第62話「胸に誓う覚悟」
ずっと泣いているクロを父親であるハルトに任せて、先ずはクエストをクリアする事を優先する。
白銀の少年は、目的であった指輪が置かれている台座に向かうと、ソレを見た。
金属の色相は、穏やかな青みの緑。
内に秘めている力は、洞察スキルで見なくても分かるほどの強い圧を感じる。
宝石の類は付属しておらず、表面には何やら見たことが無い文字が描かれていた。
〘文字はヘブライ語で、指輪には〈ラファエル〉と表記されています〙
「あ、ご丁寧にどうも」
疑問には片っ端から答るつもりなのか、頭の中で考えると〈ルシフェル〉が直ぐに答える。
礼を口にして、ソラは恐る恐る台座に置かれている〈翡翠の指輪〉を手に取った。
すると眼の前にクエスト達成の通知が出て、大量の経験値を獲得。レベルが再び一気に33から35に上昇した。
そして新たに〈風の精霊王シルフに報告〉というクエストが追加される。
まぁ、こういったクエストは回収が終わったら、そこから帰って報告するまでワンセットなので今さら驚きはしない。
そんな事よりも、ソラは手にした指輪を見て眉間にシワを寄せた。
【アイテム名】翡翠の指輪
【レアリティ】EX
【効果】風の大天使の力を秘めた指輪。
最初に装備した冒険者は、条件を達成することでユニークスキル〈ラファエル〉を取得する事が可能。
【注意】ユニークスキル〈ルシフェル〉〈ミカエル〉〈ウリエル〉〈ガブリエル〉を取得している冒険者は装備不可。
つまり既に〈ルシフェル〉を持っているオレはお断りなのか。
残念だと思いションボリ顔をすると、取り敢えずアイテムボックスに収納しておく。
収納するのと同時に、神殿内に充満していた大きな力が消失するのを感じた。
理由は、力を放っていた大元の指輪が無くなったからだ。
これで森の大結界は、復活したのだろうか。
しばらくしてから、ファンファーレの音と共に冒険者達に新着のお知らせが届いた。
メニューを開こうとすると、ソラの新しくなったサポートシステム〈ルシフェル〉が、先んじて音声で教えてくれた。
〘世界よりメッセージです。冒険者ソラ、冒険者クロの活躍により、精霊の森の大結界が復活して、リヴァイアサンタイプが弱体化。結界の力により、物理攻撃半減のスキルが封印されました〙
内容を聞いて思わず拳を握りしめて、ガッツポーズをするソラ。
これはとても大きいぞ、と歓喜した。
つまりこれで、リヴァイアサンタイプで最も冒険者達を悩ませていた、物理ダメージの半減が解消されたという事になる。
こうなると、今日中に攻略組はレイドボス〈リヴァイアサン〉を倒してしまうのではないか。
正直に言って、一度くらいは大型ボスモンスターと戦ってみたかったけど、ここから帰るとなるとどう考えても間に合いそうにない。
チラリとソラは、自分のHPの下に追加されている〈天使の輪〉のアイコン、〈ルシファー〉モードの残り時間に視線を向ける。
あと7時間くらいか。
MP無限のチートモードとはいえ、命を一つ消費して割には、短いと思うべきか、長いと思うべきか微妙な所だ。
ため息を一つして踵を返すと、ソラはいつの間にか眠っているクロを見守るハルトとアリアの所に戻る。
「おまたせ、無事に終わったよ。リヴァイアサン達は大幅に弱体化するみたいだから、後はオレの仲間がどうにかすると思う」
「良かった、これで森に平和が訪れますね」
ホッとした顔をするアリア。
それから彼女は物珍しそうにソラの顔を見ると、少しだけ顔を赤くした。
「それにしても、女の子のソラ様も素敵でしたけど、今のほうがもっと素敵ですね」
「お世辞どうもありがとう」
「もう、お世辞なんかでこんな事は言いません。物語に出てくる英雄以上に、わたくしはソラ様の事を、素晴らしいお方だと思います」
「うん、ありがとう。でもその話はまた今度かな。今は……」
長くなりそうな話を遮って、ソラは休憩しているハルトに視線を向ける。
彼のHPはポーションの上位アイテム、一本飲むだけでHPとMPが1500も回復する〈エリクサー〉によって全回復している。
ステータスにも、今は変な状態異常は一切見当たらない。
強化された〈洞察Ⅱ〉のスキルで念入りに見たところ、これと言って問題は無さそうだ。
ちなみにクロは泣きつかれたのか、今は彼の膝の上で眠っている。
その安らかな寝顔に表情を緩めると、ソラは彼に言った。
「ハルトさん、身体は大丈夫ですか」
「ああ、大丈夫だ。ありがとうソラ君。まさか男の子だったとはな、驚いたよ」
「いや、まぁ……これにはオレにも色々とありまして」
言葉を濁すと、彼は苦笑した。
「そうだな、先ずは御礼を言わせてくれ。ヘルヘイムの監獄で目覚めてから、脱ぐことの出来なかった鎧の呪縛から開放してくれて感謝する」
「監獄……?」
穏やかではないワードに、ソラが眉をひそめると、それに対して隣にいるアリアが答えた。
「この地より遠く離れたヘルヘイムの国は、魔王を信仰しているのです。大昔には各国にいる強い者達を拉致していたと聞きます」
「なるほど、あの鎧はつまり拉致した人達に着せるための物なのか。つまりはろくでもない国という事だな」
ハルトの件を考えると、ソラ達にとっても油断ならない相手かも知れない。
これは後でシオに伝えて、トッププレイヤー達に気をつけるように言わなければ。
早速メニュー画面を開いて、メッセージを打とうとするソラ。
ハルトは、申し訳無さそうな顔をすると、キーボードパネルと向き合うオレにこう言った。
「黎乃から聞いたよ。俺とアリサの身体が光になって消えた事を」
「……どうしてこんな事になったのか、心当たりはあるんですか」
「もちろん、ある。俺とアリサや当時のトッププレイヤー達は、ベータテスト終了時間までプレイしていたんだ。時間を越えたらどうなるのか、少しだけ興味があってね。そしたら時間が来てもゲームは強制終了しないで、オマケに全プレイヤーはログアウトできなくなったんだ」
「つまりハルトさん達は、天命残数が0になったわけじゃないんですね」
「ああ、俺は残り87くらい残っているかな」
なるほど、かなりの数の高レベルプレイヤー達の身体が消失したのは、ベータテストの期限を越えてもゲームの世界に残ったからなのか。
同じベータプレイヤーであるキリエがそれを避けられたのは、彼女はアストラルオンラインにログインしていなかったから。
まさか現実世界の身体が消えるなんて、誰も思わなかっただろう。
知っていれば、誰だってログインしなかった筈だ。
聞いたソラも、これには理不尽だと思う。
「まったく、想定していた以上に最悪の事態だな。現実世界に身体が無いということは、黎乃と一緒に帰ってあげることはできないのか」
「ハルト様……」
俯く彼の姿に、アリアが悲しそうな顔をする。
確かに身体が無いと、例えログアウトできたとしても、ハルトは現実世界に戻って来ることはできない。
残念ながら、普通の人間であるオレにはお手上げの状況だ。
ルシフェル、彼をどうにかして助けてあげられないかな?
どうしようもない現状に気が狂ったのか、自分のスキルにそんなバカな事を聞いてみる。
すると、ルシフェルはこう答えた。
〘残念ながら、この世界には彼を助ける方法はありません〙
やっぱりな、と思う。
問題はこの世界ではなく、現実にあるのだ。
いくら神話でルシフェルが『全きものの典型であり、知恵に満ち、美の極みであった』と言われていていても、異なる世界の問題の解決策が出てくるわけがない。
自分の浅はかさに、ソラは溜め息を吐く。
だが次にルシフェルは、こう提案した。
〘ですが、マスターの世界に出現した守護機関の“神”なら、どうにかできるのではないでしょうか〙
「………………ッ!?」
強い衝撃を、受ける。
なんでソレを忘れていたのか。
確かに超常的な力を扱ってるっぽい、あの謎の集団のトップならば、ハルトのどうしようもない状況を脱却できるかも知れない。
あくまで可能性であり、確定ではないが。
出来る事は、全て試さなければ。
どうしてゲームのシステムがそんな事知ってるんだとか、そんな事はこの際どうでもいい。
全く頭に無かったその発想に、ソラは「流石は天使長様!」と手のひらを返した。
「ハルトさん、取り敢えずこの件はオレに預けてもらって良いですか」
「ソラ君……?」
「もしかしたら、現実の方を解決できる可能性があります」
「ソラ様、本当なのですか!?」
アリアが驚いて、ソラを見る。
オレは苦笑すると、頷いた。
「ああ、まだ未確定だけどな。でもオレの世界に現れた神様が本物なら、ワンチャンあるかも知れない」
ソラの言葉に、ハルトは頭を下げた。
「……ありがとう、ソラ君。君にはどれだけ感謝してもしきれない」
「いえ、オレも娘さんには助けられたので。これは恩返しだと思って下さい」
眠っている黒髪の少女に視線を向けると、白銀の少年は胸に誓った。
現実の自称〈神様〉に、無償で願いを叶えてもらえるとは思っていない。
この子の笑顔を守れるのなら、どんな要求をされようがオレは必ず応えてみせると。