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第84話「イトコとハトコ」

 翌日の7時に起床した蒼空は、妹の詩織と二人で、すぐに作業に取り掛かった。


 先ずは昨日まで溜め込んだ燃えるゴミの入った重たい袋を一つ、オレが両手で持って息を切らしながら近場の回収所に走る。


 その際にすれ違う近所の人達からは「あんな可愛い子いたかな?」と首を傾げられたが、そこは全く気にしないでスルーした。


 ゴミ捨てのミッションを終えると、真っ直ぐに家に戻った蒼空。

 次は道具を使ってき掃除を妹と二人でおこなって、目のつくところにあるものは、全てホコリ一つ残さないように綺麗にした。


 昨日の洗濯物は全て洗濯機を回して、終わると次に乾燥機に入れて処理して、最後にはキチンと畳んで自分達の部屋に持ち帰る。


 自室のゴミ箱に山積みになっているエナジードリンクは、今日は回収日じゃないので見なかったことにして放置。


 多分オレの部屋に入れる事は、無いとは思っての判断だ。


 これで掃除は完了。


 次は流石にお客様を、寝起きしている姿で迎えるわけにはいかない。


 ある程度の作業が終わると、次にやるべきことは自分の着替えである。


 オレは何を着るか悩んだ後に、結局いつもの七分丈のパンツと半袖のTシャツに、いつでも髪を隠せるようにフード付きのパーカーを羽織るだけにした。


 髪は邪魔なので、サイドに寄せて軽くまとめて結ぶ。

 いっその事、肩から下をバッサリ切ってしまいたい衝動にられるが、それは以前に詩織から全力で止められている。


 理由は身体の一部を切ることで、何らかの悪影響が出た場合に、取り返しがつかないからだ。


 だからこの身体で、下手なことは一切しない事を、妹と二人で話し合って決めた。


 姿鏡に映る、すっかり見慣れてしまった白銀の髪と碧眼の少女となった、現在の自分の小さな姿。


 戸籍や写真には、ちゃんと男子高校生だった時の記録は残っている。


 冴えない黒髪の少年から変わり果てた今の自分の姿を見て、蒼空は軽くうつになる。


「はぁ……胃が痛くなってきた」


 二人共、オレがリアルでも性転換している事を、まだ知らない。


 だから会った時に、彼女達がどんな反応をするのかは分からない。


 胸の中に渦巻くのは、ゲーム内と同じで変わらない関係でいてくれる事を願う思い。

 それと、もしかしたら避けられるのではないかという不安感だ。


 希望と絶望、二つの相反する思いが一つの身体に入り混じり、蒼空はかつてないほどに頭の中がグチャグチャになる。


 正直に言って、今すぐにVRヘッドギアを装着して〈アストラルオンライン〉の仮想世界に逃げ出したい気分だった。


「でも今回は、逃げるわけにはいかないんだよな……」


 大きく息を吸って、吐き出す。


 深呼吸をした蒼空は、落ち着かない気持ちを胸の奥底に無理やり押し込めると、おぼつかない足取りで一階に下りた。


 今回は徹底的にやったので、廊下も階段もくタイプのワックスシートを使って、顔が映る程にピカピカに輝いている。


 別に掃除をちゃんとやっているのか確認に来るわけじゃないので、正直に言ってここまでやる必要はない。


 強いて言うならば、自分が少しでも気を紛らわせるための行為だ。


 こんな情けない思考の持ち主が、アストラルオンラインでは最強の冒険者だと言われているのだから、人は見た目では分からないものなんだなと思う。


 自嘲じちょう気味ぎみに笑ってリビングに出ると、そこには既に詩織がいた。


 彼女は流石の女子力で、肩を出したデザインに長い丈の青いワンピースを着て、どこのお嬢様ですかって感じだ。


 自分の妹であるが、贔屓目ひいきめなしに見て、素直に可愛いと思う。


「すごい綺麗にしてるけど、それは流石に気合入りすぎじゃないか?」


「ううん、これくらい気合入れないと。だって今日は、いよいよお兄ちゃんの性転換が私とキリエさん以外に知られる時なんだもん」


 両手に握りこぶしを作り、気を引き締める詩織。


 よく見ると、その手は少しだけ震えている。


 ……オレ以上に、おまえが気合を入れてどうするんだ。


 ツッコミ所満載の妹だが、ガチガチに緊張するほどにオレの事を考えて、真剣に思ってくれている。


 実の妹だが、本当に優しい子だなと思う。


 彼女を見ていると、何だか先程の暗い気持ちがどこかに消え去り、少しだけだが心が軽くなった気がする。


「ありがとう、詩織」


「お、お兄ちゃん?」


 軽く頭を撫でて、感謝の気持ちを伝えると蒼空は口元に微笑を浮かべる。


 さて、妹が見ているのだ。


 兄であるオレが、いつまでも怯えているわけにはいかない。


 何せ自分は、アストラルオンライン最強の付与魔術師であり、冒険者なのだから。





◆  ◆  ◆





 時刻が12時になると『ピンポーン』と音が鳴り響く。


 流石は詩乃、約束した時間にピッタリとは相変わらず恐れ入る。


「お兄ちゃん、行ってくるね」


「ごめん、頼む」


 いきなり、問題のあるオレが出るわけにはいかない。


 両者に不要な混乱を招かないように。


 そして、スムーズに話ができるように。


 緊張した面持ちで、家の中に招くことを任された詩織がインターホンに出ると、玄関の前にいる相手と挨拶をする。


『こんにちは、詩織。リアルでは、久しぶりだな』


 それは現実世界では、実に5年ぶりに聞く詩乃の落ち着きがあって、優しさを含んだ声。


 やはりリアルだと、仮想世界で耳にするよりも少し違って聞こえた。


 具体的にどう違うのかは、詳しく説明することができないのだが、あえて言うのならば、リアルの方は言葉と雰囲気がマイルドになっている感じだ。


 そういえば5年前に、彼女自身が言っていた気がする。

 仮想世界で自分は、気が引き締まって普段よりも少し厳しくなると。


 まぁ、詩乃の場合はプレイするVRゲームは基本的には対戦ゲームばかりなので、そうなるのは仕方のないことだと思う。


 少し驚いたような反応をした後、妹は一瞬だけ此方を見ると、何かを言おうとした後に口を閉ざして、玄関の方に歩いて行った。


 気になる動作だったが、そこまで思考を巡らせる余裕は今のオレにはない。


 それよりも詩織が玄関の扉を開けに行った事で、ご対面する事に頭の中がいっぱいになる。


 ……ヤベェ、メチャクチャ緊張するぞ。


 落ち着かなくて、スマートフォンの画面を意味もなく左右にスライドさせる。


 額や手のひらに汗が浮かび、緊張のあまり表情が固まってしまう。


 緊張感からストレスが発生するのに反応して、アドレナリンが分泌されて、ドキドキと心臓の鼓動が速くなる。


 先程から何度もトイレに行っているのに、未だにお腹がギュッとなって痛い。


 これが〈アストラルオンライン〉最強の付与魔術師だと言ったら、きっとトップ層の人達が驚くことは間違いない。


 VRジャーナリストのリンネも、喜んで記事にするだろう。


 そう思っていると、詩織が戻ってくる。


 一体何があったのかは分からないけど、彼女の顔には困惑といった感情が浮かんでいた。


「お兄ちゃん、詩乃さんと黎乃くろのちゃんが来たよ」


「うん、わかった」


 覚悟を決めて、ソファーから立ち上がる。


 そして少しだけ間を開けると、玄関側から一人の少女がゆっくりと姿を現した。




 ……え?




 まず最初に思ったのは、詩織と全く同じ困惑だった。


 というか、この状況で驚かない人間はいない。


 何故なら、そこに姿を現したのは、ゲーム内で見知った黒髪の少女ではなかったから。


 黒いシャツワンピースを身に纏い、麦わら帽子を被った白銀の少女。

 ハッキリ言って、今のオレに女子物の服を着せて立たせたような感じだ。


 まるで絵本の中から出てきたような少女は、麦わら帽子を脱ぎ捨てると瞳に涙を浮かべて駆け出し、呆然と立ち尽くすオレに抱きついてきた。


「そらぁ、会いたかったよ……ッ」


「ま、まさか、黎乃……なのか?」


 もう一人の白銀の少女は涙を流しながら何度も頷くと、ギュッと抱きしめる腕の力を強くする。


 イヤイヤイヤ、ちょっと待て。


 待って下さい、お願いします。


 状況に、頭がついていけない。


 詩織に視線を向けて助けを求めるも、彼女もこの状況を理解できていないらしく、困った顔をしている。


 そんな混沌とした中、ただ一人だけ冷静な者が現れる。


 彼女は、黎乃が脱ぎ捨てた麦わら帽子を空中でキャッチすると、こう言った。



「やはり“呪いの影響を受けていたか”、バカ弟子」



「し、師匠……」



 最後に姿を現したのは会社人らしくピシッとスーツを身に纏う、十代後半の黒髪の女性。


 格闘ゲームの世界王者、月宮つきのみや詩乃だった。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 十代後半でスーツを着る女子…。 大卒でなければ、大抵は作業服とかの制服ってイメージしかないなぁ。
[良い点] この章をありがとう [一言] マジで緊張した
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