第59話「最強VS狂騎士」
アストラルオンラインの武器のカテゴリーの中で、大剣は一撃必殺を重視した技が多い。
全武器の中で一番取り扱いが難しい部類であり、突き技なら槍の方がリーチが長いし、近接での立ち回りなら盾も扱える上に、受けてから反撃もできる片手直剣の方が有利を取れる。
故に対人戦においては、殆どのプレイヤー達の認識としては、実用的ではない趣味の世界だと評価されていた。
しかし圧倒的なレベルの差と、理性を失った獣と化した狂騎士が扱うソレは、PVPの常識を覆す一つの嵐と化してソラを襲う。
『ガアァァッ!』
ソラの剣の間合いよりも外側から、大剣とは思えない剣速で右から左に横薙ぎの斬撃が繰り出される。
集中して、斬撃の軌道を見切ったオレは、それをバックステップして紙一重で回避。
着地すると地面を蹴り、直ぐに反撃に転じようとする。
だが今通り抜けた大剣が、空中でピタッと止まる。
まさか、そこから帰ってくるのか。
狂化で理性を失っている筈なのに、狂騎士は巧みな身体操作で大剣を操ると。
『シャアァァッ!』
気合のこもった声と共に、右足を大きく蹴り出して、左下から右上に逆袈裟切りを放った。
「うお……ッ!?」
驚いたソラは咄嗟に、〈ソードガードⅡ〉を発動して斬撃を刃で受け、そのまま上に流す。
大剣を振り切った姿勢で、狂騎士の動きが固まった。
ここだッ!
受け流した事で生じた僅かな隙きを逃さずに狙い、ソラは〈ソニックソードⅢ〉を発動した。
音速の速さで一気に間合いを詰めて、全身鎧の弱点の一つである、右腕の関節を狙って刃を下段から上段に一閃。
すると危険を察知した狂騎士は、身を捻って狙いをずらし、ソラの刃は硬い鎧に包まれた二の腕を叩いた。
「うぐ……ッ」
金属と金属がぶつかる事で、周囲に甲高い音が響き渡り、火花が散る。
防御力の高い鎧は、スキルで威力を上乗せした刃ですら、切り裂くことはできない。
ダメージは全く入らず、手が少しだけ痺れて、全攻撃スキルが3秒間使用できなくなるデバフ状態になる。
そんな中、敵が大剣を振りかぶるのが見えた。
反撃が来るのを見たソラは、大きく横にステップをして、振り下ろされる斬撃を避ける。
カウンターを決めてやろうと思うと、振り下ろされた大剣が、そこから急に軌道を変えてオレを追尾して来た。
「くぅ!?」
踏み込むのを中止。
危ない所で後ろに跳んで間合いを取ると、油断せずに剣を構えて息を呑んだ。
……これは、想像以上に厄介だな。
以前に戦ったガルドとは、比較にならない程の高レアリティの鎧。
大剣とは思えない程の速度で、振るわれる剣技。
レベルの差だけではない。
彼が長い月日を利用して得た装備。
それを使いこなす為に、積み重ねられた技術から繰り出される剣技は、その一つ一つの完成度がとても鋭く速い。
理性を失っている筈なのに、愛剣の使い方を、身体が覚えているという事なのだろう。
ハッキリ言って、ジェネラルとの激しい戦いが、ままごとのように思える程である。
特にあの全身鎧が厄介だ。
アストラルオンラインにおける防具というのは、防御値以下の攻撃を弾く事ができる。
それ以上の攻撃を受けた場合、防御値から引いたダメージが、防具の耐久値とプレイヤーのHPから引かれる仕様だ。
つまり現状の〈白銀の剣〉では、鎧の隙間以外で狂騎士にダメージを与える事はできない。
でもそういった防具に対しては、ちゃんと低レベルでも攻略法はある。
ソラは付与スキルを発動させると、自身に〈攻撃力上昇付与Ⅱ〉を三つに〈速度上昇付与Ⅱ〉を二つ発動させた。
MPを225消費して、残りは105ほど残る。
クロの格闘士の〈戦意高揚〉と同じように、深紅の光を纏うと、真っ向から振り下ろされた大剣を右斜め前に身体を動かして回避。
間合いに入ると、剣を振りかぶって〈ガードブレイクⅡ〉を発動。鋭い斬撃を繰り出して、狂騎士の胴体を左から右に薙ぎ払う。
『グルゥ!?』
防御力を無視した一撃を喰らい、狂騎士のHPが1ミリほど削れる。
スキル自体に攻撃力は無いけど〈ガードブレイク〉は、敵の防御力を無視したダメージを与える事ができる、唯一の対防具スキルだ。
流石に〈盾〉はスルーできないが、対象の防御力を素通りしてダメージを与える事が出来るので、こういうフル装備のプレイヤーが相手の場合は特に効果を発揮する。
敵のレベルは156、そこから導き出せるHPの総量は3120。
狂化を解除する為の条件。最低でも1560ものダメージを〈白銀の剣〉の攻撃力だけで与えるとなると、その回数は凡そ18回。
対して向こうの武器の攻撃力は【A+】である。
恐らくスキル無しのダメージで二撃、スキル攻撃を受ければ一撃でこちらのHPは消し飛ぶだろう。
回避と防御を第一に、確実にダメージを与えれば、狂化を解く半分を削るのはそう難しくはない話だ。
唯一の問題は、この状況で彼を相手にオレの集中力がどこまで続くのか。
しかし、やるしかないのだ。
自分が踏ん張らなければ、狂騎士はクロとアリアにも刃を向ける。
重要キャラクターであるアリアが死ねば、イベントは失敗。
現実世界が10%汚染されて、ペナルティが発生する。
そしてクロに至っては、実の父親に殺されるという、絶対にあってはいけない事が起きてしまう。
それだけは絶対にさせない。
何よりも、彼女達はオレの大切な仲間なのだから。
眦を釣り上げたソラは、迫る大剣を見据えると〈ソニックソードⅢ〉で避けて、狂騎士に接近。
〈ガードブレイクⅡ〉を発動させた剣を振るい、狂騎士の胴を再び薙ぎ払う。
「まだまだぁ!」
S型の特徴である足の速さを付与スキルで更に強化しているソラは、狂騎士が大剣を振るうよりも速く動き、着実にダメージを与えていく。
いくら力と技術があっても、PVPにおける最も重要な駆け引きが一切できない今の彼は、レベルの高いモンスターと変わらない。
避けて、受け流しては、懐に飛び込んで切る。
これをひたすら繰り返す。
『グルゥア!』
後5回という所まで来ると、狂騎士の身体から漆黒のオーラみたいなものが出現する。
ソラの〈洞察〉は、そのオーラを〈暗黒騎士〉の範囲攻撃スキル〈アンリーシュ〉だと教えてくれた。
広範囲に放たれた漆黒の波動が、とっさに回避行動を取ったソラを、ギリギリ捉えて弾き飛ばす。
「……っ! やっぱりそう簡単には行かな」
姿勢制御して、地面をずり下がりながら勢いを止めるソラに、黒い影が被さる。
大剣を手にした狂騎士が、深紅の光を放つ刃を上段から下段に振り下ろした。
アレは、広範囲に衝撃波を放つ大剣スキル〈バスターインパクト〉。
不味いと思い、直ぐに全力で跳躍して斬撃を回避。
しかし、ソラの小さな身体を、地面に叩きつけた大剣から放たれる衝撃の波が襲い掛かる。
この衝撃波自体に、直接的なダメージは無い。
しかし本命である効果が発動して、ソラの身体が一時的にスタンした。
く、……マジかよ!
アストラルオンラインの行動阻害のスタンは、解除される時間は3秒も必要となる。
普通のモンスターとの戦闘なら、まだ許容内だが、一撃でも貰ったら終わる今の状況では致命的な隙だ。
狂騎士は大剣を構えると、オレの命を狩る為に青い光を放つ必殺の突き技を放った。
大剣刺突スキル〈ドラグストライク〉
竜の突進の如く速度と威力をもって、ソラの小さな身体を貫かんとする狂騎士。
早く、早くスタン解けろ!
向かってくる大剣に恐怖しながら、スタンが解けるのを待つソラ。
大剣の切っ先が眼の前、残り1メートルまで迫ると、ようやく身体のスタンが解ける。
串刺しにされるまで、残り50センチ。
ギリギリのタイミングで〈ソードガードⅡ〉を発動させたソラは、白銀の剣を大剣と自身の間に差し入れて受け止めると、後方に大きく弾き飛ばされた。
あっぶねぇ!
内心でホッとして、勢いを利用してバック転して立ち上がる。
しかし、追撃は終わらない。
駆ける狂騎士の持つ大剣が、今度は緑色の光を放つのを確認した。
大剣カテゴリーのニ連撃スキル〈デュアルトルネード〉。
狂騎士が大剣を横に構えると、大きく前に踏み出してくる。
鋭い横薙ぎの斬撃が胴体を狙って来るのを察知すると、ソラは身を低くして、そこから全身のバネを利用して大剣を〈ソードガードⅡ〉で切り払った。
しかし、払われた勢いも巻き込んで大剣は更に加速。
技の名の通り大竜巻の如く、回転して威力が増した二撃目を、狂騎士は繰り出してくる。
「……う、おおッ!」
回避は、不可能。
受け流すのも、不可能。
唯一残された道を選択して、小さな気合を込めた叫びと共に、横に構えた剣に鮮烈な青い光を纏う。
ソラは大剣の刀身を狙って、全力の突き技〈ストライクソードⅢ〉を叩き込んだ。
「くぅ……っ」
『ガァ!?』
スキルの衝突によって、二人は大きく弾き飛ばされる。
狂騎士は大剣ごと弾かれて地面に倒れて、対してソラは踏ん張れず転倒すると、何度も地面を転がった。
不味い、急いで起き上がらなければ。
そう思って、身体を起こす。
すると黒騎士が、離れた位置から大剣を下段から上段に振り上げる。
どう考えても、斬撃が届かない位置からの空振り。
一体何のつもりだ、とソラが疑問に思うと。
空間が裂けて“漆黒の斬撃”が迫って来た。
洞察スキルが教えてくれるのは、それが暗黒騎士の遠距離攻撃〈ダークネス・スラスト〉という名のスキルだということ。
反応が遅れたソラの身体を、無慈悲な漆黒の一撃が切り裂いた。