第65話「別れと誓い」
〈宵闇の狩人〉の団長ヨル。
趣味はマップの探索をする事と、気に入ったゲームの謎を探求すること。
好きなモノは、動物。
嫌いなモノは、退屈。
3年前に一緒にプレイしていたスカイファンタジーでは、ソラ、シン、ロウの三人は彼の団に所属していた。
昔と変わらない彼の性格に、何だか懐かしい気持ちになる。
あのゲームでヨルがプレイヤー達に行った貢献は、とても大きい。
プレイヤーレベルの上限開放の謎解きを全て最初に解き明かしたのは彼であり、他にもプレイヤー達に探検され尽くされたマップで、誰も見つけていない隠しエリア等を全て発見したのもヨルである。
それはひとえに、ヨルの異常なまでの探究心が為せる技であった。
マップの隅から隅まで見て、得た情報を精査して、誰も気に留めないような僅かな情報も利用して新しいモノを見つける。
様々なゲームでヨルは、プレイヤー達が探すのに悪戦苦闘するものを見つけては、独占する事なく公表して来た。
今ではVRゲーマー達の間では〈世界の開拓者〉の二つ名で広く、その名を知られている。
ちなみに、なんで女の子の姿をしているのかというと、それは女の姿だと敵が油断してくれるとか、本気でソラを狙ってるとか諸説あるが真偽は未だ定かではない。
ヨルは得意そうな顔をすると、ソラに言った。
「オマエが知らないだけで、最初の王都ユグドラシルだけで色んな情報を見つけられるんだぜ。例えば“世界樹に選ばれた者は、目覚めと共に魔王と戦うことになる予言”とかな」
「それって……」
「オマケに魔王に奪われた〈光齎者〉を取り返した冒険者は辛くも生き延びて、代償として白銀の乙女になるらしい。今は男に戻ってるみたいだけど、どこかの誰かさんにぴったりのお話だぜ」
楽しそうに笑みを浮かべるヨル。
彼は次にハルトに視線を向けると、先程とは打って変わって真面目な顔になった。
「後は世界が完成されていない時に、刻限を守らなかった冒険者は、世界に取り込まれるとかな。……俺様はベータ時代の都市伝説から推測して、この世界に取り込まれたのは行方不明になったベータプレイヤーだと思っている」
「ヨル、おまえ……」
「情報っていうのは足を運び、直に見て、聞いて、触れてこそ精査する事ができる。ベータプレイヤーに関しては、確信をもった推測だったが、オマエの反応で“確定”にする事ができた。感謝するぜ、ソラ」
「シオちゃんのところの団長さん、何だかすごい人だね……」
ヨルを見て、珍しくクロがドン引きしている。
しかしクロの感想に対して、彼は不満そうな顔をすると、口を尖らせた。
「ふん、別に凄くなんかないぜ? 俺様はあくまで、入手した情報しか知らないからな。……非売品なのは怪しいと思ったが、まさか最初の衣服に森に入る為の効果が付与されているなんて、想像もしていなかったぞ」
周囲を警戒するフォレストハイウルフの横っ腹に、右拳で軽く何度も突きを入れる少年。
これは、オレが森マップを開放した事に対して、拗ねているのだろうか。
対してフォレストハイウルフは、主の八つ当たりに対して、涼しい顔をしている。
ソラは苦笑すると、話題を変えることにした。
「それにしても、その強そうなフォレストウルフはどうしたんだ?」
「……コイツは〈召喚士〉のスキルで呼び出したヤツだ」
「召喚士のスキルか。レベル25でレベル40のモンスターを呼び出せるって、凄いスキルだな」
「ああ、ソラは〈召喚士〉の仕様を知らないんだな。戦闘においては〈召喚士〉はギャンブル性の強い職業なんだぜ?」
「MP消費して、呼び出すんじゃないのか」
そう言うと、ヨルは首を横に振って〈フォレストハイウルフ〉に跨った。
「確かにMPは消費する。俺様が今扱える召喚術はレベルⅢまでなんだが、そこからビーストタイプ、エレメントタイプ、ネクロタイプとスキルレベルで獲得した種族の中から一つを選んで──ガチャをするんだ」
……ガチャ?
ガチャというと、ソーシャルゲームで悪い文明と、未だに多くの悲劇を生み出しているあのガチャの事か。
昔よりは少なくなったが、SNSではスマートフォンのゲームアプリで何万円も課金したガチャの結果報告で、一喜一憂するプレイヤー達を見ることがある。
まさかVRゲームにも、そういった要素があるとは想いもしなかったが。
「えーと、つまり召喚術で呼び出すモノってランダムなのか」
「種族は選べるんだが、MPを50も消費するレベルⅢの召喚術は、レベル10、20、30、40のモンスターをランダム召喚するんだ。ソラなら、この意味が分かるな?」
「うーん、大分趣味の職業だな。弱くはないんだけど、最高値をいつも引き出せるんならともかく、最低値を引いたら他のステータス強化できる職業の方が強いんじゃないか?」
「ま、頭数が増える分、“普通の付与魔術師”よりはマシだぜ」
「その言い方だと、普通じゃない付与魔術師がいるみたいだな」
わざと恍けてみると、周囲の視線が全て自分に向けられた。
「オマエ以外に誰がいるんだ」
「確かに、ソラは普通じゃない」
「こんな〈付与魔術師〉が他にもいたらゲーム崩壊待ったなしだろうな」
「ソラ様はとても頼りになりますが、同じくらい強いお方が他にもいらっしゃったら、恐ろしいと思うのです」
oh……。
ヨルはともかく、まさかの仲間からも散々な言われようである。
確かに現在残り2時間までMP無限状態なので、普通じゃないどころか〈魔王〉と勘違いされても可笑しくないレベルだが。
「さて、ムダなおしゃべりもここまでにしようか」
ソラが遠い目をしていると、ヨルが突如天に向かって手を翳した。
展開されるのは、召喚陣。
急にどうしたのだろうか、と思っているとソラ達の前に二体の普通のフォレストウルフが出現した。
レベルは20と30。
ヨルは「悪くない引きだな」と呟き、ソラに向き合うと真剣な眼差しになる。
「リヴァイアサンの状況は、さっきハイウルフとリンクしてる時に聞かせて貰った。俺様はまだ用事があって今回は行けねぇが、コイツ等の背中に乗れば1時間くらいで目的地に着くことができるぜ」
「ヨル……」
「オマエの妹には悪いと思ってる。だが俺様は、まだ調べなければいけないことが山程あるんだ」
「分かった。恩に着るよ」
「レベル30ならお姫様と二人で乗っても問題ないだろう。だけどベータプレイヤーのおっさん、アンタは例えレベル40でも……」
気まずそうな視線を受けたハルトは、ヨルの言おうとしている意味を理解して頷くと、クロに微笑みかける。
今から彼が何を言うのか、察した彼女は目を見開き、首を横に振った。
「イヤ、わたし、パパと一緒にいたい……」
「冒険者クロは、ソラ君のパートナーなんだろ。なら俺の側じゃなく、彼の側で共に戦ってあげなさい」
「パパ……」
「ちょうど良いタイミングなんだ。此処で別れて俺は、アクシデントがあった時にアリサと決めた合流地点に行こうと思う。彼女の事だから、ずっと待ってくれてるかも知れないからな」
「それなら、わたしも一緒に……」
「約束している場所は、クロ達はまだ行けないマップだ。残念だけど連れて行くことはできない」
泣きそうな顔をするクロを、ハルトはそっと抱き締める。
その手は、微かに震えていた。
「フレンド登録は済ませただろ。毎日メッセージ送るから、俺がママと一緒に帰ってくるのを待っててくれ」
「………………」
優しく声を掛ける彼に、クロは黙る。
やがて彼女は、両手で涙を拭うと。
「……行くから」
「クロ?」
「帰りが遅かったら、わたしがパパとママを迎えに行くから!」
「……ああ、そうならないように、俺も頑張らなきゃな」
一本取られた、と言わんばかりに苦笑するハルト。
クロはボロボロの顔で、頑張って笑顔を浮かべる。
それから先ずソラとアリアがレベル30のフォレストウルフに跨がると、クロはレベル20のウルフに一人で乗った。
三人は見送るハルトとヨルに視線を向けると、別れの言葉を交わす。
「ハルトさん、クロは絶対にオレが守りますから」
「父様と母様を手助けして下さったハルト様に会えて、本当に良かったです」
「ああ、俺も会えて良かった。ソラ君、娘をよろしく頼むぞ」
最後にヨルに視線を向けると、彼は深く頷いた。
オレと彼の間に言葉はいらない。
それだけで、十分だ。
先行して走り出す、ソラとアリアの乗ったフォレストウルフ。
少し遅れてクロのフォレストウルフが出発すると、彼女はこれまで聞いたことがない大声で父親に言った。
「毎日メッセージくれないと、パパの事ママに言いつけるから!」
「ああ、絶対に返事するよ!」
大きく手を振って、娘を見送る父親。
オレ達の乗ったフォレストウルフは、あっという間に、彼等が見えなくなる距離を走る。
顔を伏せるクロの表情は、全く読み取れない。
「クロ……」
彼女の名を呟くと、クロは顔を上げて真っ直ぐに前を向いた。
「わたし、泣かないよ……だってパパとママを迎えに行けるくらい、強くなるんだから」
少女は、胸に誓う。
その心の強さを、ソラは眩しいと思った。