第60話「最強の決意」
「ソラ様!」
「ソラ!」
予想外の飛ぶ斬撃を受けて、床に倒れたソラにアリアとクロが駆け寄る。
彼女達に返事を返す事は、できなかった。
意識はしっかりしているのだけど、指先一つ満足に動かせない有り様である。
確実に死んだと思った。
しかし、身体が光の粒子になって散る様子はない。
暗黒騎士の一撃を受けたオレは、何とか即死は免れたようだ。
ちらりと視線を、右上にあるHPバーに向ける。
奇跡的にHPは残り【1】で踏み止まり、自分でも何で生き残ったのか不思議でならない。
まだ生きているのなら、今すぐ立ち上がって戦わなければ。
気持ちは前向きなのだが、大ダメージを受けた影響で、スタン状態はレベル1の3秒間ではなく、更にその4段階上のレベル5になっていた。
レベル5の行動不能状態は、解除されるまでに300秒、つまり5分もの時間を課せられる。
オマケに敵は、健在だ。
後5回の攻撃で彼の〈狂化〉を解除できるというのに、こんな所で動けなくなるとは不甲斐ないにも程があった。
しかしスタン状態は、僧侶や祭司の状態異常回復スキルで消す事ができる。
それを理解しているアリアが、直ぐに行動に移した。
「回復します!」
アリアが〈クリアオール〉を使おうとする。
淡い緑色の光が、ソラの身体を覆う。
だがそこから、普通ならスタン状態が解除されるはずなのに、何の変化もなくスキルの発動はキャンセルさせられた。
どういう事だと思うと、サポートシステムから〈ネガヒール〉という見たことが無い状態異常が付与されている事を告げられる。
「そんな、全回復スキル無効なんて!?」
なるほど。
どうやら先程の攻撃には、相手のHPや状態異常の回復を、阻害する効果も含まれていたのか。
それを受けた今のオレは、HPバーの下に追加された、ポーションの瓶にバツ印のアイコンを一瞥する。
このカウントされている数字の通りならば、後120秒は回復スキルを受ける事ができないのだろう。
だが当然、狂騎士はこちらの体勢が整う時間を、悠長に待ってはくれない。
大剣を手に、ゆっくり近づいてくるのが見えた。
オレが完全に動けないことに勝利を確信したのか、その足取りには余裕が見られる。
舐められたものだな、と思うが手足が動かない今の自分に抵抗する手段はない。
せめて二人には逃げろと伝えたかったが、レベル5のスタン状態では口を動かす事すら出来なかった。
すると戦うつもりなのか、アリアが弓を構えて、クロが愛剣の〈夜桜〉を手にする。
「……パパ、ソラを傷つけるなら、わたし……わたしはッ!」
思いを叫び、剣を構えるクロ。
その切っ先は、彼女の今の心情を表して、小刻みに震えている。
立ちはだかるクロを敵と認識したのか、狂騎士は大剣を持つ手に力を込めて、駆け出した。
「ぅ、うああああああああああああッ!」
小細工なしに真っ向から迫る上段からの斬撃を、クロは〈ソードガードⅡ〉で受け止めた。
激しい衝撃に、小柄なクロの身体が後ろに大きくずり下がる。
間近で交差するクロとハルトの視線。
少女は瞳から涙を流しながら、思いの限り刃を交える父親に呼び掛けた。
「パパ、目を覚ましてッ!」
『………………ッ!?』
狂化状態で理性を失っているはずのハルトが、大きく目を見開いた。
『ク……ロ、ノ…………』
「パパ……」
『頼む、ニゲロ、ニゲ──グルァッ!!』
一瞬だけ正気に戻ったかのような反応をするが、直ぐに彼の双眸は鋭い殺意を宿す。
獣のような咆哮を上げて、狂騎士はクロを彼女の剣ごと切り裂こうと大剣に力を込めた。
「あ……ぐぅ!」
純粋な力押しに、少女は押し負けて膝を地面に着けた。
クロ……ッ!
その光景に、ソラは歯を食いしばった。
孤独な少女が、行方不明の父親と出会えたというのに、刃を交える事になるなんて間違っている。
胸中に渦巻くのは、情けなく地面に倒れている自分に対する怒り。
しかし、スタンが解けるまで、最低でも残り240秒は掛かる。
精細を欠いた乱雑に繰り出される斬撃を、クロは必死に受け続ける。
その目的は、ソラが復活する時間を稼ぐ、ただそれだけであった。
すると、ピシッと嫌な音がする。
何事かと注意して見ると、クロの愛剣〈夜桜〉の漆黒の刀身に、僅かな亀裂が見られた。
オレの〈白銀の剣〉と違って〈夜桜〉は耐久値が低い。
大剣の斬撃を、立て続けに受け続けた事によって、早くも剣に限界が来たのだ。
このままでは、クロが父親の手で殺されるという最悪な展開を迎えてしまう。
それだけは、何としても避けなければいけない。
「援護します!」
アリアが弓を構えると、狂騎士の鎧の隙間を狙って放つ。
狂騎士はそれを左手の甲で弾くと、残った右手で大剣を握り締め、クロに振り下ろす。
彼女は〈ソードガードⅡ〉で受け止める。
そこで、遂に剣が限界を迎えた。
大剣の重い一撃を受けた漆黒の剣は、半ばから折れてしまう。
「あ……」
狂騎士は、そのまま少女の身体を切り裂こうとする。
クロは自分を両断しようとする刃に対して、避けようとしない。
恐怖を抑えつけて、仲間であり大切な人達であるソラとアリアを守ろうと、両手を広げて正気ではない父親の前に立ちはだかった。
「クロ様!」
その場にいた誰もが、狂騎士の鋭い刃がクロを切り裂き、その小さな身体を光に変えると思った。
しかし、狂騎士の大剣は彼女を切り裂く寸前で、その勢いを完全に止める。
『……黎、乃……ッ』
「ぱぱぁ!」
彼は娘の名を、振り絞るように呟く。
その姿にソラは驚き、目を見開いた。
クロを前にして、ハルトは目を瞑り、必死に狂化を抑えつけようとしていた。
システムの絶対的な強制力に抗うとは、これが父親としての矜持か。
娘に対する彼の愛を見せられたソラは、思い直した。
HPを半分にして、ただその場凌ぎをするだけじゃダメだ。
この人達を、助けたい。
呪いの鎧の力から完全に解き放ち、彼を自由にする。
そしてせめて、この世界でクロの元にいられるようにしてあげたい。
それでこそ、完全勝利というものではないか、上條蒼空?
でもどうやって呪いを打ち消す。
解呪なんてスキルは、自分には使えない。
もしもできたとしても、あの高クラスの鎧を、現時点でどうにかできる人なんているのだろうか。
そんな彼の悩みに応えるように、サポートシステムが、一つの可能性を眼の前に提示する。
ユニークスキル〈ルシフェル〉
発動条件は、“自分の天命残数を1つ捧げる事”。
この世界では何よりも重たい命の残機を消費するのだから、恐らくはそれなりに強力なスキルなのだろう。
しかし、未だに一度も使った事のないスキルを、この土壇場で使用して大丈夫なのか。
悩んでいると、ハルトが大きく跳躍して、クロから離れた。
娘を傷つけたくないという意思と、彼の身体を支配する呪いがせめぎ合い、激しく悶える。
その一方でアリアが、いつでも防衣のスキルを使用する構えをしていた。
やれるのか、ルシフェル?
疑問に思うが、サポートシステムは意思を持つ存在ではない。
ただ一つの可能性を、自分に示しただけだ。
悩んでる場合じゃないよな。
意識を支配されて再び襲い掛かる狂騎士、苦しむ父の姿に涙を流すクロ、そんな彼女を支えて〈風の結界〉を展開して守るアリア。
懸命に戦う男性と少女達を見据えると、ソラは固い決意をした。
良いだろう。
この命を、一つくれてやる。
だから、悲しき親子を救うだけの光を。
──オレに寄越せ、ルシフェルッ!
意思に応じて、スキルが発動する。
彼の〈天命残数〉は119から118に減り。
全ての邪悪を祓う眩い白銀の光が、世界を包み込んだ。