


 〈戦乙女〉のメンバー達も、詩乃には頭が上がらないのだろう。


 みんな直ぐに涙を引っ込めると、慌てて整列して走る準備をした。


 それから直ぐにジョギングを開始して、一時間くらいかけて詩乃が考えたコースを2週。


 オレ達は詩乃が購入して、現在〈戦乙女〉達が住んでいる家に誘われて、大人数で朝食を取ることになった。


 その際に黎乃との事やら、どうやったらそこまで強くなれたのか聞かれたりしたが。


 超クソゲーとカテゴライズされてる、有名な数々のゲームタイトルを口にして。


 これを全てクリアしたら強くなったと口にすると、みんな揃ってオレに対して「クレイジー」と言ってドン引きした。


 そして朝食を終えて、家に戻ってきて肉体的疲労と精神的疲労のダブルパンチを食らった蒼空は、フラフラした足取りで脱衣場に。


 慣れた目隠しをしてシャワーで汗を流すと、そのままソファーに直行して突っ伏した。


「お兄ちゃん大変だったね」


「やっぱりリアルは苦手だよ……」


 ため息を吐いて、蒼空は身体をゆっくり起こすと、妹の詩織から水が入ったコップを受け取る。


 一気に飲み干して一息つくと、蒼空は彼女に礼を言った。


「ふぅ、ありがとう。それじゃそろそろ行って来るかな」


「お昼ごはん頃には戻ってきてね。詩乃さんと黎乃ちゃんも、こっちに来るって言ってたから」


「おう、分かった。出来る限り進めて、イベントが始まる前にはクエスト終わらせたいかな」


「むぅ……ユニーククエスト羨ましいよぉ」


 現状の全ての説明を聞いている詩織は、二度目のユニーククエストをプレイしている蒼空に対して、心の底から羨ましそうな顔をする。


 オレは苦笑すると、彼女の頭を撫でてこう言った。


「今回はレベル制限があるからな。次は一緒に参加できるように、今はレベル上げを頑張るしかない」


「むむぅ、今回のイベントが終わったらレベリング手伝ってよね」


 ムスッとした顔をする詩織は、蒼空の手から空になったコップを奪い取る、


 蒼空は苦笑すると立ち上がり、


「ああ、分かった。約束する」


 と言って〈アストラルオンライン〉の戦場に戻る為に、自室に向かった。

 

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